荒ぶる魂

魔神がぁ、絶倒!

 場面はレイ達が駐屯するルクセイア国境沿い、リエル駐屯地に戻る。この場所を急襲したギルバンらジャニンドーの魔戦士達との戦いに区切りがつき、機罡戦隊が魔戦士を追い詰めて降伏勧告をする場面へ。


 時勢は現在、新世紀一〇二七年、十一月ノヴァンブル


 アイゼンホークの呼びかけに対し、ラセンとの戦闘で負傷したギルバンが籠城する魔力マナモビルから半身を乗り出し、交渉に臨むところから物語は再会する。



 ◇  ◇    ◇



「上から失礼するよ。そちらに降りて行きたいのだが、体が痛むものでね」


「それは許可できない。速やかに降りてきてもらおう」


「そう急くな、アイゼンホーク少佐。……ところで君は、アイゼンホーク社の役員だったな。魔王軍でもアイホークは人気で、私も世話になっていることは最初に伝えておこう」


「おやおや、是非アカウントをお教え願いたい。即刻『魔王軍、またはその協力者による不当な行為の防止等に関する法律』にて停止措置を取らせていただく所存」


 二人とも顔色は一切変えないまま、会話を続けた。お互いの腹を探り合っていることは傍目はためから見ているレイでも分かったが、自分が会話にまじるのは無理だとあきらめた。


「この壁」


 ギルバンはベヒーモスの作り上げた壁を見上げて言った。「外で我々を殺そうとする兵士達の殺意を遮ってくれている。彼らを守ろうとして作られた魔法の壁が、今は我らを守るとは皮肉だな」


「世界は皮肉を好む。だが皮肉で命は救えない。捕虜として扱ってほしくばこちらの条件を最初に飲め」


「条件というのは便利な言葉だ。私の故郷であるプルーアの大地でかつて列強国は条件を提示した。文明化と引き換えに、土地も人間も差し出せと。君の会社も、あの時の契約で鉱脈を得た。見返りは亡骸だけだった」


「アギン王の宣誓よりも遥か以前、一〇〇四年にジャンヌ・ヴァルトがプルーアに武力介入して私刑を含む強制労働の事実が浮き彫りになった際にアイゼンホーク社は正式な謝罪を表明し、調査を通じて再発防止策を講じた。君も我が社の処置に倣って速やかな降伏を受け入れてほしいものだ」


「そのための条件を交渉している。時間をかけて対話を重ねるのが文明国の礼儀では?」


「ケンプ」


 龍の使役者がさっと手を挙げるや、紅玉が火球を吐いた。ドカーン‼ 凄まじい熱と衝撃の後で炎が上がり、続いてもくもくと土煙が天に昇っていく。


「……ッ」


 それは直撃ではなく魔力モビルギャルギャノンの至近に落とされたのだが、ギルバンも爆風に身をかがめてしまうほどの威力があった。爆発のダメージで機体は揺らされ、履帯が吹き飛ばされた。


