君とAIが繋ぐ未来 ~ プログラムされた運命

神霊刃シン

人工知能×青春小説

プロローグ

第1話 自由研究(1)


 2035年、夏休み。小学五年生の山田健翔たけるは、自由研究のテーマに「人工知能の作成」を選んだ。きっかけは、去年のある出来事だった。


 IT業界で働く父の影響もあり、健翔の家ではAIの話題が日常的に飛び交っていた。自然と興味を持つようになった彼にとって、その出来事は特別だった。


 ある日、父が見せてくれたのは、最新型のAIアシスタント。単なるパソコンの機能ではない。声で指示を出せば、瞬時に応答し、まるで人間の秘書のように仕事をこなす。


 その滑らかな動きと知的な対応に、健翔は息をのんだ。


「僕にも、こんなAIが作れるかな?」


 期待と興奮が入り混じった気持ちで、健翔は心を決めた。この夏、自分だけのAIを作るのだ――!


 それからの毎日は、まさに冒険だった。健翔は夢中で本を読み、インターネットを駆使してAIの知識を深めていく。


 最初に取り組んだのは初心者向けのプログラミング言語「Scratchスクラッチ」。ゲームやプログラムを作りながら、「コードを組み立てる楽しさ」にのめり込んでいった。


 次に挑戦したのは「Pythonパイソン」。より高度なプログラミングに触れたことで、自分が新しい世界の扉を開けた気がした。


「失敗してもいい。まずはやってみよう」


 父親のはげましを胸に、健翔は夏休みの自由研究にいどむ決意を固める。試行しこう錯誤さくごを重ねる日々の中で、自然な日本語処理やAIのトレーニングの壁にぶつかることもあった。しかし、そのたびに一歩ずつ解決していく健翔の姿には、確かな成長がある。


 日本語のAI処理は、英語とは違う独特の難しさがある。文法の複雑さ、ひらがな・カタカナ・漢字の使い分け、そして文章を単語に分けて意味を分析する「形態けいたい素解析そかいせき」。それらがAIにとって大きな壁となった。


「どうすれば、もっと自然な日本語を理解させられるんだろう?」


 試行錯誤の末、健翔は形態素解析ツールを導入。エラーに悩みながらも、少しずつその仕組みに慣れていく。そして、コードの改良によって確実に精度が向上していく実感を得た。


 次に立ちはだかったのはデータの量と質の問題だった。日本語のデータ量は英語に比べて圧倒的に少なく、それがAIの学習の妨げとなっていた。健翔はクラウドサービスを活用しながら、地道にモデルのトレーニングを進める。


 さらに、誤字や略語をどう処理するかという課題にも直面。正規化せいきか辞書や変換アルゴリズムの調整に取り組み、少しずつ精度を向上させていった。


 しかし、新しいコードを追加すればするほど、新たな課題が現れる。それでも、健翔は諦めずに改良を続けた。だが、問題はそれだけではなかった。


 彼が作業に使用していたのは、父親が仕事で使っていた数年前のノートパソコン。メモリ32GB、ストレージ1TBのスペックでは、最新のAIの学習モデルを十分に動かせなかった。クラウドを活用することで処理負荷を軽減できたが、それでも限界を感じる場面が増えてきた。


 そんなある日、健翔の熱心な様子を見た父が、ふとこんなことを言った。


「そういえば、智也に相談してみたらどうだ?」


 佐藤智也――データサイエンティストであり、父の長年の友人。そして、家族ぐるみの付き合いがある人物だ。


 佐藤の娘、佐藤結花は健翔のクラスメイトでもあり、幼いころからよく一緒に遊んでいた。健翔は思わず声を上げる。


「結花のお父さん? AIの専門家なんだよね!」


 父はうなずきながら続けた。


「そうだ。智也なら、きっといいヒントをくれるぞ」


 健翔の胸が高鳴る。佐藤家には何度も遊びに行ったことがあるが、今度は「遊び」ではなく、「学び」のために訪れることになる。


 翌日、佐藤家の玄関をくぐると、結花が興味津々な様子で迎えてくれた。


「健翔、AIの話をしに来たんでしょ? お父さん、すっごく楽しみにしてたよ!」


 娘である結花は、AIにはそれほど興味がないらしいが、健翔の熱中ぶりが気になったようだ。佐藤智也は、リビングの大きなテーブルに座りながら、笑顔で健翔を迎えた。


「ようこそ、未来のAIエンジニア君。さっそく始めようか?」


 ――これは、チャンスだ。この日から、おじさんではなく智也先生となる。


 健翔は深く息を吸い込み、新たな挑戦への期待で胸をふくらませた。それからの日々は、まさに挑戦の連続だった。


 智也先生のアドバイスを受けながら、健翔はAIの学習モデルを改良していった。 試行錯誤を重ねながら、自然な日本語処理や応答精度の向上に没頭する。


 ときには結花も様子を見に来て、興味津々に健翔の作業をのぞき込んでいた。


「ねえ、健翔。うまくいきそう?」

「うん、まだまだ課題はあるけど、確実に進歩してる!」


 佐藤家のリビングには、健翔のノートパソコンが置かれ、画面のコードが次々と書き換えられていく。そして、数日間にわたる健翔の努力の末――


 ついに、簡単な会話ができる人工知能が完成した。しかし、その頃、智也先生は家族旅行に出ていたため、結花に完成を見せられるのは夏休み明けになりそうだ。


 まずは、家族へのお披露目となる。作業場所は、いつものリビングルーム。大きな木製のテーブルのはしに健翔のノートパソコンが置かれ、その隣には資料やメモ帳が整然せいぜんと並べられていた。


 たなには家族写真がかざられ、テレビのそばには観葉植物が置かれている。カーテン越しの柔らかな光が、健翔の集中する姿を包み込んでいた。


 そんな健翔の様子を、家族は温かく見守っていた。そして――


「わたしは『アイリス01』。質問を入力してください」


 モニターに映し出された人工知能の台詞を見た瞬間、妹の未来みくは目をかがやかせて声をあげた。


「お兄ちゃん、すごい! 本当にAIが話してる!」


 健翔は胸を張り、少し得意げな表情で答える。


「うん、これからもっと賢くなるように学習させて、プログラムもどんどん改良していくよ!」


 未来の目を見つめながら、健翔の瞳には新しい挑戦への期待と希望が輝いていた。その様子を見て、未来も感心したようにうなずく。


 すると突然、未来がPCに向かって質問する。


「どうしたら、お兄ちゃんに彼女ができますか?」

「そんなことは聞かなくていいってば!」


 健翔は慌てて「今の質問には答えなくていいぞ」と告げる。画面に表示されたAIの入力待ち状態を確認し、ほっと胸をなでおろした。


 未来は少し不満そうにほほふくらませながらも、しぶしぶキーボードから手をはなす。


 その様子を見て、母親が微笑みながら言う。


「お兄ちゃんに構ってほしいんだよね」


 その言葉に、健翔はハッとした。夏休み中、AI開発に夢中になりすぎて、未来と遊ぶ時間を取っていなかったことに気づく。


「わかったよ」


 健翔が立ち上がると、未来は「やったー!」と大喜びでびはねた。


 その無邪気むじゃきな姿を微笑ほほえましく見つめながら、健翔の頭の中には新たな挑戦のアイデアが浮かび始めていた――

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