回せラジオ、廻せ独楽、巡れ異世界!ほのぼのひとり旅!

チキンナゲット65p

第1話 爺さんと俺

 0時を過ぎた頃、俺はいつものように

残業で疲れ果てて家に帰り、

何もする気力もなく机に突っ伏していた。


 上司の「明日までに仕上げろ」のメールが

頭から離れず、もう誰とも関わりたくない

そんな気分だった。


 手探りでラジオを探し、電源を入れる。

昔は毎晩のようにラジオ番組を

聴いていたけど、最近は日々の疲れで

そんな余裕もない。

ただダイヤルを回すだけだ。


ザーーッ…チュイーーーン……

ザザーーッ……


 ゆっくりダイヤルを合わせていく。

周波数が合うと、かすかに何かが聞こえる。

たまに聞こえる歌が妙に心地よくて

そのまま寝てたっけ。

この「波長を探す」感覚が妙に懐かしく、ラジオのノイズが心地良い。


あ、だめだ、眠気が……きて………


ザーーーーーーーっ…ザザッ!!


 目が覚めると、そこは白い世界だった。

床に寝転がってるみたいだ。あー、夢か。

なんかあったかいな。

目をこすりながら顔を上げると、

白髪の老人が立っていた。

まさに「神様」って感じの風貌。


 爺さんと目が合う。


 「おお、目覚めたな!驚いたぞ、

まだこの周波数をキャッチする者が

おるとはなぁ!」


 「え、あ、はぁ……」


 「たまに、ラジオを回すと歌声とか

聞いたことないかの?」


「あー、昔ありましたね」


「あれ、わしじゃ!」


すごいドヤ顔で言われた。

なんだこの爺さん…


「主、まさか日本から来た子か!」


「子?まあ、そうですね。日本人です」


「おおー!久しぶりじゃのう!わしは日本が大好きじゃ!風景は綺麗だし、飯もうまい!何よりダジャレが最高に良いんじゃぞ!」


 どうしよう。

このノリについていけない……。


「下手なシャレはよしなシャレ!ってな!」


「さむっ……ふるっ……」


「わーっはっはっは!懐かしいのぅ!」


「いや、良いところだけじゃないですよ。

嫌いってわけじゃないですけど、

大変なんすよ。雑用ばっかりでずっと

働かされて、人付き合いにも疲れました」


「なんじゃなんじゃ。

最近の日本は大変なのかぁ?」


「大変っす。マジでゆっくりしたいですよ」


「そうかぁ。しゃかりき張り切って頑張ってた頃を思い出すのぉ。天界ラジオがわしの

癒しじゃった。なら、ゆっくりするか?」


「そりゃしたいすよ!」


「よし。じゃあ、どこに行きたいんじゃ?」


「そりゃ、綺麗で静かなところで……」


「ふぁ?日本か?やっぱり」


「違いますよ!」


「日本はいいぞー!海も山もいいし、何よりダジャレ文化が最高じゃ!

布団が吹っ飛んだーってな!」


「わかりましたって! とにかく独りで

静かに暮らしたいんです!」


「なら、わしの別荘はどうじゃ?」


「別荘!? 日本じゃないですよね?」


「うむ。異世界じゃ! ちと汚いけどな。

ラジオも置いといてやろう」


「い、異世界に行けるんですか……!

あの、なんで俺に優しいんですか」


「昔、日本にいた頃に学んだんじゃ。

情けは人の為ならずってな。

行きずりの子供に助けてもらってな」


「そうだったんですね」


「おう。それが主じゃ」


「え!?!?え!?嘘!?」


「うむ。日本にバカンスへ行ったときじゃ。

東京駅から外に出れんくての。

永久に地下鉄から出れんと思ったのじゃ」


えぇ……まじで記憶にない。


「主は今まさにそんな顔しておる。

人生の迷子じゃな。よう頑張ったのぅ」


 爺さんの目が柔らかくなった。


やばい。

泣きそうになった。


「あの、本当に、疲れました…」


涙ぐむ俺を見て、優しく微笑む。


「よいよい。主はゆっくりした方が良い」


「ありがとうございます!!」


「でも独りは寂しいじゃろ?」


いや、意外といけるんですけど?


