実装予定のイベント

『ファンタジア・フロムアビス攻略を検索:

メイド 病院


お探しの情報は見つかりませんでした。別の検索キーワードを入力してください』



「やっぱり、そんなイベントはない」


 病院にいた時から気になっていたことを確認し、一人で頷く。


 現在地、シエル様の隠れ家。

 紅茶用のお湯を暖炉で沸かしながら、私は攻略Wikiを覗いていた。



 メイドの鍛練なんてイベントは、元のゲームに存在しない。


 少なくとも攻略Wikiには載ってないし、転生前のSNSでも見ていない。


 全人類が見逃していたイベント、という線も薄いだろう。



 考えられる可能性は二つ。


 一つは、運命が変わってきている可能性。

 私の行動により、ゲームのシナリオから少しずつ離れている。


 希望的観測をしていいなら、この説を推したい。

 このままシナリオを離し続ければ、シエル様の死を避けて進めるかもしれない。



 そして、もう一つの可能性。


「ストーリー、それ自体が変わっている」


 沸いたお湯をヤカンからカップへ移し、続けて紅茶のバッグを入れる。



 商人のイベントでは狼が全部で八体。

 夫婦のイベントでは熊が三体。


 明らかに、私の行動とは関係ないところで変化が起きている。


 つまり、私がいくら努力したところで。

「シエル様の死は、変わらない?」


 この説が最も有力、だと勝手に思っている。


 あくまでゲームを元にした『異世界』なんだから、ゲーム通りに行かなくて当然。


 それでいて大まかなストーリーは決まっている。

 だからシエル様を助けたければ、実力でどうにかするしかない。


 勿論、それを見越して勇者の取引を飲んだんだけど。


 パンとジャム、サラダが盛り付けられた皿を挟むように、ティーカップを二つ置く。

 両方からティーバッグ二つを抜いてから、シエル様の部屋へと向かった。



 コンコン、とドアをノックする。


「どうぞ」


 まるで私を待っていたかのように、扉に向かって椅子に腰かけているシエル様。


 部屋の隅には三匹の狼が積み重なってくつろいでいる。


「シエル様、不躾なことを聞きますが……そこまで魔物の懐柔にこだわる理由は、何かあるのでしょうか」


「どうして?」


「城を追放された元凶は魔物じゃないですか。それなのに、未だ魔物を側に置くのは何故なのかなと」


 私の指摘を受け、困ったように俯くシエル様。

 顎に手を当て、私への説明を考えているように見える。


「不快って程では無いんです! ただ、理由があるなら知りたいと思って」


「……変な話かもしれないけど」


 私の顔色を伺うように一拍置いて、シエル様が口を開く。


「彼らを側に置いておかないと、気が済まないの。何の武器も持たないまま戦場に放り出されたような」


「城では、兵士がいたのにですか」


「ベクトルが違うのよ。本当に、説明しにくいんだけど」


 首を傾げる私を見て、困った表情を浮かべるシエル様。

 これ以上シエル様を困らせるのは、メイド失格というものだ。


「すみません、理解力が乏しくて」


「い、いいえ。そんなこと無いわ、私の説明が」


「それより! 食事の準備ができています、キリのいい時に下りてきてください」


「……ええ。分かったわ」


 気を使わせないよう、魔物の話は切り上げる。



 そのまま部屋を後にしようとしたところで、ガタンと椅子の音がした。


「あ、待って!」


 振り返ると、慌てて立ち上がった様子のシエル様が私をじっと見つめている。


「シエル様、どうかしましたか?」


「ええ……いや、うん」


 珍しい、何か言いかけて口を閉じるシエル様。


 いつもスパッと話題を切り出すか、ストンと話を終わらせるのに。

 重い空気が、私とシエル様の間を通る。


「その、ハルカナ」


「はい」


「隠し……いや違う、困ったこと……じゃなくて、ああ違う、その」


「何でしょう」


「……ごめんなさい。ちょっと言葉が纏まってないの。後で話すから、準備だけしておいて」


「ぅん? 承知しました」


 今日のシエル様は珍しいの塊だ。

 こんな躊躇したような様子、この世界でもゲームでも見たことがない。


 シエル様の思考を妨げないよう、無駄なことは言わずに部屋を後にした。




 食事中ですら、シエル様は考え事に耽っているようだった。


『食事中くらい苦痛を忘れなさい』と言っていた、あのシエル様が。

 きっと何か、重大なことを考えているに違いない。


 しかも、後から私にも話すと明言してくれているのだ。

 今は深掘りせず、じっくり待つことにしよう。



 それはそれとして、私からも言わなければならないことがある。


「そういえば、シエル様。少しいいですか?」


「何?」


 紅茶を口に含んでリラックスしてるのを見計らい、私から話を切り出す。


「勇者様から、シエル様のスパイをするよう言われ」




 ブフゥーーーーーッ!!!


