第31話 夢の続きと、次女のお願い。

『ねぇ、しゅうご。だいすきだよ。ずーっと、ずーっと、だーいすき♡ 明日も明後日も、ずっとそばにいたい。いつか……しゅうごのお嫁さんになりたいな』


 ああ、これは夢かな。俺は今、夢の続きを見てるんだ。

 それは……心残りがあったからなのだろうか。

 ゆらゆらと揺れる記憶の中で、俺は叫びたかった。


『俺だって、ずっとそばにいたかったよ。だけど……お前が俺の姉になったら、その‟いつか”が来ても、俺はお前をお嫁さんに出来ないじゃないか。だからあの時嫌だって言ったのに。……決して、お前と暮らすのが嫌だったわけじゃなかったのに……』


――「ねぇ、しゅーうーご」


『じゃあ……私が『妹』なら、どうかな? いつまでも可愛がってくれる?』


 ゆらゆらと揺れる夢の中で、突然大きくなったその子に問いかけられた。


『え!? 妹? いや、姉も妹も変わらないだろう!』


『変わるよ。妹の方が、甘えてても許されるでしょ? だから私、妹になりたいの。……それがダメなら、結婚、しよ?』


 支離滅裂な事を言いながら、夢の中のその子は俺の手を両手で握り締めた。


――「……相変わらず、……寝ててもかっこいいなぁ。このままずっと眺めてたい。むしろ神々しすぎて結婚したい」 


『……え!?』


『ほら、今から腕相撲して、私が勝ったら結婚、修吾が勝ったら婚約ね。いい? レディー・ゴー!!』


『え!?』


――夢と現実が入り混じるような変な感覚の後、グラグラグラッと現実世界の俺の身体が揺らされた。


――「……しゅーうーごってば。ねぇ、起きて? じゃないと私、一生ここで居座っちゃう。かっこよすぎるの自覚して。……推しと同じ顔とか……胸が苦しい」


 そしてパチッと目が覚めた。


「…………!?」


 そこには俺の顔を覗き込んでいる新凪にいなの綺麗な顔。


「……に、いな? 結婚……したいの?」


 つい、寝ぼけたままそんな言葉が漏れ出た。


「えっ!? なに言ってんの!! 冗談だよっ。もう!! 寝てると思ったのに。……ちゃっかり聞いてたとか、ひどい」


 そして赤い顔した新凪にいなにバフッと布団を掛けられた。


「あ、いや、違う! 俺、夢見てて!! 現実と夢がごっちゃになって寝ぼけただけ!!」


 あまりに過去の記憶と夢の内容がリンクしてて、どこまでが記憶通りで、どこからが夢だったのか、その境目が分からなくなる。


「……夢?」


 けれど、新凪にいなのその反応に、一瞬思考が止まる。


「……ん? あれ? 結婚って……新凪にいなが言ってたの? 俺、夢だとばかり……」


 起きたばかりの脳みそが、夢と現実の狭間でバグってる。


「……修吾そんな夢見てたの? 誰と結婚するつもりなのよ。大丈夫、私が結婚したいのはあくまでユーゴの方だから。修吾が誰と結婚しても、私は妹として応援するよ。たぶん!!」


 新凪にいなは勢いよくそう言った。


「ん。ああ。いや、えっと? 大丈夫。まだ結婚するつもりないから。俺」


 対して寝起きであたふたと答える俺。

 

「そっか。そうしてもらえるとありがたいかな。……ユーゴそっくりのその顔で結婚とか、嫉妬しちゃいそうだもん。私」


 すると新凪にいなは、今度は寂しそうにそう言った。そして、俺の返事を待つ間もなく、手をパンッと叩くと、話を切り替えた。


「ねぇ、それより修吾、そろそろ起きてよ。今日、一緒にお出掛けする約束覚えてる? 割と私、楽しみにしてるんだよ?」


 新凪にいなに言われてハッとした。


 今日は土曜日。新凪にいなと出掛ける約束をしていたのに、つい、寝坊してしまったのだ。


 というのも、昨夜はサクアとついつい遅くまでゲームに夢中になってしまったからなのだけど。始めたのも遅かったから仕方がなかったんだ。なんていうのは言い訳で、なんか……サクアとの親密感が増したような、そんな感覚で。すごく楽しくてめ時が分からなかったんだ。


