第10話 ありきたりな怪談

「しげる、彼を連れて私の後ろに‼」

「わ、分かった」


 あおの指示にすぐさま従い、しげるは気絶した遊馬を引きずって彼女の後ろに隠れた。あおは体から青白い妖気を放ち、両手を前に突き出す。


 聡は手を払いのけるようにして、霊気を球場の塊にしてぶつけてきた。激しい風と共に衝撃が訪れ、あおの水色の髪が激しくなびく。


「あお!」

「私は大丈夫だから、しげる達は安全な場所へ下がっていて‼」

「あっ、おい‼」


 言い終わるのを待たずして、あおは飛び出した。行燈の火を操り、聡がこちらに来られないよう牽制する。その隙に、しげるは遊馬と共に入口まで下がった。


「お行き! 彼の動きを止めるのよ‼」


 聡が怯んだ瞬間を狙って、すかさずあおは使役しているクモを放つ。クモ達は腹部から糸を出し、巨大な網を作って彼を絡めとる。


 動きを制された聡は、まとう霊気をいっそう濃くした。ブチブチと嫌な音を立てて、網がちぎれる。


 自由になった瞬間、聡は人間離れした速さであおに駆け寄った。至近距離で霊気の塊を何発もぶつける。あおは防御に徹するしかなくなった。しげる達を庇う小さな背が、じりじりと後ろに下がっていく。


 青と黒。激しい光がぶつかり合い、弾けた。あまりの眩しさに、しげるは思わず目を閉じる。


 次に目を開けた時、あおの体は地面に向けて傾いていた。しげるは遊馬の体を床に横たえ、必死で走る。華奢な体が叩きつけられる寸前に、何とか受け止めた。あおがうっすらと目を開けて、名前を呼んでくる。


「し、げる……」

「……無理に話さなくていい」


 あおの手足は傷だらけになっていた。守られるだけだった自分が情けない。謝罪と感謝で胸がいっぱいになり、腕に込める力を強くする。


「お遊びはこれで終わりだよ。──さあ、そこをどいて」


 2人の元に聡が歩み寄ってきた。彼の指はしげる達の後ろで伸びている遊馬をさしている。


「どかない」


 あおが決死の覚悟で守ろうとしたものを、簡単に渡すつもりはなかった。頑なな様子に、聡は「ずっと思っていたんだけど」と呟く。


「どうして、久語くんは剛力くんを庇うの? 君だって、彼を恨んでいるはずなのに」


 涙交じりの声に、しげるは綺麗ごとが通じないのを悟った。あおが袖を不安そうにつまんだ。少しでも安心させたくて、しげるは下手くそな笑みを浮かべてみせた。大きく息を吸うと、嘘偽りのない本心を語り始める。


「正直に言うと、俺は剛力がすげー嫌いだよ。あいつの仲間に関しても、今までの嫌がらせを考えると、自業自得だと思う」

「そうだよね。だったら早くそこをどいて──」

「でも、殺したい訳じゃない」


 納得のいかない顔をしている聡に、しげるは笑いかける。


「それに俺、お前と友達になれたらって思うんだよね」

「は?」


 呆然とし、聡の体から出ていた霊気がおさまった。その様子に手ごたえを感じながら、しげるは続ける。


「俺が『この学校の歴史に興味がある』なんて、我ながらすげー嘘くさいじゃん。でも、森本は馬鹿にしなかっただろ。委員会の仕事があったのに、わざわざ書庫まで案内してくれてさ。そん時思ったんだよ。こいつ、すげーいいやつじゃんって」


 聡の瞳が動揺で揺れる。


「森本がいじめられていた時、俺は自分が標的から外れたのに安心して、気付けなかった。本当に悪い。だからこそ、今度は友達として力になりたいんだ。剛力にちょっとした仕返しをする作戦、一緒に考えようぜ。俺も協力するからさ」


 しげるは片方の手を聡に差し出した。聡の顔からは殺意が消え、戸惑いだけが残っている。しげるは笑みを引っ込めた。後ろの遊馬に鋭い視線を投げかけながら、言う。


「こんなやつのために、森本が悪霊になる必要なんて、ない」


 掛け値なしの本音だった。聡の言う通り、遊馬に恨みがないと言えば嘘になる。


 でも、遊馬に復讐するだけの価値はない。手下を置いて自分1人で逃げ出す勝手さや、敵わないと分かった相手にはすぐに命乞いする姿勢を見ていても分かる。


 しげるには、聡が遊馬、ひいては彼を利用している崇のために身を削る必要性を、まるで感じなかった。そして、もう1つ。オカルトマニアとして譲れない信念がある。


 聡の背後に木内崇の姿が透けて見える。2人が分離してきた証だ。しげるは悪霊にも聞こえるよう、声を張り上げる。


「それにさ、こんな怪談、ありきたりすぎてつまらないだろ。かつていじめられた人間が、自分と同じ悩みを持つ人間を利用して、かつての復讐を果たそうとする……。ツインテールのツンデレ幼馴染ぐらい、よく見る展開だ」


 聡の目に光が宿った。しげるの話を前のめりになって聞いている。気付いたのだ。目の前で繰り広げられているのは、悲劇の復讐劇ではない。ありきたりな三文芝居なのだと。


「怪談って、もっと色々な可能性を秘めた、面白いものなんだぜ」


 しげるは笑みを深くした。あおに軽く目配せをすると、彼女も顔をほころばせている。


 つられるように、聡の口元が徐々に緩んでいく。浮かんだ笑みは、生来の穏やかさが表れていた。


「……久語くんって、ライトノベルも好きだったんだね。てっきりオカルト系しか読んでないと思ってた」

「そこかよ。てゆうか、お前もお約束って分かるくらいラノベ好きなのかよ」

「ふふ。今度おすすめのライトノベル貸すよ。だからさ、久語くんも教えてよ。僕に面白い怪談を」

「おう。任せとけ」


 差し伸べた手を聡がとる。刹那、聡の体が黒と白の光に包まれた。相反する気はやがて別れ、白の光が聡に、黒の光が悪霊へと帰っていく。


「これって……!」

「森本くんの怨念が薄れたことで、依り代の条件を満たさなくなったのよ!」


 気を失った聡の体が、しげるの方へ倒れてくる。しげるは何とか肩で受け止めた。目の前では、どす黒い霊気の塊がうごめいている。霊気はぐにゃぐにゃと形を変えながら、人の形へと近づいていく。


「依り代がいなくなったら、本来は力を発揮できないんじゃないのか⁉」

「強い怨念を共有していたせいで、悪霊として強くなってしまったみたい。しかも、依り代だった森本くんの生気を、別れ際にあるだけ奪う形で」


 狡猾な手段にしげるは舌打ちをする。聡の顔は青白くなっていて、体にまるで力が入っていない。見ている限り命の危険はなさそうだが、一刻も早く休ませなければ。


「しげる、備えて。来るわ」


 あおが袖を強く掴む。しげるは首を縦に振った。2人がやり取りをしている間にも、刻一刻と状況は変化していく。


 やがて、霊気は少年に姿を変えた。気弱そうな印象とは裏腹に、真っ暗な瞳は復讐に燃えている。真打の登場に、屋上だけでなく、周囲の空までも黒く染まる。


「出やがったな、悪霊が」

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