アポクリファ、その種の傾向と対策【駆れ!ストラヴァガンツァー】

七海ポルカ

第1話

【グレーター・アルテミス】には黄道十二星座の名を冠した十二の州がある。


 首都ギルガメシュはこの絶海の孤島の中央に位置し、それを囲うように十二の州の州警察本拠地が割り振られ、そこが州境になる。

 つまり中央から放射状に十二の州は存在し、首都ギルガメシュとの州境は全て各州警察本部が固め、アポクリファにしか居住権を与えないという絶対的な指針を持ちつつ、反面、観光客の入国に関しては非常に柔軟に対応し、入国しやすい特徴を持つ【グレーター・アルテミス】において、各州と首都どちらもの治安の維持を取りやすい都市設定にされていた。

 これは【グレーター・アルテミス】を地球に建造した、月にある【ゾディアックユニオン】の本拠地、衛星都市ファナフレアの姿を完全に模したものだった。



 その特徴的な国としての都市環境は、各州が割り振られた自分たちの管轄を守っているわけだが、【アポクリファ・リーグ】に参戦する特別捜査官だけは越境し、緊急時は【グレーター・アルテミス】全土を対象に捜査する権限が与えられていた。


 その為【アポクリファ・リーグ】に所属する特別捜査官として、彼らだけは自分たちの州だけではなく【グレーター・アルテミス】全土を対象に地理や環境、特徴を把握していなければならない。

【処女宮】特殊捜査官チームのリーダーになるルシア・ブラガンザが必ず毎日の全土巡回パトロールを欠かさないのは、そういう意味があった。


 時間帯は決めていない。


 特別捜査官は州警察に所属していても、彼らの通常業務からは多く免除されていて、緊急時の出動要請に応じれば、残りの時間で何を行うかは比較的自由だった。

 ルシアの気分で巡回パトロールに出ていく時間帯は決めていた。

【グレーター・アルテミス】は首都ギルガメシュを囲むように一般車両も通行可能な『アルテミス外周高速』、緊急時において緊急車両のみの通行が許される『緊急専用外周』、この二本の道路に対して多段構造で市街に直接アクセスしている『外周道路』の三本が作られており、これらを使えば時計回りに【グレーター・アルテミス】を容易く一周できるようになっているのだ。


 ルシア・ブラガンザは【アポクリファ・リーグ】の中でも特に名を知られて、優秀さを評価されている特別捜査官の一人である。

 彼女は風属性の能力者だが、得意とするのは雷撃攻撃で、特にチャージを伴っての渾身の雷撃はリーグ随一の攻撃力を誇る。女性ながら凶悪犯やキメラ種出現時の緊急対応が果敢であることから、ファンも多かった。


 彼女は【アポクリファ・リーグ】では現在ランキング四位に当たる。


 リーグは二部制になっており、一部が二十人いて、二部が三十二人。

 一部の十六位までが降格圏で、シーズン終了時十六位までの四人が、来シーズンのエントリー権から外れる。

 その四人を補填する権利が与えられているのはリーグ視聴者であり、二部の三十二人の中から所属関係なく四人を選んでどこの州警察に属させるかは完全に決める権利があった。投票で決まる。


 しかし、当然ながら最大エントリー数は三人までなので、すでに【アポクリファ・リーグ】に三人送り込んでいる警察署には新加入の捜査官を割り振ることは許されていない。

 また、州警察にはシーズン終了までに「増員させるか否かの意志」を示す権利が与えられている。


 視聴者に選ばれた新加入の特別捜査官には【アポクリファ・リーグ】から資金面でのバックアップも付くため、大概は自分たちで増員させるよりこの制度を使って増員させた方が得である。だからほとんどの州警察は増員許可の体勢を取るが、現在の所【白羊宮警察アリエス】は増員不要の意志を示し続けている。


白羊宮警察アリエス】には特別捜査官は現在一人しかいない。


 優勝候補のアレクシス・サルナートだ。

 彼は類い稀な機動力を有し、チーム戦略も取って戦うリーグの中で、ただ一人同僚を持たず、一人で参戦している。だが恐るべきことにチームランキングでも様々なポイント加点から彼は三位辺りの上位に常に食い込み、いかに圧倒的な活躍をしているかが分かるのだった。


 警察署長も【白羊宮アリエス】を支援するスポンサー企業のCEOなども、

「まあ、アレク君が相棒が欲しいなあと言ったらいつでも増員は考えるよ」と笑いながら話しており、視聴者も他の州警察のスタイルに関わらず、【白羊宮】から唯一参戦しているというアレクシス・サルナートの存在を国民規模で好んでいる為、視聴者も「白羊宮はアレクシスだけでいい」という不思議な共感が【グレーター・アルテミス】にはいつしか存在していた。


 この【白羊宮】アレクシス・サルナートの絶対的な対抗馬として存在しているのが【獅子宮警察レオ】のシザ・ファルネジアだ。


 そもそも自分の出身地だからといってあからさまな【獅子宮】推しの【アポクリファ・リーグ】総責任者アリア・グラーツが、当時大学生に過ぎなかったシザを自らスカウトして参戦させたというのは有名な話で、彼女は最初からアレクシスに対抗出来るタレントとしてシザをリーグに参戦させてきた。

