第5話 10階層のボス「デュラハン」
扇大橋ダンジョン10階層。汚い用水路のエリアで俺は息を切らす。
「うぉおおおお! ……一日でレベルを50稼ぐなんて、聞いたことないッスー!!」
大興奮で何度もぴょんぴょんと跳ねるメメは可愛らしかったが、俺はそれを素直に喜ぶことができなかった。
「……疲れた」
グッタリ。
コンビニ勤務でどんなに客が来ても、これほど疲れたことはない。
「そっすね! 疲れたッスよね、では帰りましょう!」
来た道を戻るわけだが、俺はもう立てない。回復してもらってももう無駄だ。
俺はメメにボスエリア前まで引きずってもらう。
「エリアボスを倒すと、地上に戻れる魔法陣が出るんで、それで帰りましょう」
「え? ここからボス戦!? 無理無理!」
先ほどの教会の前に向かうと、久しぶりに千緒と出会った。
彼女は肉まんを頬張って右手を軽くあげて挨拶した。
「やっと終わった?」
彼女は俺を待っている間、地上から持ち込んだ肉まんをずっと食べていたらしい。
……人の気も知らずに。彼女のほっぺをつねってやりたかった。
そして俺たちは教会の入り口に立つ。
もっとも俺は地面にへたり込んでいたのだが。
この荘厳なドアを開けたら、即ボスというのが伝わってきた。
「俺はもうムリだから……二人で倒してくれない……?」
俺の消え入る言葉をメメは受け入れてくれなかった。
「せっかく、なんでどれだけ強くなったかテストするッス!」
「え?」
「凪人サンが一人で戦ってくださいッス!」
鬼か?
「何かあれば、助けるから大丈夫」
千緒はそう言いつつも、次の肉まんに手をつける。
不安だ。本当に助けてくれるのだろうか?
ゴゴゴゴゴ……。
「ちょ……ドア開いてる。絶対ボス来るって」
俺がまごまごしていると、教会の扉をメメがせっせと開けていた。
「メメェー!!」
俺の咆哮は開いたドアの先の教会の内部へと充分に響き渡る。
――まずい!
戦闘態勢に入らなければ。
ビュンッ!
そう思った矢先――黒い槍が俺に飛び掛かってきた!
それはまるで血に飢えた獣のように高速でやってくる。
このままでは当たる!
そのとき自分を中心にし、ドーナツ型状に地面が光る。
「敵の技か!? いや違う!」
これは【
――サイドステップ!
俺はスキルを用いて、へたり込んだ体をなんとか起こす。
スキルを使えば、疲れた体でも動くっちゃ動く。
ガシャン!
俺が先ほどまでいた場所に槍が深々と刺さる。
「避けなければ当たっていた……!」
身震いしたかったがそんな暇はない。
パカラパカラと。馬の走る音が聞こえてきたからだ。
きっとデュラハンの方からやってきてくれるのだろう。
「はぁー……はぁー……」
俺は全力で息を整えながら、その足音のする先をずっと見ていた。
そして瞳がその姿を捉える。
現れたのは黒い鎧を纏った黒馬の騎士……しかし、首はついていなかった。
強そうだ。
スライムしか討伐していない俺が敵う相手なのだろうか。
ん……?
光った。
黒馬の騎士に乗っている馬の腹がほんのりと光った気がした。
そしてその腹から地面へ……地面を伝って俺まで、ジグザグ状に光る。
俺と馬の腹がまるで一本の道で照らされていた。
「この道を辿れってことか……?」
その長さはおおよそ20数メートル。
サイドステップを使ってたどり着くことは可能かもしれないが、 スキルの使い過ぎは怖い。
スキルをどの程度使っていいか知らないし、メメ達から教えてもらう時間の余裕もなかった。
仕方ない。
這っていくしかない。
俺は上体を地べたにくっつけて、デュラハンに向かって這うことにした。
そしてスキルのサイドステップは相手の攻撃を避けるために使うと決めた。
「ふざけてるの? ボス戦は立ってすること!」
千緒はやっと肉まんを食べ終わると、すぐに野次を飛ばしてきた。
「疲れてるの!」と叫びたかったが、今はそんな元気もない。
「千緒。アドバイスはなしッス。……もう”見えてる”みたいなんで」
「え……メメどういうこと?」
千緒の疑問にメメは答えなかった。
次にデュラハンは大きく飛び跳ねる。
「あっ!」
デュラハンは俺を上空でまたぎ、足側に回り込む。
「方向転換……大変なのに!」
デュラハンと俺を繋ぐ光の道は健在だ。
さきほどとは違う道筋ではあったが、カーナビの経路のように一つの道を示し続けてくれている。
次に、デュラハンの馬の方は、地面で前足を何度も擦り付けた。
「何だ!?」
光っていた道筋がどんどん細くなっていく。
俺はこの光の筋を安全地帯だと思っていたが、あっという間に自分の身体よりも細くなってしまう。
「どうすればいい……!」
そしてデュラハンは脚を思いっきり折り曲げる。
――来る。
そう確信したときにはもう遅かった。デュラハンは俺に向かって突進をする。
しかし、同時に、腹に見えていた光がより強く輝きだした。
なんだよこれは。
「いけってことか!?」
バッ!
スキル【サイドステップ】で、デュラハンのふところに潜り込む。
そして右手いっぱいで短刀を腹部に突き刺した。
手ごたえあり! 思いっきり刺さった!
「ギャアアアアアアアアアアアアアッッ!」
なんだこれ!?
