ようこそ余命3日間の世界へ

識友 希

第1話「目覚めたら突然死」

 頬に何かが当たる感触を覚え、オレは目を覚ました。

 仰向けで横たわっているオレの視界の先には少し濁った色の空が広がっている。そしてポツポツと降る雨が体を打つ。


「っ!!」


 体を起こそうとすると、背中にほんの少しだけ痛みが走った。硬い地面の上で横になっていたから軽く痛めてしまったようだ。


「...オレ、何で外で寝てるんだ?」


 背中の痛みもあって寝ぼけた頭が一気に覚醒し、自らの置かれた状況に疑問を抱く。


「...というか、ここどこだ?」


 とりあえず辺りを見回してみるが、全く見覚えがない景色が広がっていた。オレの家の近所ではあまり見ない、白い石造りの建物がいくつも並んでいる。ただし、建物の壁に所々落書きがあったり窓が割れていたり、そもそも崩れていたりと、人気ひとけはなく物騒な雰囲気だ。

 更に、周囲には無造作に投棄されたゴミが散らばっており、雨と混じって嫌な臭いも漂っている。


「オレ、昨日は普通に家のベッドで寝たはずだよな...?」


 この奇怪な事態を整理するため、俺は小さく独り言を言いながら覚えている最後の状況を振り返る。だが、振り返ったところで何故こんな状況になっているのかに全く繋がらない。悪い夢であれとも思ったが、背中に感じる痛みからして残念ながら夢の類ではなさそうだ。


「そうだ、スマホっ!」


 スマートフォンなら多少状況の把握に使えるかと思い、いつもスマホを入れているズボンのポケットに手を突っ込んでみるが、中には何もなかった。念のため、自分の体のあちこちを叩いてスマホを探すが、やはり見つからない。


「これ、もしかしてヤバくないか...?」


 スマホどころか、今の自分は手ぶらで靴すら履いていない。ボロボロでヨレヨレのジャージと靴下だけを着て見知らぬ土地に放り出された状況だ。


「......。とりあえず、辺りを探索してここがどこか調べてみるのが先決か」


 少しの間身の振り方を考え、ひとまずここを移動することに決める。

 見知らぬ土地を歩くのは多少リスクがあるが、ここにいたところで状況が変わるわけでもない。家で寝ていたはずの自分が何故こんな場所にいるのかも気になるが、それを考えるのは後にしよう。

 オレは進む方向を定めるため、改めて周囲を確認した。現在オレがいる場所は十字路になっており、方向の選択肢は4つある。辺りは捨てられた住宅街といった感じで随分と入り組んでいるように見えるため、適当に動いてしまうと現在地が分からなくなってしまうだろう。

 少しの間慎重に考え、オレは4方向の内開けた道に出そうな方向へと足を向けた。


 ―――コツ、コツ、コツ


 オレが移動を始めてから少しして、進行方向から石造りの道を蹴る小さな足音が聞こえてきた。それからすぐ、その足音の主が姿を現す。


「おーおー、見つけたぜ『トリガー』。今回のトリガーは随分と湿気た面してやがんなぁ」


 足音の主は赤いロングコートを身にまといフードを被った、金色の髪に赤い瞳の若い男だった。その男はオレから少し離れたところで足を止めて、手に持った懐中時計のようなものを見ながら口を開いた。

 男からは危険そうな雰囲気が放たれており、安易に近づいてはいけないとオレの本能が告げていた。


「お前に恨みはねぇが、死んでもらうぜ」


 オレが何もできずに戸惑っていると、赤いロングコートの男は突然オレに銀色の銃のようなものを向けその引き金に指をかけた。そしてその銃口が白く光り出す。

 ...は?いやいや、待て待て。どういう状況だ。銃?死んでもらう?...オレは殺されるのか?

 オレは頭が真っ白になり、向けられた銃に対して何もすることができずにただただ慌てふためく。


「危ないっ!!」


 死ぬと思った次の瞬間、大きな声と共に何かがオレの体にぶつかってきて、オレはそのまま吹き飛ばされる。そして、オレが元々いた場所には白いレーザーのようなものが通過した。オレをめがけて放たれたレーザーは後ろにあった石造りの建物を軽く抉っていた。あれに直撃したら確実に死んでいただろう。


「チッ。『ブラウ』の犬か。邪魔すんじゃねぇよ、カスが」


 赤いコートの男が舌打ちをし、こちらを睨む。いや、正確にはオレのすぐ傍で倒れている、青いロングコートを着てフードを被った、銀色の長い髪に青色の瞳の若い女を睨んでいた。どうやら、この青いコートの女がオレを助けてくれたようだ。


「まあいい。今度こそ逝っとけや」


 赤いコートの男が再びオレに銃口を向ける。オレはそれに対してやはり何もできずにいたが、傍で倒れていた青いコートの女が立ち上がり、肩からかけていた大きめの鞄を赤いコートの男に投げつけ、そして続けざまに飛びかかった。


「逃げてください!」


 青いコートの女がオレに向けてそう叫ぶ。だが、事態を飲み込めていないオレの体はすぐには動かなかった。


「早く!」


 青いコートの女がもう一度叫び、ようやくオレの体が動き出す。オレは取っ組み合っている二人に背を向けて走り出した。


「待ちやがれ!逃がすかよ!」


 今度は赤いコートの男が叫ぶが、オレはそれを無視して無我夢中で走る。

 少しして二人との距離がある程度離れたところで、オレは状況を確認するため一瞬だけ振り返った。そんなオレの目に、青いコートの女を吹き飛ばし、オレに銃口を向ける男の姿が映る。

 そして...

 その銃口から放たれた白いレーザーがオレの腹部に大きな風穴を開けた。


「かはっ!」


 オレはその場に倒れこみ、体に空いた大きな穴からは光る粒子のようなものが飛び出す。体に穴が開いているわりには痛みは少ないが、少しずつ意識が遠のいていく。

 そんなオレの下に、青いコートを着た女が走って寄ってきた。


「ああ...救世主様!どうして...!」


 続けて、オレを撃ち抜いた赤いコートの男もこちらへと寄ってくる。


「はっ!悪く思うなよ、トリガー。安らかに眠れ」


「また...守れなかった...。救世主様...」


 うなだれる青いコートの女と、オレに手を合わせる赤いコートの男。そして、光る粒子を噴き出したオレの体。

 何が何だか分からない状況だが、現実ではありえない目の前の光景を見て、オレは少しだけ安堵していた。痛みこそあるが、これは現実ではなく悪い夢なのだと確信したからだ。

 それから少しして、オレは意識を手放した。

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