スズメバチの昼と、リードの取れない午後


13時ちょうど。昼休憩に入った。


外の空気を吸おうと外に出た瞬間、視界の隅に鋭い動きが走る。黒と黄色のしま模様、大きなスズメバチだ。春なのにもう飛んでるのか。まだ心構えができていない。歩みを止めて距離を取りつつ、警戒しながらいつもの公園へと向かう。怖いのに、日課のようにそのベンチを目指す自分も変な話だ。


いつものベンチに座ると、座面はひんやりとしていて心地よい。しかし、背中にじりじりと太陽が照っていて、シャツ越しに熱が刺さってくる。それでも場所を変える気にはならなかった。ただ、黙ってそのまま座っていた。


コンビニで買ったおにぎりを広げる。しゃけ、昆布、わかめ。よくある定番の組み合わせだけど、今日はどこか味が遠い。空腹は満たされていくはずなのに、心には何も届いてこない。頭の隅では、午後の業務のことがぐるぐるしている。


テレマの仕事は、最近どうにも調子が悪い。声がうまく出ない。相手の反応が鈍い。言葉が続かない。自分でも何を話しているのかわからなくなる瞬間がある。今日も午前中からその傾向は強く、焦るほどに舌がもつれる。


「こんな日もある」と思おうとしても、それが何日も続くと、やっぱりしんどい。自己否定と不安が、胸の内で澱のようにたまっていく。


午後の仕事が始まり、何本も電話をかけた。けれど、どの通話もリードには繋がらなかった。話しても話しても、手応えがない。時計をちらちら見る回数が増える。時間が気になって仕方ない。早く終わってほしいというよりも、終業までに一件でもリードが欲しい。その一心で、時間を確認しては焦る。でも結果は、最後まで何も取れなかった。


「今日は、ゼロか……」


ため息すら出なかった。ただ、静かに受け入れるしかない一日だった。


帰り道、気持ちが落ち着かないまま近所のスーパーに立ち寄った。憂さ晴らしというほどの感情でもなく、ただ何かを噛みたかった。スナック菓子の棚の前でしばらく立ち尽くし、適当にチーズ味のものを手に取ってレジへ。


そのまま近くのベンチに座り、袋を開けてぽりぽりと食べる。音も味も、何かをごまかすためのようだった。ふと、風が頬をなでた。ほんの少し涼しいようで、むしろ肌寒さを感じる。春のくせに、と思いながら、なぜかその冷たさに少しだけ救われた気がした。


昼休みにスズメバチを見かけたのが、ずいぶん昔のことのように感じられた。今日一日、なにかに追われて、何も得られなかった。ただ、疲れと空腹感と、満たされない感情だけが残っている。


ふと思い出す。昼休みに、派遣の求人サイトを久しぶりに開いて、職歴を更新していたこと。


あのときは、本気で転職しようと思っていた。だけど時間がなくて、応募まではできなかった。


今もまだ、その気持ちはどこかにある。今日みたいな日は、「もう無理だ」「環境を変えたい」と思う。

でも、ひとたび上手くいけば、「もう少しだけ続けようか」と思ってしまうことも、自分ではよく分かっている。


その繰り返し。


けれど、もうそろそろ考えた方がいい。


ずっとこの金額で働き続けることもできないし、メンタル的にも限界が見え始めているのは事実だから。


転職は逃げじゃない。きちんと向き合って、少しずつでも準備していかないと。


残りのスナックを口に放り込む。口の中のしょっぱさだけが、今日の現実を教えてくれていた。

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