第18話 次女の拗らせた理由

 無事に一日が終わり放課後になった。俺は教科書をカバンに詰めながら今日の体育は楽しかったなと、ふと思い出す。


 今までならあまり女子の前で活躍したくなくて控えめにしていた俺だけど、今日は男子のみのバスケで、しかも流星の立ち回りやパス回しがうまいから、楽しくてつい夢中になってしまった。


 久しぶりに感じるスポーツの後の心地よい疲労と爽快感。後は、迷わず家に帰れるかどうか……。


 少し不安になった時、新凪にいなさんに話しかけられた。


「ねぇ、しゅう君、一緒に帰る?」


「え? ……あー。うん。頼む」


 一緒に帰ったらまた誰かに冷やかされるかなと思ったけど、別にやましいこともないのだし堂々としていればいいかと開き直ったりもした。


「じゃあさ、ちょっと校門のとこで待っててくれる? 私、ちょっと用事があってさ」


「え? ああ。わかった」


 その時の新凪にいなさんの浮かない表情が気になって、俺もそんな顔で返事をしたからだろうか。


「あれー? もしかして校門まで行くのも不安だったりする!? やだなぁ、もう。みんなの流れに乗って行ったら辿り着くから大丈夫だってっ」


 新凪にいなさんはパッと表情を明るく変えて茶化すように俺の背中をバンと叩いた。


「いってぇー。おま、叩き過ぎ」


「あははっ。ごめんごめん」


 新凪にいなさんはもう、さっきの浮かない顔の片鱗すらなくなっていて、イヒヒッといつも通りいたずらっ子みたいな顔をして笑った。


「じゃあ、また後でな」


「うん!!」



 そうして俺は教室を出て校門へと向かおうとしたのだけど、体育の時にタオルを忘れたことに気付いて体育館へと向かった。


 そしたら体育館の裏の方から誰かの声が聞こえてきてしまった。


「水無瀬さん、好きです。僕と、付き合ってくださいっ!!」


 突然の告白。その内容に思わず足が止まる。


(……え? 水無瀬って……もしかして??)


 疑念をよぎらせていると、すぐに女性の声が聞えた。


「あー。えっと、ごめんね、私、ユーゴにしか興味ないから……」


 戸惑いながら答える声は紛れもなく新凪にいなさんの声。


「ユーゴって、今朝一緒に登校していた人?」


「え!? 違う違う違う!! あれは私のおにーちゃん!! ユーゴってのは、私の推しキャラの名前。……私、3次元の男の人には興味ないんだ。だから……ごめんね」


 ここまで聞いて、立ち聞きは良くないとその場から離れた。

 けれど、やっぱり新凪にいなさんってモテるんだなぁと改めて思う。


 そりゃそうだよな。人目を引くほどの美人だし、明るいし、話しやすいし。最初はなんだこいつって思ったけど、一緒に居たらよく気が利くいい子だなと思う。


 俺も前の学校の時よく告白されてたけど、それは俺の見た目とそこから美化された妄想のせいだった。新凪にいなさんのは、たぶん見た目だけじゃなくてちゃんと中身も伴ってなんだろうな。


