私は最強(と勝手に弟子たちが吹聴するだけで実際はクソザコナメクジです)

皇冃皐月

プロローグ

第1話

 久しぶりに街の外へ出た。弟子たちがお金を稼ぐようになってからは城壁内で悠々自適に暮らしていたから。

 で、そんな私は今……スライムに追いかけられていた。


 「ちょ、待って。なんで、なんで!?」


 必死に逃げる。ぽよんぽよんと一定間隔で追いかけてくるスライム。ちょっと来ないでよ。

 というのも、さっきばったり遭遇してしまったのだ。武器を持ってきていなかった私は素手で戦うことにした。スライムくらいなら素手でも倒せると思ったのだ。全力でスライムに向けてパンチしたのだが。ぽよんと威力を吸収された。痛くも痒くもないという感じ。それで追いかけれていた。


 ヤバい。今の私って私、スライムすら倒せないんだ。


◆◇◆◇◆◇


 冒険者ギルドの酒場は、今日も騒がしい。

 酔っ払いどもが大声で語り合い、ジョッキがぶつかる音が響き渡る。

 まあ、いつもの光景だ。


 「聞いたか? あの最強パーティ、また高難易度の依頼を達成したらしいぞ!」

 「Aランクの魔獣を討伐したらしいな。しかも一瞬で!」

 「そりゃそうだ、最強の師匠が率いてるんだからな!」

 「師匠はすごいらしいからな……弟子たちがあれだけ強いんだ、当然だろ」


 ……はいはい、またか。

 私はカウンターの端で、ジョッキを呷る。そして空になったジョッキを片手に突っ伏しながら 深く、はぁぁぁぁぁっと長いため息をついた。


 ギルドの連中は私のことを「最強の師匠」と呼ぶ。

 その誤解が広まりすぎて、もう誰にも訂正できなくなった。というかする気がなくなった。

 私は決して強くもなければ、最強でもない。


 というか、そもそも私はパーティを率いていない。言い訳を並べて参加しなかった。なんでかって? そんなの簡単だ。Aランクの魔獣を私が相手するとか、死ぬから。以上。スライムすら倒せずに追いかけられるのに、Aランクの魔獣を倒すとか、どういう夢物語?


 「はあ、……違うんだよな〜。私は強くない。むしろ弱いんだけど」


 魔法の才能もなければ、剣の腕もからっきし。少し前まで最弱下級冒険者をやっていたのだ。

 正直、そこらの新人冒険者と同じかそれ以下の実力である。

 だけど、弟子たちが異常な強さを持っている。ただそれだけ。


 「師匠、飲みすぎだから。その辺でおしまい」


 隣に座っていたアンネリーゼは銀色の長い髪の毛を揺らしながら、呆れ顔で私のジョッキを取り上げた。

 翡翠色の瞳がまっすぐ私を見つめている。


 「ああ……」


 彼女たちは本気で私を「最強」と信じているのだ。といかそういう勘違いを勝手にしている。そしてそれを改めようとしない。

 それが問題の根本である。


 大体、弟子にジョッキを取り上げられてこんな情けない声を出している私が、最強なわけないでしょ。


 こうなったのもなにもかも、原因は。そう、あの時だな。


◆◇◆◇◆◇



 ──数年前。

 私は、しがない最弱下級冒険者だった。


 戦闘能力は平均以下。クソザコナメクジというのが自己評価。他者からの評価は知らない。いつも一人で冒険しているから。

 生きるために細々と依頼をこなし、なるべく目立たず、ひっそりと暮らす。死なないように身の丈にあった依頼だけを淡々とこなす。

 それが私の生き方だった。


 だが、その日──私は運命の出会いを果たしてしまった。


 とある戦場跡の廃村。

 焼け焦げた家々。私はここで遺品の回収の依頼を受けていた。

 崩れた瓦礫の隙間から、小さな瞳がこちらを覗いていた。


 「……ねえ、誰?」


 か細い声。

 そこにいたのは、痩せこけた少女だった。


 銀髪に翡翠の瞳。

 ボロボロの服をまとい、腹を押さえながら震えていた。


 ──戦争孤児。


 すぐに察した。

 この辺りでは戦乱が続いていて、村が焼かれるのも珍しくない。

 家族を失い、一人で生き延びたのだろう。


 こういうのは関わると厄介事になるケースが多い。戦争孤児を装った詐欺などもあったりする。関わって得をすることは基本ない。こういうのには情を移さず、無視をする。冒険者として基であった。