「ああ。ごめん。寝坊した。急いで用意するから部屋の外で待ってて」


 そして新凪にいなに部屋から出てもらうように言うと。


「えー? 女の子を外に追い出すなんてっ。ひどいわっ」


 新凪にいながヘタな三文芝居を始めたから。


「俺がここで着替え始めたら恥ずかしがるくせに」


 いつかの洗面所での出来事を思い出しながら言ってみれば、新凪にいなも一瞬俺が着替えてるところを思い出したらしく。


「……むむ。大人しくリビングで待ってますー」


 新凪にいなは少し頬を染めた。

 そんな新凪にいなは今日はやけにおめかしをしている。


 耳元と首元には、制服の時にはない小さなアクセサリーが光っていて、シンプルながらもおしゃれなシルエットのトップスに合わせたスカートは、制服の時より短く、綺麗な色白の足が惜しげもなく晒されている。


 全体的に、元気で溌剌はつらつとしつつもどこか可愛い雰囲気のある新凪にいなに良く似合っている。

  

 義理の妹とはいえそんな女の子と出掛けるのだし、俺もそれなりの格好をした方がいいのかなと思いつつ。どんな格好をしたらいいのか分からなくて。


「なあ? 新凪にいな。俺……何着たらいい?」


 ドアに向かって歩いて行こうとしていた新凪にいなを呼び止めた。


「え、選んでいいの!?」


 そしたらパッと振り向いた新凪にいなは上機嫌で。


「あー。うん。適当に選んでくれると助かる。あんまり服持ってないけど……」


 そうして俺の服を選んでくれることになった新凪にいなは、楽しそうに俺のクローゼットの中を見渡しはじめた。


「じゃあ……これと、これ!!」


 楽しそうにしていた割には決まるのは一瞬で、そしてそれはすごくシンプルな組み合わせだった。


 グレーの長袖に、黒のチノパン。奇しくも俺のヘビロテコーデである。とはいえまだ引っ越してきて間もないので新凪にいなの前では着たことがなかったのではあるけれど。


「……こんなんでいいの?」


 あっけにとられつつ問いかけると。


「うん。いいの! これが、いいの!! ねぇ、後ろ向いてるから着てみて♡」


「ん……分かった」


 そして渡された服に着替えて軽く髪を手櫛で整えると、再び新凪にいなに声をかけた。


「……よし、着替えたぞ。……けど、ほんとにこれでいいの?」


 なんの飾り気もない、ただ着ただけの状態の俺。なのに新凪にいなは。


「うっわーん。修吾スタイルいいからこれだけでかっこいいね。マジサマになる。マジかっこいい。マジリアルユーゴ!! あーしばらくこのまま眺めてたい」


(――どうした。そのテンション)


 少し引き気味に思いつつ、最近新凪にいなが普通に接してくれていたから忘れてたけど、元々こいつはこういうやつだったと思い出す。……やけに今日はテンション高いなとは思うけれど。


「……さすがにこのまま眺められるのはつらい」


 そしてふとそんな言葉を零すと。


 新凪にいなは両手を拝むように合わせて俺の目を見つめてきた。


「ねぇ、修吾? いっっっっっっしょうのお願いがあるんだけど!!」


「え、何」


 その懇願するような眼差しに、ちょっと怖いなと思いつつ聞いてみれば。


「……お願い。抱きつかせて!!」


 新凪にいなは真面目な顔して、朝からとんでもないおねだりをしてくるのだった。

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