 そう思うと、なんだか新凪にいなさんは俺が持っていないものを持っている人のような気がしてきて、尊敬の念さえ抱く。


 けれど新凪にいなさんは……なんで3次元の男には興味がないんだろう。その気になればいくらでもいい彼氏が出来そうなのに。


 考え事をしながら体育館に入ろうとしたけれど、鍵がかかっていたので引き返した。するとばったりと新凪にいなさんに会ってしまった。


「あれ? しゅう君。どしたの? こんなところで……」


「あ、体育の時にタオル忘れたな―と思って。でも、鍵かかってた」


「あははっ。そりゃそうだよー。体育の時に忘れたならもう忘れ物として誰かが拾ってるんじゃない? 見に行く? 忘れ物置き場」


 新凪にいなさんはケラケラっと明るく笑いながらさりげなく俺の腕を引っ張った。

 そしたら通りかかった人の視線を感じて足が止まった。


「いや、明日でいいや。それよりさ? 俺といたら噂されて迷惑じゃない? 今朝のこともあるしさ」


 さっき聞いてしまったこともあって気になってしまった。


「……どしたの、今更。もしかして……聞こえちゃってた? さっきの話」


 新凪にいなさんも足を止めて、少し眉をひそめた顔で俺を見つめる。


「あ……ごめん。たまたま、聞こえてしまって」


「ありゃー。まぁ、仕方ないか。聞えちゃったなら。最近はあんまりなかったんだけどねー、呼び出されたりするの。……で、むしろしゅう君は? 私といたら噂されて迷惑?」


 けれど新凪にいなさんは自分のことよりも俺の方を心配し始めた。やっぱり優しいなと改めて思う。


「いや、むしろ俺は新凪にいなさんしか頼れる人がいないから、助かってるしかないけど……」


 かといって、新凪にいなさんに迷惑をかけてまで助けてもらうのも気が引けて、返事に困ってしまった。すると新凪にいなさんはにこっと笑った。


「ふふー助かってるならよかった。ちょっとね、お節介かな? って気になってたから。ね、帰りながら話そっ」


「ああ」


 新凪にいなさんは俺の腕を掴んだまま、ぐいっと昇降口の方へと足を進めた。するとたまたまそこにクラスメイトの女子が通りかかって、新凪にいなさんに声をかけた。


「ニーナ、お疲れー!」

 

「あ、夏帆かほー。おっつー!」


 新凪にいなさんも手を揚げて笑顔で返事をする。


「あれ? 珍しい。ニーナ、今からデート?」


「何言ってんの。お兄ちゃんがすぐ迷子になるから連れて帰るだけだよ」


「そかそか」


 冗談ぽい会話をして笑顔で去って行く。


 けれど、さっきの子は新凪にいなさんの友達だから『お兄ちゃん』というワードが通じて変な勘違いもされなかったわけだけど、これ、知らない人が見たら普通に付き合ってると思われかねないんじゃないか。


「なぁ? 新凪にいなさんって、なんで彼氏作らないの?」


 気になってつい、不躾に聞いてしまった。


「え? 欲しくないからだよ? だって、めんどくさいじゃん」


 そしたら新凪にいなさんもあっけなくそう答えた。


「めんどくさい?」


「うん。だって女子からは私が先に○○君の事好きだったのにとか嫉妬されるし、男子も男子で気に入られるために優しくしてるだけだったりさ。人間関係もこじれちゃうし、そーゆーのがめんどくさくなっちゃって」


 聞けば新凪にいなさんは、中学の時、告白されて付き合ったことがあったらしい。けれどそれが友達の好きな人だったらしく、友達とギクシャクしはじめてしまった。


 なのに肝心の彼氏になった人も新凪にいなさんに好かれるために優しかったただけで、付き合ってみたらとんだ我儘男。挙句、他の男子からは『あいつなんかやめて俺にしろよ』とアピールされるようになり……それがまた別の女子からの反感を買うようになって、人間関係がおかしくなってしまったことがあるらしい。


 そんな時に出会ったのが、新凪にいなさんの推しキャラのユーゴ。ユーゴは一見クールでぶっきら棒だけど、実は根っこは優しくて、そして可愛い一面もあるらしい。そんなところに惹かれていくうちに、3次元男子よりもユーゴに恋してる方が精神衛生面も、人間関係もうまくいくと思った。


 以来、告白されるたびに『ユーゴにしか興味ない』と断るようにしたら、告白されることも変な嫉妬をされることもなくなって平和。今日はたまたまそれを知らなかった人に告白された、とのことだった。


 つまり……新凪にいなさんにとっての『ユーゴにしか興味ない』という言葉は、人間関係のいざこざを回避する魔法の言葉であり、自己防衛の言葉。ユーゴは新凪にいなさんにとって唯一の安心して恋愛感情を抱ける相手であり、リアルの人間関係の煩わしさから助けてくれた相手でもあるらしい。


 誰だって告白を受けることも、誰かと恋愛することも自由であるはずなのに、モテるがゆえに拗らせてるな。俺は自分の事を棚に上げつつ、そう思った。

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