第2話 世界は君が思っている以上に複雑で——

 直人はしばらく用事が立て込んでいるらしく、翌日もその翌々日もオレが起きる前に出ていって家を空けていた。


 直人と一緒にいる時間が減る反面、万愚節と連絡を取り合う時間が増えていく。


 少しずつ身の内を明かし合い、いつの間にか知り合いから友人と呼べるほどに頻繁に会う間柄になっていった。


 彼女の行動が若干異質だとしても、男は好意を寄せられれば飛び跳ねるほど嬉しいし、なにかしてあげたいと思ってしまう。


 存外、自分は単純(ばか)なのだ。


「——普段なにしているんだ?」


 パスタをクルクルと巻いていた彼女は、キョトンとした顔でこちらを見る。


 露出の少ないが体のラインが出た色っぽい服に、デニムジャケットを羽織った小柄な体。猫を彷彿させる目尻が上向きな二重は黒目の大きな瞳をキリッとさせ、薄紅色の唇にパスタのソースが垂れていた。


 クールでミステリアスな見た目なのに、あどけなさが目に余るほど映る。


「よくオレのこと社会不適合者みたいに扱うけど、この前バイトをクビになってたよね。今なんの仕事やってるの?」


「一様……学生だよ」


 万愚節は歯切れ悪く答えた。


「なぜに半信半疑?」


「卒論も就活も終わっているから、この暇な期間を学生と呼んでいいのかわからない」


「学校って案外暇なんだな」


 オレはテレビでしか学校がどんな場所なのか知らない。青春のSEの字すら感じたことはなかった。


「野良って都市出身じゃないよね。どこから来たの?」


「囚われの街ってところ」


「囚われてたんだ」


 万愚節はあまり驚いた様子なく「へー」と感心していた。


「意外と反応が薄いんだな。もっとアレコレ言われると思ってた」


「都市の外で生まれたって人はそれなりにいるからね。でも、囚われてたのにどうやって此所まで来たの?」


「別に囚われてたわけじゃないよ。そんなこと微塵も思ってこなかったし」


「学校は?」


「あるよ。でも金に余裕が生まれた頃には十五歳を過ぎて、今更行く必要がなかったんだ」


 万愚節はフォークに巻きつけたパスタを、「大変なんだね」と言って口に運ぶ。


「学校って実際どんなところなんだ?」


「学制が違うだろうから一括りには説明できないんだけど。基本的には目的に向かっていくために学ぶ場所って感じかな」


「目的って?」


「将来成りたい仕事とか、こういうことをしたいとか、進学のためだとか、仕事に就くためだとか、親に言われたからだとか、人によって千差万別」


「万愚節はどういう学校に行ったの?」


「生物系の大学だよ」


「生物か……オレも好きだな。都市に着く少し前にガビアウルとダイオウラチャンカの生存戦を見たんだけどさ。怪獣大戦争みたいにド派手だった」


「滅多に見れない貴重シーンだね」


「売れば金になったかな」


「邪な考え方だ。でも今の時代、売るよりネットに上げ方が稼げるんじゃないかな」


「まじかぁ。録画機材買っておけばよかった」


 残念そうにぼやくと、万愚節は意外にも口をムッと尖らせる。


「間違っても同じことしようだなんて考えないでね」


「なんで?」


 突然、怒りを露わにした彼女にオレは思わずそう聞き返した。


「危険だし。外の世界で予期しないことが起きて生き残ったのならそれは運が良かったからだよ。世の中には他人に危険地帯を撮影させたりする犯罪があるの」


「どういうこと?」


「都市のルールなんだけどね。都外から来た人間は厳重な検査の元、中と外を行き来できるんだけど。都市の住人は調査員資格っていうものを手に入れないと外に出ることは許されないの。法律が適応されない場所だから誰も守ってくれないし。だからこそ安易に都市から出すわけにはいかない。都市外のトラブルは人の数だけ増えるからね」


「詳しいんだな」


「普通に常識だよ。というか、普通検問所でそういう説明受けると思うんだけど」


「それは多分、直人が一緒にいたからかな」


「直人?」


「調査員で、市長の息子らしいんだよ。だから検問所の人がなにも言わなかったんだと思う」


「もしかして、金持ちってその人のこと?」


「そうだよ。有料物件でしょ」


「寧ろ、高物件過ぎて怖いよ」


 万愚節は頬を引き攣らせながらそう言うと、少し考え込むような顔をする。


「にしても、なんで生物系の大学を選んだんだ?」


「親が研究者でね。昔から生態ってものを良く眺めていたの」


「じゃあ、外に出たいって思ったりした?」


「どうだろう。怖いから出いきたくなって思うし、でも怖いからこそ知りたいって思える」


 ——確かにそうだ。


 オレは要塞の外周に近づかせてもらえず、外の景色すらまともに見させて貰えなかったからこそ、強く惹かれていた。


「夢とかあるの?」


「ないよ。外の世界の生き物に関心があるだけ。昔は調査員をサポートする仕事をしたかったんだけど。現実はフィクションみたいに上手くいくものじゃないから、リスクを考えると夢なんてものは早く手放してしまった方がいいんだよ」


 そういうものか。考え方は人それぞれだからな。なにが良いか悪いかなんてオレの頭では導き出せない。


「今はタクシー会社に内定を頂いて四月からそこで働くことにしてる」


「めちゃくちゃ事故を起こしそうそうだ」


「失礼だなぁー。言っておくけど運転だけは得意だから。これでもゲームセンターでビュンビュン言わせてたんだよ」


 信憑性を自ら失わせる万愚節に呆れつつ、オレは彼女の選択に少しだけ同情していた。


「本当は生き物に関わる仕事をしたかったんじゃないの?」


「今更だよ」


 万愚節は少し強めの口調でそう言った。


「それに、もう終わったことだし。将来のことなんて適当に適当で、これから先をどう楽しく生きるのかを考えていけばいいの。そもそも夢は最初からその為にあるんだから」


 楽観的な達観者。逆ナンされたときは場当たり的な人に思えていたのに、意外にも彼女は真面目で微妙にズレている。


 そこが面白くもあり、彼女が自分と関わりを持とうとする意味がある気がした。

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