第20話「逃げられない」
頬に何かが当たる感触を覚え、オレは目を覚ました。
仰向けで横たわっているオレの視界の先には少し濁った色の空が広がっている。そしてポツポツと降る雨が体を打つ。
オレはそんな雨に打たれながら、ゆっくりと体を起こす。
「マジか...」
ちょっと逃げようとしただけでルインがあんな直接的な手段を取ってくるとは思っていなかったため、死んでループした今でも軽く動揺が続いている。
「というか腹パンって...。ルイン怖すぎだろ...。これまであんな怖い奴について行ってたのか...」
ルインのあの豹変っぷりがまだ頭から離れない。あの後どんな過程で殺されたのかは分からないが、あまり考えたくもないな。
「はぁ...。とにかくルインから逃げるための策を考えないとな...」
いつまでも引きずってはいられないため、オレは即座に頭を切り替える。
とりあえずは移動だ。既に今回の周回は始まっているため、ぐずぐずしているとロットの包囲網が近づいてきてしまう。さっさと行動を開始しなくてはならない。
それからいつもの流れでルインと合流し、ロットの金髪の男を撃退し、先ほどと同じ地点まで戻ってくる。
「...に到着...た。合流...の指示を...します」
これまでの周回と同じように、ルインはオレを降ろした後少し距離をとって、スマートフォンのようなものに向けて話し始める。
ルインは今こちらに背を向けているため、オレが何をしているかは見えていないはず。そう思い、オレは物音を立てないように青いコートを脱ぎ捨てて、そのまま全速力でルインから距離を取った。
「...っ!すみませんっ!緊急事態が発生したので一度切ります!」
出来るだけ気配を消して物音も立てずに逃げたはずなのに、オレが走りだしてすぐにルインがこちらの動きに気付き、電話を切って追いかけてくる。
「待ってください!どこにいくんですか!?」
ルインがこちらを追いかけながら声をかけてくるが、オレはそれを無視して走り続ける。
オレはルインの視界から外れるために、辺りの入り組んだ狭い道を素早く何度か曲がる。だが、身体能力の差は圧倒的なためすぐに追いつかれてしまった。
「待ってくださいって!どうして逃げるんですか!?」
ルインがオレの腕を強い力で掴む。
「いっ、痛いです!放してください!」
前回はこう言えば放してくれたため試してみるが、ルインがオレの腕を掴む力は緩むことはなかった。
「すみません。ですが、逃げた理由を話してもらわないと放すわけにはいきません」
ルインの瞳がオレを射抜く。前回腹パンされた時ほどではないが、ルインの雰囲気が明らかに危険なものへと変わっていくのが分かる。
「...すみません、今は誰も信じられなくて...。一人になりたかったんです...」
たぶん意味はないが、オレはしおらしい態度でルインにそう伝える。
「気持ちは分かりますよ。ですが、私はあなたの味方です。信じてはくれませんか?」
前回と同じような流れになり、信じてほしいというルインと拒絶するオレの押し問答が続く。
「そうですか。...なら、仕方ないですね」
そしてその後、表情の消えたルインによってオレは意識を刈り取られた。
*
頬に何かが当たる感触を覚え、オレは目を覚ました。
「流石にダメか...」
身体能力の差があるため策もなく逃げるだけじゃすぐに捕まってしまう。
「ルインに気付かれずに逃げるにはどうすればいい...?」
いつものルートに向かいながら、オレは頭の中で策を考える。
だが、考えている間に金髪の男と遭遇する時間になってしまい、巡っていた思考を一度ストップせざるを得なくなった。
そして今回も難なく金髪の男を撃退し、ルインに運ばれてロットの包囲網を突破する。この運ばれている時間は貴重な思考時間だ。
「...に到着...た。合流...の指示を...します」
ルインがオレから背を向けて少し離れたタイミングで、オレは運ばれている間に考えた作戦を実行することにした。と言っても大した作戦ではないが。
オレはルインの死角に移動してから、適当に辺りを観察する振りをしながらルインから距離をとる。そして一番近くにあった脇道まで到達してから、コートを脱ぎ捨てて全速力で走り出した。
