異能恐怖症-恐怖を力に-

柴麗 犬

第1話 開幕:雨の道化師

「恐怖は火のようなものだ。火は上手に扱えば暖めてくれるが、一旦コントロールを失うと死んでしまうかもしれない。」——カス・ダスト


バイト先のコンビニでのシフトを終え、帰りの支度をしている俺に店長が言った。


「雨宮くん、もう暗いしここ最近変な事件が多いから気をつけて帰りなよ」

「まぁ大丈夫っすよ!なんかあったら全力で走って逃げますし」


こんな談笑をしながら店を出たが、生ぬるく湿った空気にどこか胸がザワついた。

帰り道、雨がポツポツと降ったかと思うと傘を買いに戻る間も無く土砂降りとなった。


「あーこうなったらもう近道使って早くシャワーでも浴びるか」


そう考え、近道へと足を早める。

近道は薄暗く狭い路地で、足を踏み入れるとどこかで何かが軋んでいるような音がキリキリと鳴ってた。このような不気味な状況が普段では近道を利用しない理由だ。

何より、こんな場所を通っていると昔からトラウマだったピエロのホラー映画を思い出してしまう。

ちょうどこんな雨の日に子どもを連れ去り住処で喰らうという作品だった。


「こんなとこ早く抜けよう...」


そう呟き、急いで通っていたらキリキリと鳴っている小さな箱に躓いて転んでしまった。


「アハハハハハ!」


それは古ぼけたピエロのビックリ箱だった。

しかし、それはピエロにトラウマを持つ俺をパニックにするには充分すぎる代物だった。

ピエロの笑い声が頭に鳴り響き、腰を抜かした俺は水溜まりに目を落とす。


「なんなんだよ...これ...」


水溜まりに映っていたのは、俺ではなく赤い鼻のピエロであった。

半狂乱となった俺の身体はゴムのように伸び、その手から飛び散るトランプは辺りの物を切り裂いた。


「大きな音が聞こえたと思いましたが...お困りのようですね。」


黒い布で口元を覆った怪しい男はそう言うと、

手に持った傘で無秩序に舞うトランプを弾きながら素早く距離を詰め、鳩尾みぞおちに強烈な一撃を与えた。

それから黒い布を生み出し、


「これで隠してあげますよ。」


と言い、俺の口を覆い、鏡を見せてきた。

男が見せた鏡に映るその顔は普段通りの俺の顔であった。


「自分の名前を言えますか?」

「俺は...雨宮あまみや じょうです...」


俺はそう言い残すと、気を失った。

怪しい男が改めて傘を差すと、男の肩にポタポタと雨水が滴った。


「おや...穴が空いていたのですね。防刃加工までしたこの傘に傷をつけるなんて大した力です。」


男はそう言うと、条を担いでどこかへ向かった。


─耳をつんざくようなピエロの笑い声が脳内に響き、目を覚ますと、俺は知らない場所にいた。

黒のソファーに木のカウンター、薄暗い部屋の中壁には、色褪せたダーツボートが設置されている。


「ここは...?」

「おや、目を覚ましましたか。」

「あんたは─」


そう言いかけると、さっきの光景がフラッシュバックした。

身体がゴムのようになった感覚はまだ残っており、指先が重く感じる。


「自己紹介から始めましょうか。私の名前は霧生きりゅう 朔也さくやです。よろしくお願いしますね。」

「霧生さん、ここはどこでさっきのなんだったんだ!俺は一体どうなっているんだ!」

「ふむ...その疑問に答えて差し上げましょう。ここは私のバーです。そして先程の出来事は異能ギフトと呼ばれる力によるものです。」

異能ギフト...?」

「ええ、○○恐怖症という言葉は聞いたことあると思います。異能ギフトとは、その恐怖の形が力として発現したもので、あなたはピエロを恐れ、だからこそピエロの姿を得た。」

「さしずめ、道化師ジョーカーと言った所でしょうか。」

「それならもう一つ質問だ。霧生さんは何者でなぜ俺を元に戻すことができたんだ?」

「私は君と同じように異能者なんですよ。マスク恐怖症によって発現した仮面舞踏会マスクレードという能力で、表面上のあなたのピエロの姿を隠匿しました。」

「隠匿しただけなのか?それならなんで俺は今元の姿に戻れているんだ?」

「能力の制御には平常心でいることが必要なんですよ。今のあなたはさほど怯えていない。」

「さて、本題に入らせていただきましょうか。」

「私は暗躍する異能者が引き起こしている怪事件からこの街、『阿良宿あらやど』を守るための自警団、『パラソル』のリーダーを務めています。しかし、人手が足りていないのであなたのような強力な異能者が力を貸してくれるとありがたいのですが、どうでしょうか?」


そんなことを突然言われても訳が分からなかった。

そりゃそうだ、異能力なんて現実感も湧かないしの上自警団なんて急すぎる。

それに怪事件は異能者が引き起こしてるだって?そんなんニュースでは一言も言ってなかっただろ。

ただ、俺に一つ頭によぎるものがあった。

誰にでも訪れる恐怖は人を怪物に変えてしまうのか?

霧生はその考えを見透かしたかのようにニコリと笑って問いかけてきた。


「君はどうしたいんですか?」

「俺は...あんたの仲間になるよ。ピエロに怯えっぱなしってのもかっこつかねぇしな」


俺は俺が人であるために、恐怖と向き合い、戦う道を選んだ。人か怪物か、その答えを求めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る