第4話 俺の最高のパートナー
「あーモヤモヤするー!!」
引っ越しの荷物と格闘しつつ、一向に減らない段ボールの山の前で、思わず叫んだ。服をパタパタと仰いで少し汗ばんだ体を冷ましながら、部屋の隅に目をやる。そこにはまだ起動したままのゲーミングPCが、静かに俺が来るのを待っているように見えた。
荷ほどきに集中しようと思うのに、どうしても今日見てしまった三女の風呂上りの姿が脳裏にちらついて仕方がない。ショートヘアから滴り落ちる水滴と、上気した頬。そして俺を見つめる驚いた瞳。
少しボーイッシュでありつつも、やはり他の姉妹に引けを取らない整った顔立ち。そして身体はしっかりと女性だった。――いや、すぐに目を逸らしたからそこはそんなに見ていないのだけれど。
それでも、罪悪感と衝撃を感じるには十分だった。
(なんであんな時間に風呂入ってんだよ。まだ三女とは挨拶すらしたことがなかったのに。初対面があれだなんて最悪過ぎるじゃないか。次会った時どんな顔したらいいんだよ、あー気まずい!!)
もう、このまま引っ越しの荷ほどきをしていても気が晴れる気がしない。俺は段ボールの山から目を逸らし、机の上に置かれたモニターに吸い寄せられるように席に着いた。
「……こうなったら俺だけでもいいからゲームするか」
ぼそりと呟いて再びコントローラーを手に取った。画面に浮かび上がるのは、いつも見慣れた『モンスタークルセイド』のリアルなCGのモンスターたち。
その時ちょうどサクアのログイン通知が届いたので、早速俺はサクアにボイスチャットを飛ばした。
「サクア―」
『あれ、シウ。もう学校から帰って来てたの?』
男にしてはやや高めの柔らかい声が俺の耳に届く。それでいて、ノリがよくて少し突っ込み気質なところが話していて心地いい。今の俺にとって、間違いなく一番気心が知れた相手だ。
「おう。今日は始業式だし午前中だけだったから」
ゲームの中ではアイテムの整理をしつつ、なんてことない会話を繰り広げていく。ああ、この感じ。どうでもいい会話をしているだけで気が紛れていく。やはり気心知れた仲間というのはいいものだ。
『あーそっか。で、どうだった? 転校初日は』
「それがさー? 新しく出来た妹と同じクラスだった。家でも学校でも顔合わすとか、ちょっと気まずいかもしれない。まぁ、いい子だなって思えたんだけどさ」
『へー。シウ、妹が出来たんだ』
「ああ、そうなんだよ。しかも、姉も含めて四姉妹。びっくりだろ? 俺、女性ってちょっと苦手なのに、4人もいるんだぜ?」
つい、安堵感から口が軽くなっていく。けれどサクアは少し口ごもった。ゲーム内でサクアのキャラクターも立ち止まったままで、不自然な沈黙に不安になる。
「……あれ? サクア? どした?」
『あ、いや。ごめん、なんでもない。四姉妹なんて珍しいなと思って。……にしてもシウって女性苦手なんだ。知らなかった』
その時のサクアはいつもより少し元気がないような気がしたけど、それが俺の話のせいだなんて思いもよらなかった。俺自身は、サクアにとって不都合なことを言ったつもりは一向になかったのだ。
「だよなー? 俺も最初びっくりした。まぁ、苦手って言っても話したりは出来るんだけどさ。女性と話せて嬉しいとか、そういう気持ちはないかなぁ」
『……へ、へぇー。じゃあさ、僕と……話してる時は?』
「何言ってんだよ、今更。楽しくなかったらこんなに頻繁にボイスチャットしたりしないって」
『……それもそうだな。はは』
一体どうしたんだろう。いつものサクアのノリじゃない。けれど話しているうちにいつものノリになるのだろうか。そんな風にも思う。
この時の俺は、サクアが女性である可能性について、微塵も気付いていなかったのだ。
(そうだ、ゲーム。せっかくゲームしてるのだから、ゲーム内で盛り上がれば気持ちも上がるかもしれない)
「あ、そうだサクア、俺、こないだの素材もう一個欲しいんだわ。討伐手伝ってくれねぇ? あのクリスタルドラゴンの心臓」
『お! いいぞー! じゃあ、こないだの狩場行くか!! あの氷の洞窟!』