「待ってください!どこにいくんですか!?」
だが、今回もルインは即座にオレの逃亡に気付き、もの凄いスピードで追いかけてくる。前回よりもスタートの距離を空けられたものの、やはり圧倒的なスピードから逃れられるはずもなく、オレはルインに捕まってしまった。
それからは前回と同じ流れになり、ルインの腹パンによってオレは意識を失った。
*
頬に何かが当たる感触を覚え、オレは目を覚ました。
「...やっぱりこんな策じゃダメだよな」
考える時間もあまりなかったためダメ元でやってみた策ではあったが、希望の一筋すら見えずに前回の周回は終わってしまった。
自分からついて行っていた時には全く気が付かなかったが、ルインは想像以上にオレの行動に注意を払っている。オレがルインの死角であろう場所で動いても、ルインには気づかれてしまう。逃げる素振りを見せれば必ず追いかけてくるだろう。
「まずはどうにかしてルインの視界から外れないといけないか」
考えるべき方向性を定めながら、オレはいつもの行動を開始する。
今回もルインに運ばれている間に作戦を練った。そして、降ろしてもらったタイミングで作戦を実行に移す。
「すみません、少しだけ待っていてもらってもいいですか?」
「構いませんけど、どうしたんですか?」
「実はこの後、私の仲間と合流する手筈になっているんですけど、その仲間に連絡をしようと思いまして」
今回行動を変えるのは、前回や前々回よりも一手だけ早いタイミング。ルインがオレから少し離れて通話を始める前のタイミングだ。
いつもは何も言わずに送り出しているが、今回はそれを変えてみる。
「そうなんですね。...あの、それじゃあそれを待っている間、辺りを色々と見て回ってきてもいいですか?」
「え?...えっと、何があるか分かりませんし、今は私の近くにいた方がいいと思いますよ?」
「もう近くにあの男の仲間もいないでしょうし、駄目ですか?この辺りがどんな感じになっているのか気になってしまって」
逃げようという意思は絶対に見せず、あくまでも辺りを見て回りたいという好奇心からの行動に見せる。
「...。...分かりました。ですが、あまり離れないようにしてすぐに戻ってきてくださいね?」
渋々承諾する形でルインはオレが辺りを散策することを受け入れた。
別行動をするのではなくあくまでも一時的に離れるという流れにしたのが良かったのかもしれない。
「分かりました」
オレはそう言ってゆっくりと移動を開始する。
まずは適当な脇道に入って確実にルインの視界から外れる。だが、まだ油断はしない。オレは辺りに興味を持っている風を装いながら、着実にルインから距離を離していく。
そしてある程度距離を取ったタイミングで、一応コートを脱ぎ捨てて走り出した。
オレ自身も進んだ方向が分からないくらいに、入り組んだ道を何度も曲がる。流石にここまで距離を取ってしまえば、ルインも追いかけてはこれないだろう。
そう思った瞬間、オレの右肩に後ろから何かが触れた。オレは反射的に後ろを振り返る。
「...え?」
振り返った先にあったのは、こちらに怖いくらいの笑顔を向けるルインの姿。
「中々戻って来ないから探しに来ましたよ。そんなに走ってどこに行くんですか?」
何故この場所が分かった?もしかして付けられていたのか?
ルインの顔は笑っているが、今のオレにはそれが恐ろしいものにしか見えなかった。
「...えっと...道に迷ってしまって...」
「そうでしたか。それじゃあ探しに来て正解でしたね」
逃げる術を失ったオレは、大人しくルインについて行くことになった。その後どうなったのかは、言うまでもないだろう。
それからオレは、オレに考えられる様々な方法でルインから逃れようとしたが、何をやってもルインから逃れることはできなかった。
ルインと出会わなければロットの包囲網から逃げられない。かといって、ルインと出会ってしまえばそのルインから逃げられない。
八方塞がりなこの状況に、オレの精神はじわじわと蝕まれていった。
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