見張り 3

「ごめんなさい」


 あんまり人がいない教室で、ちーちゃんは頭を下げた。

 そうじが終わって、みんな校庭で遊んだり、体育館に行ったりしていた。そのまま帰っちゃった人もいた。友紀ちゃんも、もうこの教室にはいなかった。それでも、ちーちゃんは教卓きょうたくの前で、みんなにあいさつするみたいに、きっちり礼をしてあやまった。

 そんなちーちゃんを見て、教室に残って紙ひこうきを飛ばしてた男子たちは、ランドセルのフタもちゃんと閉めないで教室を出て行ったし、ノートに絵をいてた女子たちも、こそこそ小さい声でおしゃべりしながら、何も持たずに出て行った。

 そこに残ったのは、ぼくだけ。しーんとした教室で、ずっと頭をさげたままのちーちゃん。なんだか息がくるしくなって、呼吸こきゅうするみたいに声をかけた。

「ちーちゃん、友紀ちゃんはいないよ」

 その言葉にちーちゃんは顔を上げた。

 キョロキョロ頭を動かすと、ぼくのところにまっすぐ向かって来て「帰ろう」と言った。そして、ぼくの腕をつかむと、ろうかに引っぱっていった。

 あわててぼくは、ランドセルのひもをつかんだ。 


 右手でぼくの左手をつかんだまま、ろうかをずんずん進むちーちゃん。

 なにも持っていない左手をふり回しながら、前だけを見て進むちーちゃん。

 さっき校庭でおばちゃんに連れられたちーちゃんとは、ぜんぜんちがう人だった。

「ねえ、おばちゃんは?」

「先生と話してる」

「置いてっていいの?」

「先に帰っててって言われた」

 玄関でくつをはきながら、ちーちゃんが言った。

 おばちゃんが学校に呼ばれることは何回かあった。だからもう、ちーちゃんは慣れっこって感じで、鼻をつんと上げたまま、上履うわばきをくつ箱にしまった。

「ちーちゃん、謝らなくていいの」

 ぼくはくつをくつ箱から取り出しながら聞いた。なんとなく、ちーちゃんの顔は見れなかった。

「謝ったよ」

 くつを投げるように、すのこのむこう側へ飛ばした。

 その上にちーちゃんが足を乗せる。くつをはく、というか、くつをつぶす、みたいなはき方。どんなに注意されても、ぜったいに直さないクセだった。

「さっき教室で謝ったよ」

「友紀ちゃん、いなかったよ」

「謝ったもん」

 ちーちゃんが、また腕を引っぱった。

 顔を上げると、鼻の穴を広げて、くちびるをヘニャヘニャにしたちーちゃんが、ぼくを見つめていた。


「かえろ」

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