野菜炒めでダイエット?

 カズは洗面所の鏡の前で腕を組み、じっと自分の姿を見つめていた。

 Tシャツの裾を少し引っ張りながら、横を向いてお腹のあたりを確認する。

 鏡に映る自分の姿をじっと見つめるその目は、どこか鋭さを帯びていたが、次第に眉が寄ってくる。


「……最近、太ってきた気がする……」


 ぽつりと呟いた声には、微かな焦りが滲んでいた。


「気のせいじゃね?」


 後ろからリョウが通りがかり、歯を磨きながら適当に返した。

 口の中に泡立つ歯磨き粉のせいで言葉は少し不明瞭だったが、カズにはしっかり聞こえた。

 だがカズは、そんな軽い返事では済まないという顔をしていた。

 もう一度鏡を見て、横にひねってお腹の横側をチェックする。続いて前に向き直り、Tシャツを引き上げて腹まわりを軽くつまんだ。


「いや、マジで!なんか腹まわりがちょっと……」


 つまんだ指先に、柔らかい感触が残る。以前はこんな感触、なかったはずだ。そう確信してしまうと、カズの表情はますます真剣になる。


「まあ、食べてる量考えたら、多少はな」


 そんな様子を見たリョウは正直な感想を漏らした。

 カズが連日食べすぎているのはリョウも見ていた。脂質の多い食事、食後のおやつ、こないだも夜中にラーメン、その後にポテチをつまんでいたのも思い出す。

 リョウは呆れたように口元を拭きながら、洗面所を出ていこうとした。


「おい、フォローしろよ!」

「フォローが必要な時点で察しろ」


 リョウは肩をすくめながら脱衣所のドアを軽く閉めた。カズはわかりやすく肩を落とし、ため息をつく。

 しかし、次の瞬間――


「……よし、ちょっとヘルシーな食事にするわ!」


 まるでスイッチが入ったかのように、カズの目はキリッと引き締まる。

 両手で軽く頬を叩き、決意を固めたように洗面所を後にする。唐突な宣言に、リョウはまた始まったと言わんばかりの表情を浮かべた。



「じゃあ今日の昼飯はどうするんだ?」

「うーん……シンプルに野菜炒めで」

「野菜炒めオンリー?」

「オンリー!」


 健康的な食事といえば、まずは野菜。カズはそう考え、さっそくキッチンへ向かった。


 *


 冷蔵庫を開けて、キャベツ、にんじん、ピーマン、しめじを取り出す。

 しかし、まな板に並んでいるものを見て、ふと手が止まる。


「……いや、野菜とキノコだけってちょっと寂しくね?」


 カズはしばし考え、続けて冷蔵庫から豚もも肉を取り出した。


「まぁ、タンパク質も必要ってことで」


 その様子を見ていたリョウが、半笑いでカズを見た。


「それもう普通に肉野菜炒めだろ」

「いや、でも野菜メインだから!ヘルシーなのは変わらんって!」


 強引な理屈で押し通しつつ、カズはフライパンを取り出す。

 こうして、ヘルシー計画は肉野菜炒めへと方向転換された。


 包丁を手にしたカズは、キャベツをザクザクと豪快に切り、にんじんは細切り、ピーマンも適当にスライスしていった。


「しめじは手でほぐすっと……簡単簡単」


 フライパンを熱し、豚もも肉を炒めると、なんとも香ばしい音が部屋中に広がった。野菜も次々に投入し、オイスターソースと鶏がらスープで味付けする。

 リョウが鼻をクンクンさせながら、フライパンをのぞき込む。


「美味そうだな」

「だろ?味濃いめ!」


 最後にフライパンを返して全体をなじませ、カズは得意げに頷いた。それはダイエットになるのか?とリョウは思ったが、特に口出しすることはなかった。

 皿に盛りつけられた肉野菜炒めは、思った以上にボリュームがある。

 湯気が立ちのぼり、しんなりしたキャベツと、ほんのり焼き色と照りのついた豚肉が食欲をそそる。

 二人で箸を手に取り、一口食べる。


「まぁ美味いわな……ご飯が進む」

「わかる、オイスターソースがヤバいわ」


 噛むたびにキャベツの芯の部分がわずかにシャキッと音を立て、ピーマンはほんのり苦味を残しながらも、全体のバランスを引き締めている。薄めに切った人参は柔らかくて甘く、豚肉は表面に染み込んだソースの旨みをしっかりと抱え込んでいる。

 濃い味付けのガツンとした塩味に、野菜の旨味が後から追いかけてきて、シンプルながらしっかりとした味わいになっていた。

 自分でも驚くほど上手くできたことに、ちょっとした達成感が胸の中で膨らんでいた。

 しかも、野菜がしっかりと取れているという安心感も加わり、これなら文句なしの仕上がりだ。


「ヘルシーだし、これくらいなら大丈夫だよな」


 箸を動かしながら、チラリとリョウの茶碗を見ると、もうすでに半分以上なくなっている。

 ふと、自分の茶碗を見ると、思った以上のペースで減っていることに気づく。

 気がつけば、二人とも夢中になって食べ進めていた。シンプルながらも、食べ飽きることのない満足感があった。


「おかわりしてくる」

「俺も!」


 リョウが炊飯器の方へ向かうと、カズもつられるように立ち上がる。

 そして、炊飯器の蓋を開けた瞬間——


「あ」


 二人同時に声が漏れる。

 中はほぼ空っぽだった。


「……結局、米こんなに食ってたら痩せねぇよな……」

「はは、そりゃそうだ」


 結局、ヘルシーな食事をしようとして作った肉野菜炒めは、白米との相性が良すぎた。

 結果として、普段と変わらないくらいの量を食べてしまったのだから、カズの計画はあっさり崩れたことになる。


「……まぁ、明日から本気出すってことで」

「そうだな」


 カズがそう言って箸を置く。リョウは絶対三日坊主だなと思いながら湯飲みを手に取った。

 こうして、カズのヘルシー計画は開始早々に頓挫し、ダイエットは明日以降に持ち越されることとなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る