馬の腹から男性の野太い声が聞こえた。
怪しがりて裂いた腹の中を見るに、痛みに苦しむ男の顔が見えた。
「怖ッ!」
俺の剣は見事にその顔に刺さっていたのだ。
これもしかしてデュラハンの顔か!? なんで馬の腹の中に!
「ぎゃっぎゃぎゃああああああッ」
馬と騎士がかのナポレオンの肖像画のようにのけぞり、苦しみ続ける。
そしてその姿のまま雲散霧消した。
「はぁ……はぁ……」
息を整える。
「終わったのか?」と言おうとしたとき、後ろから大声が聞こえた。
「やったー! お見事ッス! さすが凪人サンッス!」
メメはテンション高くなり、何度も何度もジャンプしていた。
一方、千緒の顔は青ざめていた。
「ボスを一撃で……? え、どこまでレベル上げしたの……?」
「今レベル51だけど」
「ごっ……」
千緒は絶句して、そのまま固まってしまった。
千緒のレベルは40。
「ごっ……ごっ……」
指南しようとしていた初心者が見ないうちにレベルを抜かされてしまい、どう反応していいかすらわからないのだろう。
俺からはかける言葉が見つからない。
「凪人サン! 指輪があるッスよ! ドロップアイテムッス!」
メメは手招きする。足元には光る赤色の何かがあった。
メメは両手ですくいあげて、こちらに寄る。
《生首の指輪: デュラハンからの祝福。生首の居場所を示してくれた冒険者へのお礼。即死切断攻撃を無効にする》
「特殊勝利でもらえるドロップアイテムッス、凪人サンの頑張った勲章でもあるッス」
「この指輪って……金になるかな?」
「残念! それほどレアじゃないッス。効果も汎用性ないですし、500円くらいッスね」
「はぁ、そっか……」
「落ち込まない落ち込まない!」
うなだれる俺の前で、メメはしゃがむ。
メメは手にした指輪を俺の薬指にそっとはめた。
「お疲れ様でした、これは凪人サンの勲章ッス」
メメは俺の頭を何度も何度も優しく撫でた。
メメの優しい顔に俺も釣られて口元が緩んだ。
――これは報酬で勲章。
冒険者初日。結局俺は金になるような行為はできなかった。でも俺は微かにこう思った。
楽しかった。
◇
魔法陣を用いて地上に戻る。
いつもの扇大橋の景色に戻った。
もう真夜中で、車の走る音以外は聞こえない。
「……夜10時か、10時間くらいは冒険してたことになるな」
「いやぁ、大収穫ッスね、凪人サン!」
「ぐぅ、レベル抜かされた……」
「気にしすぎッスよ、千緒! ほらほら、ぎゅ~っ!」
メメは千緒にぎゅっと抱くなどして雑な愛情表現をした。
しかし今のショックに抱擁は無力だったそうだ。
「しょうがないッスね、たらふく食べて元気出すッス! え~っと……」
メメはスマホを取り出して、なにやら調べている。
「この近くだと、あった! 夜まで空いてるラーメン屋あるッスよ! 豚骨ラーメン」
「ああ、あそこね。うまいよ」
六龍亭。ラーメンというよりつけ麺の店だが、ボリューム満点で旨辛だ。
しかし、ここまで落ち込んだ人に、ラーメン屋で機嫌を取れるのだろうか。
俺がラーメン屋への道を案内しようとした、そのとき。
「あ」
メメの顔が凍り付いた。
今日初めて見る。余裕のない顔だ。
「どうした? メメ」
「配信つけたままだったの……忘れてたッス」
「あ……」
俺も撮っていることをすっかり忘れていた。
炎上するような発言はしていないだろうか。今日の冒険のことを反芻する。
メメの持つメメメチャンネルは同接がいつも100人行かない程度らしい。
人によっては気にしすぎかと思われるが、なにかあった際に炎上が起きるのには充分すぎる人数だ。
同接が1万人を超える有名配信者とならば常に炎上と隣り合わせ、しかしそれは同接100人程度の配信者とて他人事ではない。
もっとも、冒険に必死になりすぎて、炎上対策どころではなかったのだが……。
「視聴者の方へのお別れの挨拶もまだだったッスね。挨拶するんで、お二人待っててくだ……え?」
再びメメが凍りつく。
スマホを持つ手がガタガタと震える。
「どうした? メメ」
「な……なんで!? なんでッスか!?」
「何があったんだメメ!」
「ど……ど……ど……配信の同時接続者数……同接が」
メメは唾を飲んだ。
声をかけても反応しないので、俺のスマホでメメメチャンネルを確認する。
まず目に入ったのは、高速で流れるコメント欄。
「なんだよ……これ」
目に映ったの大量のコメント。
“最高だったわ! 乙!”
“オッサン面白すぎるwwwwwww”
“這っていただけでデュラハンを倒した男”
“これが1日でレベルを50上げた男の顔だ”
“ただ可愛い女の子のチャンネルかと思ったら、チートバグオッサンいるの罠すぎる”
“もはや珍百景だろこれ”
“有益な情報と笑いを届けるの偉すぎる”
“皆、明日から真似してレベル50あげよう”
“無☆理☆”
事態が飲み込めなかった。
コメントの数が多すぎて、一体何が起きているのか理解できなかった。
炎上か!? これ炎上しているのか!?
同接の人数を見る。
そして俺もメメと同様……凍りついた。
「え……? 同接20万人!!???」
《面白いと感じていただいた方は、フォロー、☆評価をよろしくおねがいします》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます