第6話
「——」
「ねぇ…」
「——」
「ねぇ…ねぇ…」
「——」
「ねぇねぇねぇねぇ…!」
二回の寝室にあたしは居た。だが、そこにはあたしだけではなく、麗はもちろんの事、もう一人——皐月奈々、そう。あたしの母がベッドの上で座っていた。だがいつもと様子が違う。何より異様なのは、ベッドがボロボロで枕は中の羽が飛び出して、まるで強盗が入ったのではないかと、勘違いするほどの酷さである。
何より心配なのは——、
「——」
「ねぇねぇねぇねぇ!やめてよ!もうやめて!」
自分の手首を何回も何回も爪で引っ掻いているお母さんの姿であった。もうそこにはあたしの知っているお母さんの姿は無かった。素直な感想怖かった。お母さんの姿をした何かだとも思っていた。思いたかった。
赤く、火傷をしたようなそんな手首には、出血した後もある。痛々しい姿にあたしは耐えきれなくなり、止めに入るが『まるであたしが見えないかのように』手首を引っ掻くのをやめない。
もうやめてとあたしは神にすら祈った。だが神は無慈悲にもあたしの云う事を聞いてくれない。
「無駄だよ」
まただ。そんな麗の声が部屋を制す。この言葉はさっきも言われた。——何が無駄なのか説明してほしい。この世に無駄なことはないと信じている。
「無駄だよ」
何回も何回も言ってくるそんな悪魔の囁き。それがあたしの頭の中で何回も再生される。
「無駄だ…」
じゃあ——、
「無駄なら、無駄じゃない方法はないの!?」
心からの叫びだった。無駄だと云うなら無駄じゃない方法を教えてほしい。
ねぇ、どうしてお母さんは自分を傷つけるの?
ねぇ、なんで麗はそんな無駄って言うの?
ねぇ、地獄ってこんなにも辛いの?
あたしを駆け巡る思考は全てマイナスなことばかりで、暗闇で溢れた心の中に照らす光は一つもない。それでも、それでも何かあるなら、それは麗が持っているはずで、持っていると信じたい。だから——、
「麗、教えて。あたしのこと、あなたのこと、そしてこの世界のこと」
「リビングにおいで」
「でもこのままじゃお母さんが…!」
「別に来ないで、同じようにしてるのもありさ。でも来ないともっと酷いことになるよ」
あたしは唇を強く噛み、渋々麗に着いて行くことにした。
寝室を出ていく直前に、お母さんの顔を見た。とても安心した。少し怖いけどやっぱりお母さんはお母さんだ。すごく暖かいオーラを放っている。そんなお母さんにもう一度抱きしめられたい。そんな叶うはずもない願いを抱くのは、良くないとわかっていた。だってまた泣きそうになっちゃう。だから、あたしが出来るお母さんへの罪償いはお母さんをいつもの、面白くて綺麗なお母さんに戻すこと。
目標を改めて確認した律花はそっと扉を閉めて手を握り締めた。
◆
「さぁ座って」
「——」
昼間だと言うのにカーテンを閉め切っているせいでリビングは薄暗い。とても不気味だ。
そんな中、麗は不敵な笑みを浮かべて椅子に座るようあたしに促した。
「じゃあよく聞いているんだよ。一回しか話さないよ」
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