イーカロー・ギーガ(巨人の一撃)
ハロルドが叫び、ガイボルグを振るう。光が稲妻となって走り、瞬間、三叉の雷撃が魔戦士の大戦斧を穿つ。
ガイゼルガはそれで動じることもなく、受け止めもしない。斧を横に薙ぎ払い、雷ごとかき消した。
「うわっとっと」
その一撃だけで周囲の地面が割れ、粉塵が舞う。観客席にまでその余波は押し寄せた。
「ぬう、あの王太子とやら、できるっ! だがその程度で我らの師団長が止まると思うなッ!」
ドゥン、ドゥン! アロウィンは鼓舞するようにもろ肌を脱いで戦太鼓を打ち鳴らす。
ハロルドの巨体が大きく躍動し、天から地へとガイボルグを振り下ろす。天を割いて落ちる稲妻が地に轟かせるようだ。大気を震わせ、雷柱一閃。直撃すれば骨ごと蒸発必至の電撃。
対するガイゼルガが真っ向から大戦斧を振り上げると魔力が爆ぜ、こちらは破壊の衝動と旋律を高々と響かせた。
一瞬、聖闘円を静寂が支配する。そして――
ズドオオオオォォォォン‼‼‼
雷と熱波が交差し、空間が悲鳴を上げた。大地が陥没し、衝撃波が闘技場に吹き荒れてなお周辺に到達して樹々を薙ぎ倒した。
「し、死ぬかと思った」
「今のはヤバかった」
「助かったよ、アロウィン」
アロウィンが仁王立ちする背後には、ちゃっかりグリンセルとギャルガの二人が隠れていた。
闘技場の東にそびえる戦神オグンの彫像の上。そこから見下ろす黄金のライオンと小さな戦天使が白熱する戦いに見入っていた。
(……どちらが正しい?)
レオンハルトは考える。自分達、機罡獣が地上へ遣わされた目的。それは天部カノンを助け、魔王ハジュンを倒すため。しかしこの地上で力を発揮するには
旧世界で選んだ男はヒュー。当初は彼の身勝手な気質を嫌う向きもあったが、付き合ううちにあの男の情熱と正義感に心底惚れた自分がいた。
だが、再び魔王の脅威の迫るこの世界にあの男はもういない。カノンは来るべき戦いに備え、この時代で自分の使役者を選んでおけという。
目覚めて、眺めまわして見たのが人間の傲慢さと残虐さ、醜さだ。こんな人間達の中から一体誰を選べというのか。プルーアを食い荒らす人間は論外。強制労働によって繁栄を謳歌する人間も選考外とした。彼らに罪はないが、自分たちの国が間違いを犯したことを知った時に矜持を貫けるのかが心配だったのだ。
迫害を受ける人間に目を向けるも、彼らはすっかり恐怖に犯されてしまっていた。レオンハルトがいくら呼びかけても反応しなかったのだ。
そんな時に現れたのがガイゼルガこと、メナラド王たるアギンだった。魔王軍ではある。ハジュンの魔星を体に宿して魔戦士となった男の眼差しには、しかし確かに『
(……だが魔王軍に与する者に力を貸すことはできない)
その矛盾が、彼の胸の奥を締め付ける。
「レオンハルトよ」
戦天使の声だ。獅子は相手にせず無視を決め付けたが、いきなり背中にドスンという衝撃が加わった。
ガオォッ!