 だから私は、それに従い彼女を見捨てようとした。

 そもそも私には 他人を助ける余裕なんてない。

 子供一人すらまともに養う金銭的余裕がない。それなのに一、二、三、四人。無理な話だった。


 だけど──


 「……」


 少女が、空腹そうに腹を押さえる。

 その姿を見た瞬間、気づけば足が止まっていた。


 「……ったく」


 私は荷物を漁り、干し肉を取り出すと少女たちに差し出した。

 別に拾うつもりはない。

 ただこのまま空腹で、倒れられても後味が悪い。


 「食うか?」


 少女ちは一瞬躊躇ったが、すぐにパッと顔を輝かせ、勢いよくそれを頬張る。

 口いっぱいにしながら、小さく呟いた。


 「……ありがと」

 「まあ、これで食い繋げるだろ。私よりよっぽど裕福で、心の器も広いお人好しはいるはずだ。そいつらに拾ってもらってくれ」


 そう言って突き放そうとすると、今にも泣き出しそうな顔をする。


 あー、ダメだ。そんな顔するな。

 良心が痛む。

 連れ帰るつもりがないなら無視するのが正解だったのかもしれない。


 「お姉さんも私たちを……見捨てる?」


 ぐいぐいと袖口を引っ張られる。


 私に見捨てるなんてことはできなかった。


◆◇◆◇◆◇


 「ねぇ、あんた強いの?」


 そう尋ねてきたのは、連れ帰った少女の一人。アンネリーゼだった。

 好奇心に満ちた翡翠の瞳が、まっすぐ私を見ている。


 「は?」

 「だって、冒険者でしょ? 剣とか、魔法とか、戦い方とか、知ってるんでしょ?」

 「いや、まあ、知ってるけど……私は弱いぞ?」


 そう言った。

 だが、アンネリーゼは キラキラと目を輝かせた。


 「ねぇ、教えてよ! 私たち、強くなりたい!」


 他の少女たちも、一斉に頷く。

 その眼差しは 期待と信頼に満ちていた。


 まあ、護身術程度なら教えて損はないかと思った。


 私は 適当に剣の握り方や、基礎的な動作を教えた。

 だが──


 「師匠! 見てください!」


 そう言って剣を振るうアンネリーゼ。

 その一撃で、地面に深い裂け目が刻まれた。


 「……え」


 他の少女たちも、異常な速度で戦闘能力を向上させていく。

 魔法を学ばせれば初見で高度な魔法を習得し、弓を持たせればどれだけ動く的でも的確に射るし、盾を持たせれば子供とは思えないほどの体幹で木刀から身を守る。


 ──そして、彼女たちはこれを「師匠のおかげ」と信じた。


 「師匠が強いから、私たちも強くなれました!」

 「ししょーの教えがなければ、こんな技も使えません!」


 彼女たちは私のおかげであると微塵も疑わなかった。そしてこんなに強く育てあげてくれた私は最強である、という訳の分からない勘違いをし始める。しっかりと結果を残し、その上で私を「最強」だのなんだのと祭り上げる。

 この誤解はギルド中に広まり、やがて世界に広がることになる。


 なによりも彼女らが強いのは紛うことなき事実で、彼女たちの言葉には信憑性があった。だから噂はどんどんと独り歩きしていき、そして今に至る。


◆◇◆◇◆◇


 「師匠。明日はこの依頼を受けるべきだと思います。私たちと同行で」

 「師匠ならどんな依頼でも大丈夫でしょ」

 「うん。まじあたしも同感。師匠っちがドラゴン倒すところまじ見てみたい」

 「ふふっ、ししょーはドラゴンになんか屈しないよ! ししょーならドラゴンなんて精神魔法で瞬殺だもん」


 弟子たちで勝手に盛りあがっている。緑色、青色、白銀、そして銀。四つの鮮やかな髪の毛を持つ美少女たちがわーわー騒ぐ。

 アンネリーゼからジョッキを取り返して、依頼書を覗き込む。そこに書いてあるのはドラゴン討伐。推奨パーティランクは『S』。


 「やだよ、こんなの受けたら私死んじゃうよ」


 拒否する。スライムすら倒せない私にこんなの倒せるわけない。ドラゴン? そんなのと対峙したらその瞬間失禁しちゃうかも。怖くて。


 「いや、余裕でしょ。師匠なら。だって私たちでも余裕だよ。多分一分で倒せるよ」

 「はい。私たちを育てた師匠なら余裕なはずです」

 「だってあたしたち育てた師匠っちまじ最強だしぃ。師匠っちなら秒っしよ」

 「ししょー私たちより強いからいける!」


 いやいや、こいつらが勝手に育っただけで私は基礎の基礎を教えただけなんだよな〜。勝手に育っておいて、私たちを育てたからって無茶苦茶な。そもそも育ててないんだよ。


 まだ死にたくないし。どうやって断ろうかな。

 あー、冒険者やめたい。




◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇


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