ダンジョンストリーマー ~視聴者0人からはじめる異界配信~
@anzuapricot
プロローグ
「配信、開始っと——」
小さな部屋に響く声は、どこか空虚だった。霧島澪は自作のPCデスク前で、いつものように明るい声を作る。画面の隅には「視聴者数: 0」の表示。それでも彼女は笑顔を崩さない。
「こんにちは!ミストレアです!今日も『エルダーサーガオンライン』のレイドに挑戦していきます!」
22歳、大学中退。ゲーム配信者として独立して1年が経つが、登録者数は三桁に届かず、同時視聴者が二桁を超えたことは一度もない。それでも澪は諦めなかった。諦められなかった。
「今日こそは絶対クリアしてみせますからね!」
画面の向こうには誰もいないことを知りながら、彼女は元気よく宣言する。コメント欄は静寂のまま。
***
三時間後、レイドボスに七度目の敗北を喫した澪は、ため息と共に配信を終了した。
「はぁ…」
部屋に戻ってきた沈黙が、彼女の心に重くのしかかる。スマホを手に取り、人気配信者のチャンネルを開く。同じゲームなのに、そこには数万の視聴者とコメントの嵐。
「才能の差か…」
窓の外は雨。五月の優しい雨音が、彼女の孤独を際立たせる。
その時、スマホが震えた。病院からの着信。澪は慌てて電話に出る。
「もしもし、霧島です」 「霧島さん、お祖父様の容態が急変しました。すぐに来ていただけますか」
澪は息を呑んだ。祖父・霧島巌は彼女が幼い頃から一人で育ててくれた唯一の肉親。最近は認知症が進み、病院で過ごしていた。
「今すぐ行きます!」
***
病院の廊下は消毒薬の匂いが漂っていた。澪は息を切らしながら祖父の病室に駆け込む。
「じいちゃん!」
ベッドに横たわる老人は、かつての威厳ある姿からは想像できないほど痩せ細っていた。しかし、その目だけは澪を見て輝いた。
「澪…来てくれたか」
「当たり前じゃない。じいちゃんが呼んだんだから」
澪は祖父の手を握る。冷たい。でも、確かな力強さが残っていた。
「先生、どうなの?」
付き添いの医師は小さく首を振った。 「今夜が山です。ご家族の時間を大切に」
澪は唇を噛んだ。涙を堪えながら祖父の側に座る。
「澪…」祖父は弱々しく呼びかけた。「あの箱を…持ってきてくれ」
病室の隅に置かれた古びたトランクを指さす祖父。澪はそれを持ってくる。
「開けてみろ」
澪が箱を開けると、中には古い革のケースがあった。さらにそれを開くと、まるで博物館の展示品のような古いカメラが現れた。
「これは…?」
「わしの宝物だ…」祖父の目が遠い記憶を追うように細められる。「五十年前…ダンジョンが初めて現れた時の…」
澪は息を呑んだ。祖父がダンジョン研究に関わっていたことは知っていたが、詳しい話は聞いたことがなかった。
「エーテルカメラ…」祖父は続けた。「普通のカメラじゃ映らないものが映る…特別なカメラだ」
「じいちゃん、これって…」
「お前に…託す」祖父の呼吸が荒くなる。「お前なら…きっと…」
「じいちゃん!無理しないで!」
祖父は澪の手をぎゅっと握った。その目には、長い間誰にも語らなかった秘密を抱えた光があった。
「ダンジョンは…思うほど単純じゃない…」祖父の声は囁きになる。「カメラが…真実を映す…」
「何の真実?じいちゃん、もっと教えて!」
しかし祖父の目は、もう遠くを見ていた。
「澪…お前の道を…進め…」
その言葉と共に、祖父の手から力が抜けていった。
「じいちゃん…?じいちゃん!」
病室に響く心電図の単調な音。澪の叫びは、五月の雨音に掻き消されていった。
***
一週間後。
小さなアパートの一室。澪は祖父の遺品であるエーテルカメラを手に取っていた。葬儀も終わり、現実に戻らなければならない。しかし、彼女の現実は厳しかった。
貯金は底をつき、配信の収入はほとんどない。このままではアパートも維持できない。
「じいちゃん…私、どうすればいいの?」
澪はカメラを見つめる。不思議と古いものなのに、レンズは曇りひとつなく透明だった。ふと、彼女は思い出した。祖父が最期に言った言葉。
「カメラが真実を映す…」
彼女はスマホを取り出し、ダンジョン配信の動画を見始めた。五十年前に世界中に突如出現した「異界の扉」。そこから現れるダンジョンを探索する「エクスプローラー」たちの姿。そして近年流行している「ダンジョンストリーマー」。
ダンジョン内部からリアルタイムで配信する彼らは、新世代のヒーローとして若者に絶大な人気を誇っていた。危険と隣り合わせの探索。未知の魔物との遭遇。そして時に発見される貴重な財宝や素材。
「これだ…」
澪の目が輝いた。彼女はエーテルカメラを見つめ、決意を固める。
「じいちゃんの遺産を活かす道…見つけたよ」
彼女はPCの前に座り、新しいチャンネルを作成した。タイトルは「ミストレアの異界探訪」。
「私、ダンジョンストリーマーになる」
澪の声には、久しぶりの確信があった。祖父から受け継いだカメラ。それは彼女の新たな道を照らす光となるはずだった。
彼女はまだ知らない。このカメラが映し出す世界が、彼女の人生を、そして多くの人々の運命を変えることになるとは。
窓の外では、五月の雨が上がり、初夏の陽光が差し込み始めていた。
***
同じ頃、東京・霞が関の地下深くにある「ダンジョン管理局」特別監視室。
「局長、霧島巌が死亡しました」
黒服の男が、窓際に立つ人物に報告する。
「そうか…」振り返った中年の男性は、深い溜息をついた。「彼の研究資料は?」
「大半は押収済みです。ただ…」
「ただ?」
「エーテルカメラが見つかりません。孫娘に渡した可能性があります」
局長は眉をひそめた。
「監視を続けろ。あのカメラが映し出すものは、まだ世に出す時ではない」
「了解しました」
黒服の男が退室すると、局長は壁一面のモニターを見上げた。そこには日本全国のダンジョン入口がリアルタイムで映し出されている。
「霧島巌…君の遺志は、我々が継ぐ」
彼の視線の先、モニターの一つに映る「緑風の迷宮」。初心者向けの小規模ダンジョンは、穏やかな風景を映していた。
だが、その平穏は長くは続かないだろう。
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