初恋の夏 叶わないとしてもそれでも

紫水ミライ

第一章

第1話 風鈴の音


チリン。

チリン。

リンリン。

風鈴が風に揺らぐ。

庭に咲く朝顔。

その周りを蝶々が舞う。

のどかな陽射し。

冬の寒さは消え去り、夏の始まりが見えてきている。

どこか懐かしく、どこか儚い気がした。

分からないけど、なんとなく。

思いながら彼は一振りの太刀を手に取り、腰に下げる。

街の賑わいは相変わらず。

大通りを通るのは荷を積んだ馬車や俵を運ぶ農民ばかり。

その中で侍という上級階級の者が街行く姿は異質であった。

皆彼に道を開ける。

侍の名は翠色すいしょく

代々、国の王家である真花家に仕える侍の一族、真刃家の一人。

その昔、救国の英雄として名を馳せた初代真刃家に献上された太刀、龍虎刀を持っているのがなによりの証拠。

翠色は街の高台に登る。

そこで待って居たのは一人の可憐な少女。

少女の周りには彼女を護衛する数人の男達。

彼らに軽く会釈し、翠色は少女に話しかける。

「私の名は翠色と申します。真刃家の人間であり、貴方様を迎えに参りました」

「ふーん、そう。真刃家の人間なのね。また護衛を頼まれたのかしら?」

少女は髪をいじりながらツンとした態度でいる。

翠色はそれを気にせず丁寧な口調で話した。

「いえ、これから私と貴方様は旅立ちます。というより、逃げるのです」

「は? 何いってんの? あんた本気?」

「はい、逃げるのです」

少女は真花家の次期王女、名を紅玉こうぎょくと言う。

赤色の瞳が輝き、金色の髪が気品を帯びている。

背丈は標準だが、どこか大人びた顔をしていた。

「紅玉様は今年の十二月に十五歳になりますよね?」

「えぇ、そうだけど」

「では説明します」と、翠色は紅玉に語った。

この国では十五になると成人し、そして王家の人間はその成人の日に王位に着く。

だが問題が一つ。

王位を狙う者が新王を殺害することにより、国を乗っ取ろうとする事だ。

それを阻止すべく、真刃家の長の命令により翠色は紅玉の護衛任務を任されたのであった。

「そういうわけでございまして、どうか私と共にご同行をお願いいたします」

「ご同行をって言ったって、あんたも同じくらいの年齢でしょ!? しかもそんな太刀なんて使って、戦えるわけないじゃない!」

紅玉の言うように、翠色は十五歳の青年である。

身長が高いわけでも筋肉があるわけでもなく、それどころかひょろりとした体型であり、女性のように細い体つきをしている。

紅玉にはそんな翠色が太刀を振るうなど考えられなかったのだ。

「これでも私は訓練をしました。ですが体質なのか筋肉が付きづらいもので。ですが太刀を振るうことなど造作もありません」

「嘘よ! そんなわけ!」

「お願いですので。ここは人目に触れるかもしれません、共に行きましょう」

紅玉は翠色の手を引き、丘の下り坂を歩く。

一人の男がすれ違う。

その刹那。

鞘から刀を抜く音が微かに聴こえた。

瞬時に身を翻し、紅玉を守りながら翠色は受け身を取る。

刀は標的を外れ、空を切った。

「中々やる小僧だ、さすが天下の真刃家だな」

男は口角を上げ、腰の打刀を鞘に戻して翠色を見下ろす。

「貴様、紅玉様を狙っているな?」

翠色が男を睨む。

男はニヤリと不気味に笑む。

「そんなとこだな」

男が刀を振り下ろす。

翠色は太刀を抜き放ち、その刃を受け止めてみせた。

キリキリと鉄が唸る。

互いに弾き合い、兵刃を交わし合い火花が散る。

男が一歩退がったところ、すかさず男の足首へ刀を振るう翠色。

軽く切り傷が生まれ、男が怯む。

その隙を見逃さず、翠色は男の腹を切り裂いた。

「ぐあああ!」

男の悲鳴。

翠色は倒れた男の胸へ小太刀を突き刺し、トドメを刺す。

翠色が振り向くと、木の物陰に隠れていた紅玉は身を震していた。

この国一番の貴族だ。

人が争う姿など見たことがあるはずもなく、ましてや斬り合いこそまさに無縁。

人斬りはたまに町に出るものだが、国の王族が直接目にするはずもない。

その争いの姿は紅玉にとって異怖の対象でしかなかったのだ。

「無事ですか、紅玉様」

翠色が紅玉へ声をかける。

「あ、あの人は死んじゃったのね? あんた、人を斬ったのね」

動揺と恐怖を露わにする紅玉は、まるで殺人鬼を見るかのような目で翠色を見つめる。

翠色は刀に付いた露を払い、鞘に収める。

しゃがみ、紅玉に言った。

「良いですか紅玉様。これから命懸けの旅が始まるのです。ですがその代わり、この命に変えても紅玉様を御守りいたします。どうかお許しを」

「でも、あなたは人を殺めることに何の躊躇もないの?」

「ありません。私は王族のために仕え、貴方様を守るために生まれただけでごさいます。それ以上もそれ以下もなく、ただの駒と自負しております」

「駒だなんて、あなたは本当にそれでいいの?」

「元より己の意思など関係ありません。私は貴方様に従順に仕えます」

紅玉は悲しい目で翠色を見る。

紅玉からすると、翠色はまるで機械のように冷たい人間に思えたのだ。

態度というより、深い海底のように深く沈みきっているようなその性格を感じたのだ。

そんな風に見つめる紅玉を見て、翠色は幼少期の自分を思い出す。

殺しを厭い、争いを恐れたかつての心情。

だがそれでは生きていけないことを翠色は知っていた。

冷静さを保ちながら、翠色は紅玉を連れ、歩き出す。

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