「わかった、わかった。そちらに降りる」


 そうして魔力マナモビルから飛び降りたギルバンだったが、その時の衝撃で激痛が走ったのか、顔をゆがめた。

 レイはエースライザーを構え、いつでも動ける配置につく。アイゼンホークが先程のギルバンの質問に答えた。


「礼儀は相手にそれを『価値がある』と認めさせたときに機能する。君はその価値を引き延ばしているだけだ」


「……なるほど忘れていたよ。君たちは昔から『交渉』の始まりに砲撃を使うのが礼儀だったな。鉱山でも、村でも――」


「言葉より先に届く砲弾の方が、よほど人を動かす。残りの者達も速やかに出て来ることだ」


 ゴ・ゴ・ゴ……。火龍の顎に魔力が集中していき、いつでも撃てることを誇示してみせた。 


「分かった、分かったから!」


 魔力モビルの中からそんな声がした。


「最初からそうしろってのよ」


 レイは彼らが観念して出てくるのを待つ。


「……」


 ところが一向に出てくる気配がない。


「何をぐずぐずしている! 早く出てこないと、もう一発お見舞いするわよ!」 


「お色直しぐらいさせなさいよ。これだから無粋な軍人てのは……」


 ドカーン! 紅玉の第二射が放たれ、今度は魔力モビルの無事であった方の履帯が木端微塵だ。


 これにはたまらず、グリンセルとギャルガ、最後にアロウィンが車体下部の底面脱出ハッチから這いずりながら出てきた。


「なにさ! 今、出ようとしていたところなのに、これは明らかに捕虜虐待だからね!」


「体が大きい分、出入りが大変なのだ。諸君らの行動には遺憾の意を表明する」


「文句は取り調べで聞く」


 上空から紅玉が威嚇しながら、レイとケンプが投降した魔戦士達を誘導し、壁の前に立たせる。するとベヒーモスの壁が動き、彼らを壁の中に抱き込むようにして拘束した。



 その光景を遠くから眺めていた碧玉はようやく安堵した気分になった。


「一時はどうなることかと思いましたが、彼らの身柄を無事に確保できてよかったのですわ」


「……」


 隣にいるラセンから何の返事がない。このひとの無愛想なところは許容しているが、何だか様子がおかしい。


「ラセン? どうかしましたか……」


 男は前を向いたまま、何も応えない。銀色の輪――緊箍児きんこじが、鈍く軋んだ音を立ててゆるんでいる。


「ま、まさか……」


 碧玉の瞳が見開かれた瞬間、爆風のような圧が四方へはしった。彼女のか細い体は吹き飛ばされ、地面を転がった。


「碧玉!?」


 紅玉の叫びと同時に、残りの仲間たちが碧玉の元へ駆けつけ、保護した。だが、彼らの視線の先にいたのは、明らかに


 肌は紫がかった灰色へと変色し、体は見上げるほどの大きさへ巨大化している。額には第三の眼が開き、背中からは炎と闇の蛇が現れ、これがうごめきながら胴体に巻き付いている。

 失われていた両目が開き、額の眼と共に冷徹な視線を落としていた。


「――っ、こりゃあ一体……どうなっちまってんだ」


 ケンプが碧玉を助け起こしながら、苦々しく異形に吐き棄てる。アイゼンホークは丸眼鏡の位置を修正しつつラセンであったものを凝視し、彼の頭部に装着されていた器具が外れていることを確認した。


「ラセンは自分に魔王の心臓が移植されたと言っていたな。その溢れ出す膨大な魔力を抑えるための役割を、あの銀輪が担っていたと……」


 魔王軍の狙いはこれだったのかと、アイゼンホークは臍を噛む。だが、どうやって? 緊箍児を操る呪文は現在カノンしか知らないはずだ。


「……冗談じゃないわ!」


 いつもの飄々としたラセンが罰ゲームガージュでもやっているのなら笑えなくもないが、これは度し難い。


碧玉いもうとに手を出したね……許さないよ、ラセン!」


 火龍の体が一瞬で赤い光に包まれ、高熱の息吹と爪撃が、魔神と化したラセンに向けて浴びせられる。


 炎が炸裂し、激しく燃え上がった。


 だが、その中心に立つ魔神は微動だにしない。


「――ッ!」


 巨腕が火龍の首を掴むと、凄まじい力で地面に叩きつけた。大地が裂ける。紅玉は原形を保てないほどの衝撃を受け、人の姿に戻って倒れた。


「紅玉!」


 レイは急いで彼女の元へ駆けつけ、肩に乗っけて走った。


 ゥアーッハッハッハッハァァァァァァァァァーーーーッ‼‼


 その背後で魔神が雄叫びかとまごう音量で絶倒*し、ビリビリと空気を凍てつかせた。


「なに笑ってんのよ!」


 絶対に許さない。襲いかかる絶望感をレイは燃える怒りで打ち消した。






*絶倒 笑い転げること。「抱腹─」。実は極度の悲しみやショックで倒れる意味もある。サブタイトルにマジン◯ーZと言いたかったわけでは決してない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る