冬国‐トウゴク‐

渡貫とゐち

第1話


 双子の獣人族、兄のヒック、妹のチキ。


 ふたりは大手の奴隷商会によって地下に閉じ込められていた貴重な商品だったが、とある女盗賊によって救われた。


 女盗賊に救った意識はなかったようだが――



 ふたりは彼女に大きな恩を感じていた。お礼も言わせてくれずに豪快に去ってしまった彼女を探すことが、ふたりの今の目的だ。


 右も左も分からない未知の地上へ野放しにされたが、そこは兄妹ふたりの力を合わせてなんとか生活している……、ギリギリではあるが。


 わずかな食料を分け合いながら……、ヒックとチキはとある国へ辿り着く。



 気づけば、暦で言えば年末だった。


 雪が降り積もる冬の国。


 この国では、十二月二十五日に、赤い姿の”サンタクロース”がやってくると言う――





「うぅ、ガチガチガチ……ッ」


 上下の歯がカチカチと音を鳴らしている。北へ向かえば、当然、寒冷地帯なのだが、ヒックとチキは満足な防寒装備も整えずにやってきてしまった。


 元々、お金もなかったので準備万端、とはいかないだろうが、にしても――時間をかけてお金を稼ぐことはできたわけだ。


 寒さに震える全身は自業自得の結果である。恨むなら自分――だ。間違っても、妹の考えなしを責めてはいけない。


「うー……ぶるぶる……っ、え、なんでこっちを睨んでるの……?」


「べつに」

 と、兄はぶっきらぼうに答えた。


 吹雪の中だった。まさか洞窟を抜けた先がこんなにも吹雪いているとは夢にも思わなかった。悪夢ではあったけれど……、もちろん、寝たらダメだ。


 ここで引き返すことも考えたが、洞窟の中はそこを根城とする生物がいる。猛獣に限らず、ふたりを捕らえていた奴隷商人もまた、追ってきているかもしれないのだ。


 前へ進むしかなかった。


 ホワイトアウトしそうなくらいの白銀の世界を。



 兄が差し出した手をぎゅっと掴む妹。震えているが、見えている尻尾は左右に元気よく振れている。獣人族なので、耳や尻尾には毛がある。が、人族に近い。


 そのため、寒さに堪えられる体にはなっていなかった。

 兄妹揃って、凍え死にそうなほどに体温が奪われている。


 身を寄せ合ってもぜんぜん寒い……っ。


「ひ、ヒック……さむ、さむいッ!」


「知ってる。オレだって寒いんだからがまんしろ。オレが前からくる寒風を防いでやってんだぞ、オレよりおまえが寒いわけないだろ」


「前からだけじゃないよっ、横からだって寒い風きてるしー!」


 薄皮一枚と言ってもいい服装だった。寒冷地帯でなくとも寒いだろうが……。


 それでもなんとか吹雪の中でも堪えられているのは、奴隷時代の過酷さと痛みに慣れているからか……。慣れて『しまって』いるからか。

 少なくとも熱さには充分に耐性がある。つもりだった。

 寒さも同じようなものだろう……、同じ、ではない、のか?