 やや下品な音と共に、私の視界は薄茶色に染まった。


「ゴホッ、ゲホ、ゲホ。ハルっ、ごほ、ハルカナ、貴女いま何て」


 目の前には、盛大にむせるシエル様。

 私のメイド服からは、美味しそうなハーブティーの香り。


 突然の異常事態だが、私の頭は意外と冷静だった。


「……これが罰なのですね」


「けほっ、ごめんなさい、違うの! いや違わないけど! ごめんなさいは違わなくて、罰は違って、あの、その」


 違う、違わないを連呼し、声を荒げるシエル様。

『珍しい』が一周回って、流石に不安になってきた。


「第一あなた、スパイって、私に隠すべきじゃないの?」


「隠すべきです」


「言ってよかったの?」


「本当は駄目だと思います」


「なんで言ったのよ! と、とにかく着替えて。風邪をひいてしまうわ」


 宝石のような目を見開き、私を凝視するシエル様。


 もう何もかもが珍しすぎて、いっそここで『記録の宝珠』を使ってしまおうかと思ってしまう。


 勿論やらないけど。

 こんな告白現場を記録したら大問題だ。



 メイド服を着替えた後、掃除を始める。

 その間に、シエル様は随分と落ち着いたらしい。


「あなたがスパイになるって話、実は盗み聞きしていたの」


 食事を止め、私の掃除を見守るシエル様。

 私が仕事をしてるのに、目の前で自分だけ食べるのは落ち着かないらしい。


「じゃあ話が早いですね。二日後に勇者様と会うので、それっぽい映像を」


「私が悩んでた時間は何だったの……」


 呆れ笑いにも似た、複雑な表情をするシエル様。


「悩んでたって、もしかして『後で話す』っていう」


「どう切り出そうか、ずっと考えてたの。貴女はスパイを隠したいでしょうし、私も……貴女の行動と、その結果を見てみたかったし」


 暴露するとは思わなかったけど、と苦笑いするシエル様。


「病院や森の中で話したら、誰かに聞かれるかもしれないなと思いまして。それに、最初から隠す気なんてありません」


「スパイ失格じゃない?」


「かもしれません」


 床の掃除が終わり、雑巾を変えて机を拭き始める。

 そんな私を、シエル様は表情を変えず見守る。



 何が『敬愛するシエル様……そのスパイなんて、私にできるのだろうか』だ。


 やる訳ないだろう。


 シエル様のために動いてるのに、シエル様から疑念を持たれてどうする。

 それなら、勇者の逆スパイをしたほうがずっとマシだ。


「私、シエル様に仕えれて幸せです」


 紅茶がかかったサラダを机から退かしつつ、口を開く。


「自分が捨て子だったのを聞かされたときは驚きましたけど。物心ついた時から、シエル様が一番大事だったんです」


「言い過ぎよ」


「本当です」


 転生直後、まだ子供なのにシエル様のメイドに配属されていた時は本当に驚いた。


 同時に、内心で喜んだ。

 転生前から好きだったシエル様に仕えることができるなんて、と。


 この世界で十年以上生きている今、その気持ちは変わらない。


「だから今更、シエル様に隠し事はしません。気になったことや大事なことは全て伝えます。だから」


「私も、気になったことは全部言うわ」


「勿論です」


 いつもの睨み顔に戻っていたシエル様の口元が、以前よりさらに緩んだ気がした。



 シエル様の紅茶を片付け、外の川で野菜を洗い直した後。


「ハルカナ、少しいい?」


 プチトマトをつまみ食いしてた私の元へ、シエル様が足を運ぶ。


「ひエルはま? ゴクン、何でしょう」


「貴女、ちゃっかしてるのね。それより、勇者に渡す映像が必要でしょう」


 見たことある小瓶を手元で振るシエル様。


「今から貴女用のポーションを調合するわ。その様子を写すのはどう? 扉の外から見ている感じで」


「おお、素敵なアイデアです」


 野菜と共に隠れ家へ戻り、シエル様についていく。


 それから『記録の宝珠』をポケットから出し、開いた扉の隙間からこっそり(に見えるよう)シエル様を覗き込む。



 扉から離れて、握りこんでいた手を離す。

 宝珠の色が青に変わっていた。


(うん、問題ないはず)


 生前ゲームで見たことある変化に、私は頷く。

 これを納品すれば、勇者も満足してくれるだろう。



 運命を少しでも変えるため、私の奔走は続く。

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