第8話 3人目の犠牲者
「じゃあ、今日の欠席者は森本くんと剛力くんね」
担任が眉をひそめながら、ホームルームを終えた。クラスメイトは遊馬が一体どんな目に遭うのか、こそこそと意見を交わしている。
しげるとあおは内心「やられた」と目を見合わせた。昨日あれだけ怯えていた遊馬が休むのは予想の範疇だ。しかし、聡まで休むのは計算外だった。
「これで、依り代の証拠を突きつけて、事前に森本くんを止めるって作戦はできなくなったわね」
あおが行燈の上で肩を落とす。しげるも苛立ちを抑えきれず、机を軽く指で叩いた。話し合いができない以上、残る選択肢は一つしかない。直接現場に行って、聡を止める。
しげるは鞄からルーズリーフを取り出すと、これまでの情報をまとめ始した。あおが後ろからぴょこんと顔を出す。しげるは彼女が見やすいように首を横に傾けると、シャープペンシルを滑らせる。
時を超えた復讐。聡の悪霊に対する強い感情移入。森本崇を追い詰めた方法でわざわざ復讐しようとする、彼のこだわりの強さ。過去の恨みを現代で晴らすのが目的なら、どこで遊馬を襲うのか……。
そこまで考えたところで、しげるは気付いた。復讐劇の幕引きにふさわしい場所に。隣の虎太郎に不審に思われないよう、文字を書いてあおに話しかける。
「なあ、幽霊が強い力を持つ時間って、18時頃で合ってるか?」
「ええ。その時間は逢魔が時だもの」
「なら話が早い。放課後に行く場所が決まった」
「え?」
逢魔が時。読んで字のごとく、魔──幽霊や妖怪と遭遇する時間だ。もちろん、悪霊となった木内崇も知っているだろう。放課後、悪霊は聡を引き連れて、必ずあの場所にやって来る。
♢
逢魔が時。橙色の光が却って建物の陰気さを引き立てる。
階段を踏みしめる音が聞こえてきたかと思うと、ゆっくりと扉が開かれた。現れた遊馬は予想外の先客に目を見張る。
「森本、てめえがオレをふざけた手紙で呼び出したのか?」
「そうだよ」
フェンスにかけていた手を放し、聡は振り返る。
かつて自分がいじめていた人が相手だと分かると、遊馬は途端に態度を大きくした。聡の元までドスドスと歩き、胸倉を掴み上げる。
「オレ達をこんな目に遭わせやがって……! てめえ、自分が何をしたか分かってんのか⁉」
「──裁きだよ」
聡の声色ががらりと変わった。突然の豹変に、遊馬は思わず手を離す。
今度は聡が遊馬の胸倉を掴んだ。細い腕からは考えられないほどの力で、彼は遊馬を持ち上げる。
遊馬の首が軽くしまった。彼は地面に足をつけようと必死にもがく。だが、届かない。高さはどんどん増していく。
遊馬の必死な抵抗に、聡は動じなかった。胸倉を掴んだまま、フェンスの方へ向かっていく。いよいよ遊馬は焦った。フェンスは精々、彼の胸の辺りまでしかない。突き落そうと思えばできる高さだ。
「な、なあ! 森本、オレが悪かったよ。だから、な? 手、放してくんねえかな。ほら、お前も犯罪者になりたくないだろ? な、な?」
遊馬の体をフェンスに押し付けたところで、初めて聡の動きが止まった。説得に応じてくれたのかと、遊馬は安堵の息を漏らす。
「……一つだけ教えてよ」
「何だ? 離してくれるんだったら、何でも答えるぜ! ほんと何でも‼」
「どうして、僕をいじめたの?」
「え? どうしてって。そりゃあ、なんつーか……」
助かると油断した遊馬が、最低な本音を口にする。冗談を言う時のような、あまりにも軽い口調で。
「ノリ?」
そう答えた瞬間、聡の体からどす黒い霊気が迸った。特大級の地雷を踏んだのに気付き、遊馬が謝罪の言葉を口にしようとする。が、その隙を聡は与えなかった。彼は遊馬の前に手をかざし、首をしめるようなポーズをとる。
すると、遊馬は首を絞められたような苦しみに襲われた。もがく間にも、彼の体は軽々と宙を舞う。上半身がフェンスの外に投げ出され、遊馬は声にならない悲鳴を上げた。聡は一切手を緩めない。眼鏡の奥から覗く双眸が、憎しみに揺らめく。
「お前たちの軽いノリで、どれだけの人の心が殺されてきたか。その身で味わってみればいい」
聡が手を放そうとした、次の瞬間。
「「その復讐、ちょーっと待ったあ‼」」
勢いよくドアを開けて、旧校舎の屋上にしげるとあおが姿を見せた。
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