 兄は首を傾げた。

 ともかく、寒さが痛みに変われば、がまんできない辛さではなかった。


「あ、国が見えたぞ、チキ」


「…………」


「おい、チキ?」


 反応がなかったことにゾッとしたヒックが振り向けば、妹の小さな体が雪に埋もれていた。倒れてすぐに、降り積もった雪が彼女の体を覆い隠してしまったのだ。


 あと少し、気づくのが遅れていれば。

 チキを見つけられないほど深くまで埋まっていたかもしれない。


「チキっ! くそ……、ほら、背中に捕まれ。って、無理だよな……あーもうっ、世話が焼ける妹だ……!」


 体温を奪われ、真っ白な体の妹を背負う。軽いが、それでも奴隷時代の古傷が若干痛む……が、背負ったおかげで暖が取れていることを考えれば、密着して正解だった。


 意識がないはずの妹は、兄の大きな背中を感じたのか、きゅ、と両手に力を込めた。

 ぜったいにはなすもんか、とでも言いたげに、兄の背中にしがみつく。


 そして、獣人族の双子は、目の前に見えた国へ入国する――――





 国へ入ると吹雪が弱まった。

 それでもパラパラ、と雪は降っていたが。


 ――ヒックとチキ、似ていない双子だった。


 ヒックは黒い毛を持ち、チキは金色の毛を持つ――ただし、チキの場合は奴隷商人が価値を出そうと金色に染めただけで、元々は黒色だった。

 時間が経てば戻る、と思っていたが、どうやら強力な染料らしく、数年では戻らないらしい。


 それを不都合と捉えるかどうかは人によるか。

 本人はいたく気に入っているようだが、しかし兄としては頷けない。


 なにより目を引くのだ。今だって(子供が薄着で出歩いているからかもしれないが――というか、たぶんそれだ)、金色の毛で周りの目を引いている。


 気づいた町の人たちが、ヒックとチキのことを心配してくれていた――


「君たち、大丈夫かい? ほら、こっちにきて、暖炉で温まっていきなさい」……と。


 見知らぬ大人が優しく声をかけてくれる。


「温まるスープをあげよう。おっと、男の子の方は足も怪我してるじゃないか。治療をしてあげようか……なに、もののついでさ、手間ではないよ」


 多くの大人たちが我先に、と手を挙げ近づいてくる。

 もちろん、感謝するべきだが、しかし彼らの目が血走っているのが気になった。


 それさえなければ、素直にお世話になっていたのだが――、

 本能的に、嫌な予感がした。


 ヒックは警戒を強め、捕まる前にその場から離れる。


「あっ、君!」


 なぜか追いかけてくる大人たち。

 心配してくれている……? のだろうけど、得体のしれない怖さがあった。


 その後、チキを背負ったまま町中をするりと抜けて距離を稼いだヒックは、目の前に足場があると思って踏み込んで――、バランスを崩した。そこは雪が固まっただけの空中だった。


 ずぼ、と深くまで沈んだ右足。

 そのまま全身が雪の下へ落ちた。建物三階分の高さを落下し――下には、多くの雪が積もっていたのでクッションになってくれたようだ。


 雪の中に埋もれたヒックが顔を出す。


 次に横から、白い塊が膨らんで、チキが飛び起きる。


「さむっ!? でも、あっ、いいにおい……!」


「匂い? あ、確かに……メシの――」


 すぐ近くの民家からだった。

 吸い寄せられるように、深い雪の中から出れば、背後から聞こえてくる足音。


 ザクザク、と雪を踏む音がなんとも心地いい。



「――あれ? どちらさま?」



 胸に大きなバスケットを抱えた同い年くらいの少女だった。

 もちろん、頭からつま先まで、全身が膨らんだような防寒装備だった……当たり前か。

 寒冷地帯育ちと言っても、裸で平気なわけでもないのだから。


 ――彼女は名を、エミリーと言った。


 腹の虫を騒がせた良い匂いを醸し出す、民家の子である。



 ヒックは本能的に警戒するも、だが腹の虫は正直で、睨んでもやっぱりお腹はぐうぐうと鳴ってしまう。

 そばかす少女のエミリーが、にぃ、と笑って、ちょいちょい、とヒックとチキを手招いた。


「おいで。わんちゃんたち、一緒にたべる?」


 ヒックよりも先にチキが飛んでいった。

 足で蹴った雪がヒックの顔に当たる。


 いつものヒックならそのことに腹を立てていたが、今はそんなことよりも空腹だった。

 ぐーぐー鳴いている腹だ、今、別のことをできるわけがない。

 当然、立てることなんてできるわけもなく。


 ……ちなみに、獣人族への『わんちゃん』呼びは蔑称なのだが、そこに愛情がこもっていれば問題はない。そもそも言われた側がどう思うかである。

 チキは当然、ヒックも、エミリーの言い方には不快感を抱かなかった。


 チキも、ヒックも、無意識に尻尾を振っていた。


 先導するそばかす少女エミリーの背中を、ヒックとチキはついていくことにした。




 … つづく

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