「独りが楽しくなる能力をやろう」


「え……! まさか、チート能力……!?」


「独り楽しむと書いて――」


最強能力? なんだろ。ドキドキしてきた。


「独楽じゃ!

どんな独楽でも作れるからのぉ、

大きさも材質も自由自在じゃ!」


「え、今から!? 準備も何も……ってか、独楽はいらねぇぇええええ!」


「ふぉっふぉっふぉ!

いってらっしゃい!」


爺さんが指を鳴らす。

俺は意識が遠の中、


せめて、…独楽は金に…。


「ってなんでやねん!!!」


と叫びながら飛び起きる。

なぜ、ツッコミを…!

あの爺さんにつられてしまったか。


周りを見渡すとそこは古ぼけた部屋。

照明は微かにロウソクが灯るだけ。

窓は暗くてなにも見えない。


何かを握りしめていることに気づき

床を軋ませながら明かりの近くへ。


右手には紐を、

左手には鈍く輝く独楽。


「ま、まじで要らねぇ…」


膝から崩れ落ちる俺。

ドンッと落ちる独楽。

妙に重そうに転がっていった。


まさかこれが異世界転生なのか…?


 いつまでも膝をついている場合じゃない。

俺は観念して立ち上がる。


 暗っ。

こんな古臭いところが別荘なのか?

信じられない。

ちょっと汚いけどって爺さんが言ってたが、これはひどい。

俺は辺りを見渡す。暗いからよく見えないが

蠟燭が一本、硬い机と椅子があるだけ。

机の上にはラジオが置いてある。

これは爺さんのものか。

ずいぶん古そうだ。


 埃が舞っているのがわかる。

咳き込んでしまう。

そうだ、窓だ! 窓を開けよう。

「んぐぐぐう……」

駄目だ、開かない。

錆びついてるのか、びくともしない。

他に何か無いか。


うーん。暗くてよくわからない。

俺は諦めて椅子に座った。

放置されていた木の椅子は

ガタガタで安定しない。


でも、小学校の頃、こんな椅子で

ガッタンガッタンしてたっけな。懐かしい。

静かな部屋に、椅子の「ガタッ、ガタッ」

という音だけが響く。


こんなことしてる場合じゃなかった

ラジオの電源を入れてみる。

スーっ……

静かな電源音がする。

ダイヤルを回して、

音が聞こえる周波数を探す。


 ゆっくり回す。

微弱な周波数でもキャッチできれば、

しっかり聞こえるもんだ。


ザザァ……ザーっ……


 ゆっくり周波数を合わせるために回す。

この時間が俺は好きだ。


ザザァ……チュインキュイーーん……


 小さな高い音が聞こえる。

何かこのあたりで聞こえそうだ。

ダイヤルを触る指が優しく、

ゆっくり回していく。


カァーー……ザァザン……サッーーー……  


 小さく音が聞こえる。

何かを受信した音だ。

ゆっくり鮮明になってくる。

目を閉じて耳を集中すると、

鳥の声や波のような音が聞こえてきた。

この辺だ。


カァカァカァッ……


ザザーン……


 鳥か。そして波の音。

ラジオから聞こえるその音は、

すぐそこに海が広がるようだ。

カモメかな、鳴き声が聞こえる。

いいな。海なんて久しく行ってない。

人の喧騒が波にさらわれて消えていく。

そんな音がラジオから聞こえてきた。


目を開けると、部屋が明るくなっていた。


えっ。


 びっくりした俺は窓を見る。

窓は外の世界を映し出していた。

海が見えた。青々とした空。

銀色に輝く砂浜。

白い波と空に負けない青い海が

そこにあった。

少し先には町のような、

繁華街のような景色が広がっていた。


これが、異世界……?

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