 そのアリア・グラーツの勅命に、普通は応えたくても応えられないのが対抗するアレクシス・サルナートの圧倒的な実力だったが、そういう意味ではシザ・ファルネジアはよく

応えている。

 彼の特徴でもある、目的以外には冷淡な態度を取ることから、ルシアは最初アリアの部下のように参戦して来たシザを快く思っていなかったが、今ではその活躍も実力も認めて、口だけの男ではないとは思っていた。

 アリア・グラーツが忌々しいのは、大成功したシザ・ファルネジアの参戦に味を占めたのか、長年いたベテランの引退に伴い一人定員に空きが出た所に、再び自らのスカウトで新人をねじ込んで来た所だ。


 この男が今ランキング三位の【獅子宮警察】ライル・ガードナーである。


 ルシアはこの男も気に食わなかった。


 アレクシスの対抗馬としての使命を持っているシザはともかく、ライルは完全に【獅子宮】の戦力拡充の為に参戦したルーキーだったが、ここに来る前アンタルヤ共和国オルトロスという聞く者が聞けば引くようなとんでもない犯罪都市勤務の警官だった。


 その為ルーキーなのにやたら貫禄があり実戦慣れしていて、出動の時にも、他の州警察の先輩などにも全く敬意を払わず、とんでもない走行を駆使しての現場先着ポイント、強力な能力者だからといって、遅れて来た現場でも、それまでそこで戦っていた捜査官を差し置いて一撃で犯人やキメラ種を撃破したりして、要するに山賊のような手口でルーキーシーズンからポイント荒稼ぎをして瞬く間にランキング三位に昇りつめたのだ。


 上の二人が圧倒的だったので、今シーズンはこれ以上上に上がるということは無いが、もしこいつがシーズンMVPなんかになったら私は多分血管ブチ切れて憤死するだろうというほど、毛嫌いしている。


 ルシアが実力において自分より上に存在しても気が立たないのは今の所アレクシス・サルナートとシザ・ファルネジアの二人だけだ。


 ライル・ガードナーは完全にポイント狙いの捜査官で、様々なルールで加点を行う【アポクリファ・リーグ】において、そういう特別加点を駆使してポイントを稼いで来る。

 正直加点ルールが多すぎてルシア自身「そんな加点ルールあったのかよ初耳だわ」と思うようなものまであるから、尚更腹立たしい。


 ライル自身は不真面目警官なのでそんなルールをいちいち把握してないに決まっているのだが、どうやらシザ・ファルネジアがブレーンとなって「こういう加点方法」があると教えているらしく、この法学部出身の大学生が、とそんな所にも腹立つのだが、ルシアが忌々しい【獅子宮】の二人の若手を睨んでいると、三人目のベテランが「本当にうちの連中手癖悪くてごめんなぁ」「リーグも大事件になったらチームとして戦うんだから協調性だって教えてんだけど、あいつら全然言うこと聞かねえんだよ」などとペコペコ下手で謝って来るものだから、普段から確かにその二人のお守が大変そうなことが透けて見えるアイザック・ネレスが謝罪を入れて来るとルシアも「それでもあんたがちゃんと手綱取りなさいよ!」と言うだけに留めることになってしまう。


 とにかく、そういう三人全体の絶妙なバランス含めて【獅子宮警察レオ】というのは忌々しく、チームランキングでは二位につける【処女宮警察バルゴ】としては、個人ランキングはアレクシスとシザに譲ることになったとしてもなんとかチームランキングの優勝だけは果たしたいと願って日々奮闘をしているのだ。


【処女宮警察】は完全にその割り振られた黄道十二星座から、昔から女性警察官が圧倒的に多く、そういう意味でも少し特殊な個性があるため、リーグの中では人気は昔から高かった。

 人気が高ければスポンサーも多くつくし、関連グッズの売り上げやイベント収支なども多くなる。潤沢な資金を誇り、そういう面では【獅子宮警察】に決して恵まれた環境は圧倒的に負けているというわけではない。


 むしろ、シザ・ファルネジアが現われるまでは何となく、かつては優れた優勝候補だった獅子宮もランキングは下降気味に低迷しており、冴えた所のない警察署に成り下がっていたのだ。


 その点【処女宮】は一貫して安定した成績を誇り、十二州の中でも特別優れた名門という印象を守り続けている。あんな金の力とアリア・グラーツの一存で反則的強化をして来た連中とは訳が違うとルシアは思っていた。


 シザ・ファルネジアとライル・ガードナーが強力な能力者なので、【処女宮警察】にもあんな能力者が二人もいたらどうにも出来ない……などという空気を出す捜査官がいるが、ルシアは「警察署としてうちは【獅子宮】に負けてない恵まれてる部類だ。優れた能力者を相手が揃えたからといって、負けていいと思うな」と日々喝を同僚たちに入れまくっている。


【獅子宮】の圧倒的な戦闘力を見せつけられて最近肩を落とすことが多い【処女宮】の同僚たちの為にも、ルシアは何とかチームランキングは優勝し、個人ランキングではせめてあのいつも場所を弁えず喫煙ばかりしている不良茶髪のライル・ガードナーだけは仕留めて三位フィニッシュしたいと望んでいた。

 それはまだ、充分狙えるポイント差だったからだ。






 ――これはそういう背景が昨今からあった、ある日の出来事である。





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