唐揚げ vs 竜田揚げ
夕方のスーパーは、仕事帰りの人々で賑わっていた。買い物カートを押す人、品定めをする人、夕飯の献立を決めかねて商品棚の前で立ち止まる人。それぞれの生活が交差する時間帯だ。
リョウは精肉コーナーの前で足を止めた。目線の先には、赤みのさした鶏もも肉が整然と並べられている。その中からなんとなく良さそうな一パックを手に取り、軽く重さを確かめる。
「今日は竜田揚げ作ろうかな」
リョウが手にした鶏もも肉のパックをじっと見つめながら呟いた。
独り言のように呟いたその声に、隣にいたカズが興味を示したように顔を向ける。
「唐揚げと竜田揚げって、結局何が違うん?」
問いかけられたリョウは、パックを片手に軽く顎に手を当てる仕草をしたが、すぐに自信ありげに答えた。
「衣の違いだな。唐揚げは小麦粉を使って、竜田揚げは片栗粉だけ。俺は竜田揚げが好き」
そう説明しながら、リョウは脳内で家にある調味料を思い出す。醤油、みりん、酒。必要なものはすでに家にあったはず。あとは、揚げ油の量が足りるかどうか確認するくらいだろう。
「でも唐揚げに片栗粉を混ぜることもあるし、味付けが似てたら区別つかなくね?」
「まぁ……確かに?」
カズは眉を寄せ、いかにも納得がいかない様子だ。リョウは一瞬考えたが、次の瞬間、何かを思いついたようにカズに向き直る。
「よし。じゃあ帰ったら実際に作って比べてみよう」
「え!マジで!?多くね!?」
「残ったら明日サンドイッチにすればいい」
「よっしゃ!食べ比べってワクワクするよなー!」
二人は意気投合し、リョウは手に持った鶏肉を買い物かごに入れた。カズも嬉しそうな表情を浮かべている。夕飯のメニューが決まり、気分が軽くなったのか、二人の足取りは少し弾んでいた。
*
キッチンには醤油と生姜の香りが漂い、ジュワジュワと心地よい音が響く。コンロの上では油が踊り、鍋の中で衣をまとった鶏肉が黄金色に変わっていく。リョウは菜箸を器用に操り、揚がり具合を確認しながら、一つずつ丁寧に油へと投入していった。鶏肉は油に入れた瞬間からパチパチと軽快な音を立てて泳いでいる。
リョウは油の温度を気にしながら、残りのものも手際よく作業を進める。衣をまぶす手つきも慣れたものだ。
「へー、色も結構違うのな」
カズが鍋の中をじっと覗き込む。揚げ色の違いにも気が付いたのか、興味津々な様子で顔を近づけた。唐揚げはほんのり膨らんで丸みを帯び、キツネ色というよりも少し濃いめの色合い。一方の竜田揚げは、少し白っぽく優しい揚げ色をしている。
「俺、冷めた後のかたくり粉浮いたパサっとした竜田揚げも好きなんだよな」
「今から揚げたて食べるのに!?」
「てことで、竜田揚げは多めに揚げて残りは明日で…」
「食いたいだけだろ」
リョウが火を止め、網の上に揚げたての唐揚げと竜田揚げを取り出していく。揚げたての黄金色の衣には、ところどころに細かな気泡ができており、光を受けてキラキラと輝いていた。油を切るうちに、ふわりと立ちのぼる湯気。その中に混ざる醤油とにんにくの香ばしい香りが、胃を刺激するように漂ってくる。
リョウは慎重に皿へと盛り付けた。唐揚げは表面にほんのり艶があり、ちょっとひび割れた衣の隙間からジューシーな肉がのぞく。一方、竜田揚げは薄く均一にまとった片栗粉がしっかりと揚がり、見た目からもカリカリとした食感が伝わる。
どちらも絶妙な揚げ色で、並べられたそれらはまるで食欲をそそるアートのようだった。キャベツの千切りと一緒に盛り付けられてるのも最高の演出。
「これは米多めに炊いてて大正解だな!」
「ちゃんとキャベツも食えよ、高いんだから」
「いただきまーす!」
いよいよ実食の時間。カズはまず唐揚げを箸で掴み、じっと見つめる。表面には薄い衣がほどよく付き、箸先に軽く油が滲む。まだ熱を帯びたそれを火傷しないようにそっと口へ運ぶと、歯が当たった瞬間に「サクッ」と小気味よい音が響いた。軽く砕けた衣の下から、ふんわりと柔らかい鶏肉が顔を出し、噛みしめた途端にじゅわっと肉汁が溢れ出す。
熱々の肉汁が舌の上を転がり、広がるのは醤油とにんにくの深い味わい。しっかりと染み込んだ下味が噛むごとに滲み出し、ご飯が欲しくなるような濃厚な風味が口いっぱいに広がっていく。
「うーん、やっぱり安定の美味さ」
満足げに頷くカズを見て、リョウも唐揚げを一つ口に運ぶ。自分で作った料理とはいえ、この瞬間の喜びは格別だ。
「まぁウマいよな。レモンかけるか?」
「かける!」
カズはさっとレモンを手に取り、たっぷりと唐揚げに絞る。柑橘の爽やかな酸味が加わり、さらに食欲をそそる香りが立つ。
続いて、竜田揚げを食べる。カズが一口噛みしめると、ザクッという軽快な音が響いた。衣は薄く、表面に細かいシワが入り、カリッと揚がっているのが見て取れる。ところどころ白く粉を吹いたような質感があり、いかにも竜田揚げらしい仕上がりだった。
指先で軽く押すと、弾力のある肉の感触が伝わってくる。唐揚げとは違い、衣がしっかりとした歯応えを持ち、噛んだ瞬間に心地よい硬さを感じる。中の肉は驚くほど味が詰まっている。醤油とみりんの風味がじんわりと広がり、ほのかに効かせた生姜の香りが後を追う。噛むほどに染み込んだ下味がじんわりと広がる。
「おお、こっちはカリッとしてて歯応えがいいな!味もしっかり染みててうまい」
「だろ?俺はこの食感が好きなんだよな」
二人は交互に唐揚げと竜田揚げを食べ比べながら、それぞれの良さを確かめ合う。唐揚げのふんわりジューシーな口当たり、竜田揚げのカリッとした食感と濃い味わい。どちらも甲乙つけがたい美味しさだった。
「やっぱ俺は唐揚げだな!軽くてジューシー!」
「いや、竜田揚げのカリカリ感が最高だろ」
どちらが美味しいか真剣に語り合いながらも、二人の箸は止まらない。次第に言葉も少なくなり、ただひたすら食べることに集中していく。
「結局、どっちも美味しいってことだな」
「それはそう」
気づけば皿は空になり、二人はお腹をさすりながら、満足げに椅子にもたれかかった。胃の中に広がる幸福感に浸りながら、のんびりと後片付けを始める。
「次は唐揚げ、塩味と醤油味どっちが美味いか比べてみるか」
「おっ!いいね! また食べ比べだ!」
こうして二人の食の探究は、次のメニューへと続いていくのだった。
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