第22話「解放の一撃」

 頬に何かが当たる感触を覚え、オレは目を覚ました。

 仰向けで横たわっているオレの視界の先には少し濁った色の空が広がっている。そしてポツポツと降る雨が体を打つ。

 オレはそんな雨に打たれながら、ゆっくりと体を起こす。


「............そろそろ向き合わないとな」


 現在248周目。

 随分と時間が経ってしまったものの、一時期のダウナーメンタルを乗り越えて、現実と向き合う意思がようやくオレの中で咲き始めていた。

 この無駄にした周回の間、ほとんど頭が働いていなかった頃もあったが、この場所で目覚めた回数だけは決して忘れないようにしていた。何故だかわからないけど、これを忘れてしまったらオレがオレで無くなってしまうような、そんな漠然とした恐怖があったから。


「さて、今回はあの作戦で行ってみるか」


 無意識に体を動かしながら、オレは独り言を呟く。

 一時期は完全に思考が停止していたが、ここ数周はある程度現実と向き合えるようになっていたため、オレはその間にいくつかの策を考えていた。

 思い返してみると、八方塞がりになっていた頃は随分と視野が狭くなっていたようだ。一度色々と投げ捨てたことで、今は逆に思考が冴えわたっている気がする。


 ―――コツ、コツ、コツ


「おーおー、見つけたぜトリガー。今回のトリガーは随分と湿気た面してやがんなぁ」


 色々と考えている内に、いつもの敵が姿を現す。

 思えばいつの間にか、この男に殺された回数よりもこの男を殺した回数のほうがはるかに多くなってしまったな。最初の頃は罪悪感も感じていたが、今では何も感じなくなってしまった。そんな自分の変化に複雑な感情を覚える。

 特に苦戦することもなく、当たり前のようにロットの金髪の男を殺し、ルインがこちらに近づいてきた。


「はぁ...はぁ...。怪我はありませんか?」


 ルインがいつもの第一声を口にし、予定調和の会話が進む。


「すみませんが少しだけ待っていてください」


 ルインに抱えられて移動する前の段階。ルインが近くに落ちていた大きめの鞄からスマートフォンのような端末を取り出し、オレから少しだけ距離を取る。


 今回行動を起こすのはこのタイミング。

 以前までの視野狭窄になっていたオレは、この後ルインに抱えられて包囲網を突破するところまではルートを変えられないと思っていた。だが、よくよく考えてみると必ずしもそういうわけでもない。

 あくまでもルインが必要な理由は、金髪の男を撃退するためと、青いコートを貸してもらってロットのレーダーから逃れるため。

 つまり、それが達成できるのであれば、ルートを変更しても構わないのだ。

 金髪の男はもう撃破したわけだから、あとはあの青いコートを手に入れられればそれでいい。

 そして、ルインから貸してもらうだけがあのコートを手に入れる手段ではない。


 ―――ルインを殺して無理やり奪ってしまえばいい


 それがオレの結論。

 幸い、このタイミングであればルインを殺すための武器はある。 

 ルインがこちらに背を向けているのを確認し、オレは倒れて動かなくなった金髪の男の体にゆっくりと近づく。

 そして金髪の男の手に握られている銀色の銃を手に取った。

 この銃がオレに扱えるものなのかは分からない。だが、試す価値はある。

 ルインがオレの動きに注意を払っているとしても、オレの背中に隠れて手元までは見えていないはずだ。流石にルインもオレに攻撃されるとは思っていないだろうから、このまま素早く銃口を向けて引き金を引けば、反応させずに殺せる可能性はある。

 銃を握っているオレの手が震え始める。

 これから人を殺そうというのだから当たり前か。目の前に倒れている金髪の男を殺すときとはわけが違う。今回はオレ自らが手を下すのだ。

 まだこんな風に怖気づける自分に安心感と嫌悪感を感じながら、オレは心を決めてルインに銃口を向けた。

 そして引き金を引くと、体の中の何かが銃に移っていくのを感じ、それに伴って銃口が光り始めた。その直後、オレの手元からレーザーが放たれる。

 レーザーはルインの顔の少し横をかすめ、後ろにあった石造りの建物を軽く抉った。

 

「なっ...!?」


 突然の出来事に驚いたルインが、こちらに驚愕のまなざしを向けてきた。

 そして、即座にこちらに近づいてくる。


「どっ、どういうつもりですか!?」


 ルインが凄い剣幕で詰め寄ってきた。


「どうもこうもないですよ。見ての通り、あなたを殺そうとしただけです」


 この時点で、この周回での死は確定した。そう思ったオレは、もうどうにでもなれとありのままを口にする。


「は...?」


 思考の片隅にはあっただろうが、流石にこんな直球な返答をされるとは思っていなかったのか、ルインの表情が一瞬固まった。


「何故そんなことを...?私はあなたの味方ですよ?」


「そんなの信じられません。こんな状況じゃ、誰も信じられないですよ」


「あなたの状況は理解しているつもりです。だから気持ちは分かりますよ。ですが、私はあなたの味方です。信じてはくれませんか?」


 ルインは攻撃してきたオレにすぐに危害を加えるつもりはないようで、過程こそ全く違えどどこかで見たような展開になっていく。

 このあとの展開に付き合うのも面倒だな。そう思ったオレは自分の胸元に向けて銃を構えた。


「何をしてるんですか!やめてください!」


 オレの動きに即座に反応したルインが止めようとする。だが、オレのこんな意味不明な行動を予測できているはずもないため、その動き出しは一瞬遅れた。

 その間にオレは引き金を引ききり、レーザーが発射される。

 だが、ゼロ距離で放たれたレーザーによって即死するはずが、ルインの妨害によってわずかに急所を外してしまった。


「な、何故...。救世主様...。どうして...!」


 ルインの悲痛な叫びが聞こえてくる。


「まさか...自ら命を絶つなんて...!折角救世主様を保護して、ようやく救いの時が訪れると思ったのに...!」


 絶望した顔のルインが叫び続ける。そんなルインの声を聞きながら、オレの意識は段々と遠のいていった。


 *


 頬に何かが当たる感触を覚え、オレは目を覚ました。

 仰向けで横たわっているオレの視界の先には少し濁った色の空が広がっている。そしてポツポツと降る雨が体を打つ。

 オレはそんな雨に打たれながら、ゆっくりと体を起こす。 


「...これならいける...か」


 上手くはいかなかったが、オレはこの方法でルインを殺せることを確信した。

 ルインはオレが放ったレーザーには全く反応できていなかった。今回レーザーが当たらなかったのは、単純にオレが狙いを外しただけ。

 まあ当然だろう。銃などまともに扱ったことのないオレが、最初から狙い通りに撃てたら逆に驚きだ。

 だが、銃の腕などこれから無限の時間を使って練習すればいい。そうすればいずれは狙い通りに撃てるようになるはずだ。

 それからオレは何度か同じルートを辿って銃の照準を合わせていき、ついにその時が訪れた。

 それは、最初から数えて9回目の挑戦となる、256周目でのこと。

 オレは金髪の男が持っていた銃をルインに向け、その引き金を躊躇いなく引く。


「かはっ!!」


 オレの放ったレーザーが、ルインの腹部を貫き、ルインが反射的に声を漏らした。

 急所は外したが、傷の大きさからして間違いなく致命傷。

 体に風穴の空いたルインは、傷口から光る粒子を放ちながら膝をついた。

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