馬乗りになるルシファリアを振り落とそうと唸り声をあげて体を跳躍させるが、戦天使は抜群の体幹を見せて抗った。それどころか楽しんでさえいる。
「使役者と見出した男が
オグンの彫像の上でレオンハルトが全力で跳ねまわると、ようやくルシファリアはふわりと背中を離れ、オグンの左腕に戻った。
「悪くない毛並みじゃ。安心せい、私のものになれば毎日ブラッシングをしてやるわい」
グルル……。牙を剥くレオンハルトの怒気を意地の悪い笑顔で受け流すルシファリアだ。
「息巻くのも今のうちじゃ。ふふふ、まずは貴様につける首輪を用意せねばのう」
「くっ」
カキッ! ハロルドが両手で突いた槍を片手で持った大戦斧で受け、そのまま斜に抑え込むガイゼルガの
「正直、お前の提案を聞いた時は嬉しかったぜ。
ガイゼルガの気合とともに、槍が大戦斧に弾かれ、間髪入れずに半月を描いて振り下ろされる。その一撃が重く、速い。
横薙ぎに繰り出されたアジェカーダの刃を受けたハロルドは槍ごと吹き飛ばされた。
冥猛星の
「ぐっ……これならっ!」
それでもハロルドの目は諦めていない。ガイボルグに雷をまとわせ、逆風を切って突きを放つ。その電撃は篝火をなぎ、聖闘円の地を焦がし、魔戦士の体を直撃した。
「……!」
だが、ガイゼルガは全くの無傷だった。わずかに白い煙が数本上っているに過ぎない。
「お前の誠意は素直に受けよう、ハロルド……。だが、この身に宿るのは魔王の星とルシファリアへの忠誠。裏切ることは相成らん」
ガイゼルガは叫ぶと、全身の筋肉を膨張させるように力をこめ、両手で大戦斧を構える。猛烈な勢いで沸き出す
「な、なに? この意味の分からない魂力は」
「ギャルガ、つかまってなさいよ」
「なぜ毎度俺の後ろに隠れるっ! 自分で何とかしろぉ」
慌てふためく部下を気にすることなく、ギルバンは屹立して兄の背を見守った。そしてハロルドの勇姿を目に刻む。万が一でもあの男が獅子に選ばれれば、遠からず魔王軍はあの男一人に打ち滅ぼされかねない。
「やれっ、兄者!」
「応ッ!」
それはまさに
雷光さえ呑み込むほどの爆炎。闘技場の土を大きく抉り、爆風は外壁をめくりあげて次々と宙に飛ばした。
それまでとは比べ物にならないエネルギーは真っ白い光を放ち、巨大な土煙を夜空に向けて吐き出した。それははるか空の上にまで達し、頂上はキノコのように開いて月を隠した。
「……」
もうもうと砂塵が立ち込める闘技場の様子は未だ不鮮明だ。爆発のショックで傾いたオグン像の肩にレオンハルトは立ち、雷槍を持つ青年の姿を探した。
「ぺっ、ぺっ! ガイゼルガのたわけめ、もう少し手心というものをじゃな……」
彫像の頭部に立つルシファリアはそう言いつつも満面の笑顔だ。素晴らしい
「死んだか……」
ハロルドは瓦礫の中に崩れ伏していた。雷の光も消え失せており、その近くにガイボルグも投げ出されていた。
ガイゼルガが大戦斧を肩に担ぎ、少しだけ哀しげな目をした時だった。
「――ッ⁉」
音がした。ガイゼルガは目の前で起こっていることに驚きを禁じ得なかった。瓦礫を払いながら、雷の粒がひとつ、またひとつとハロルドの身体に集まっていく。そして立ち上がる。血に濡れ、片膝をつきながらも、笑みを浮かべて。
「終わってない……まだ、やるんだ……民のために。君のために。レオの……力となるために!」
観客席(だった場所)からはどよめきが起こる。
「まじ?」
「化け物か」
「……い、いいから俺の上からどけ……。俺が死にそうだ」
仲間の壁となり、突っ伏すほどダメージを受けていたアロウィンにギルバンは手を貸して起こした。こほ、こほと短く咳き込んでから、アロウィンは改めて現状を見て言った。
「ギルバン! あの男は一体……」
「分からん……。だが、生かして帰すわけにはいかない。いつでも出られる準備をしておけ」
「ゴー・ヴァイダム!」
一方で立ち上がった男の姿は戦天使にすら戦慄を覚えさせた。
「信じられん。あの一撃を受けて何故立てるのじゃ。意味が分からんわい」
だが、レオンハルトだけは黙っていた。静かに、しかしどこか誇らしげにハロルドを見つめている。神々によって鋳造され、命を吹き込まれた瞳に、懐かしい男の面影が重なった。
ヒュー。私は――
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