サクアの声が急に明るくなった。
「さんきゅー!!」
だから俺も明るく答えながら、ゲーム内のキャラを移動させていく。氷の結晶が光り輝く洞窟の中を、2人で駆けていく。サクアは目に見えて明るい口調になったように聞こえた。
やはり気がめいっている時はゲームに限るのかもしれない。少なくとも俺とサクアの場合は。
「よし、いた!!」
氷の洞窟の奥で、巨大な青白いドラゴンが鋭い眼光をこちらに向けている。これが今日のお目当てのクリスタルドラゴンだ。
サクアは剣からハンマーに持ち換え、俺は破壊属性を高めた銃をドラゴンへと向ける。クリスタルドラゴンはその名の通り、表皮がクリスタルに覆われていて他のドラゴンより圧倒的に硬いからだ。
『じゃあ、始めるか!!』
「おう!!」
そして阿吽の呼吸で攻撃を仕掛けていく。サクアは近距離からクリスタルの装甲を砕き、曝け出された内側に向けて俺が弾丸を打ち込んでいく。クリスタルドラゴンにとって、そこが唯一の急所なのだ。
今このモンスターを狩ろうとしてるのは俺とサクアだけ。そしてこいつはそこそこレベルの高いモンスター。けれど順調に敵のFPが消失してきているのは、俺とサクアの腕と、互いの攻撃のタイミングが完璧に噛み合っているから。
やはり俺とサクアは最高のパートナーだ。
――そうして、俺たちの攻撃が頂点に達した瞬間、ドラゴンの雄叫びが洞窟内に響き渡った。そこから間髪入れずにサクアが留めの一撃を叩き込んだその時、光が洞窟を包み込み、ドラゴンは断末魔と共にスローモーションでその場にゆっくりと倒れていった。
ついに討伐に成功したのだ。
『やった!!』
「よっし!!」
戦闘中のゲーム内の激しいBGMも穏やかなものに変わり、俺とサクアは倒れたクリスタルドラゴンの死体の中から素材を拾い集めていく。
「あった!!」
そして、俺が目当てとしていた心臓を手にした時、サクアがぼそっと話しかけてきた。
『なぁ、シウ。……さっき、僕と話すの楽しいって言ってくれたじゃん? あれ、嬉しかった』
「ん? どした。あらたまって」
討伐の達成感に反して、サクアの声はいつになくあらたまったものだった。
『……僕、シウくらいなんだよね。一日の中で会話するの。……引きこもりだから学校も行ってないし、家族ともほとんど話してないからさ』
「……え?」
その時、俺は思わず手が止まった。ほぼ毎日こうして一緒にゲームしてるから、声の感じから同年代だろうとは思っていたし、もしかしたら学校に行ってないのかなともうっすらと思っていたけれど、本人の口からはっきりと『引きこもり』だと聞いたのは今日が初めてだったのだ。
しかも家族ともほとんど話していないほどだなんて。今の今まで知らなかった。
こんなに気心が知れていると思っている仲なのに、考えてみればいつも会話の内容はゲームに関することばかりで、そこに俺のプライベートな話題が少し混ざる程度。
俺はサクアのことを『サクア』というユーザーネームくらいしか知らなかったのだと、今更ながら気付いた。
画面の向こうのサクアに広がるリアルを、俺はほとんど知らないのだ。
『あ、やだなーシウ。そんな深刻に受け止めないでよ。これからもよろしくって言いたいだけだよ』
黙り込んでいる俺の気配を察したのか、サクアは敢えて明るく言ってくれたように感じた。
「ん、ああ!! もちろん。こちらこそよろしくな、サクア」
『おう!!』
だから俺も敢えて明るく振舞った。そして俺達は、今後の友情を深めたつもりだった。
無事にクリスタルドラゴンの討伐にも成功し、目当ての心臓もゲットして、何もかもうまくいっている。
俺は家庭環境が変わったけれど、サクアとの関係はこの先も変わらない。俺にとって、サクアはこれからも気心の知れた最高のネッ友であることに変わりない。
その時の俺は本気でそう思っていた。
画面の向こうのサクアが浮かない顔をしていることに、俺は気付くことも出来ずに――。
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