武芸者と巨象

口上を切る

 レイは自分のタブレットの画面を指で弾いて、映像を空中に投影させた。それに一同が注視していると、真っ暗だった画像が切り替わり、風景が写り込んだ。広々とした平野と、所々に起伏や木々が見える。それから画面中央にほんのわずかではあるが黒い塊が視認された。


 少しだけカメラがそこによると、どうやら町のようだ。しかしそれがどこの町なのか、映像から判断するのは難しい。


「なによ、こんなものを見せていったい……」


 次の瞬間だった。画面が真っ白く光り、ザーッ、ザーッと画像にノイズが走った。ぐわっ、と撮影している人間の声をマイクが拾った。


くそっメルド! 誰だ、この距離なら安全だとか言ったやつは。すげえ衝撃じゃねえか!』


『いいからカメラを向けろ』


 悪態をつきながら、カメラマンは画角を正した。そこに写っていたのは、先程まであった町並みがきれいさっぱり吹き飛ばされ、もくもくと立ち上る黒煙であった。


「……」


『どう、気に入ってもらえたかしら? あはは……』


 皆が絶句する中、画像はぶつんと切られた。それと同時にカーテンが開けられ、一人の兵卒が慌てた様子で入室してきた。


「殿下! 殿下! 急報につき、失礼します」


 ヘイネは抱いていたミシューを丁寧に床へ下ろし、何事であるかと応対した。


「ライサンダー線を構築していた師団のひとつ、マンティエルマからの通信が途絶えました。情報小隊からの報告では、凄まじい閃光に続いて爆発音が轟いたとのこと。敵移動要塞からの砲撃ではないかと」


 その報告に場は緊張感と疑心に囚われた。


「じゃあ、さっきの映像は……」


「馬鹿をお言いでないよ」 と紅玉。「バラランダの位置からライサンダー線はどう考えても有効射程の外だろうさ」


「メッシュ。バハムートで現地の状況を知れないか」


「もうやっている」


 小クジラは瞳を輝かせると、そのまま空中へ大画面の魔窓を出現させた。そこに映し出された映像は遥か上空からエーテリア大陸を俯瞰したものであり、レイは興味深く画像に見入った。


「偵察機を飛ばしているの?」


「衛星だ」


 エーセイ? アイゼンホークの回答に、なんのこっちゃ、とレイはエルリックの顔を覗き込む。するとこの上官、分かりやすく動揺しながら言うではないか。


「……サファイア。説明してやってくれるか」


「はい、エリクソン三佐。バハムートは十六基の衛星を持っていて、旧世界における戦いではそれらを打ち上げて使用していました。衛星は千年を隔てた現在も衛星軌道上を周回していますが、バハムートの機能が完全に復調していないため、現状三基が稼働状態となっておりますの」


「エーセイキドーって……雲よりも上?」


「もちろん。バハムートの衛星群は合成開口探査術式を搭載しておりまして、およそ一〇〇〇㎞の上空から特殊な魔力波を地表に向けて照射し、反射した波を受信したらそこから必要な情報を……」


 レイが目を回している間にも画像は徐々に拡大していき、現在連合軍が駐屯するランスとルクセイア国境地帯の状況が次第にはっきりと映し出されていった。


「こ、これは……」


 ヘイネが思わず口を抑えるほど、それは悲惨な状況だった。かつてそこにあったであろう町は爆発で吹き飛ばされており、わずかに生き残った兵士が必死に救援活動をしている様子が断片的に写されていた。


「ユアン、この状況から見て、バラランダからの砲撃があったことは間違いない」


「馬鹿をお言いでないよ、メッシュ。当面動けなくしてやったのに、もう主砲が届く位置まで前進したっていうのかい?」


 紅玉の疑問にバハムートが敵の位置情報を魔窓に提示して応えた。それを見る限り、バラランダは彼女たちが暴れ回ったヴァルダベルグから動いていない。戦いから三日経った今でも所々に黒い煙を上げている箇所が確認された。


「あれが、バラランダ」


 紅玉の魔法で敵移動要塞の概要は知り得ていたレイだが、映像とはいえその大きさには驚嘆した。まるで一つの山か、島のようである!


 そんな恐るべきヴァイダムの超兵器ではあるが、解放軍ツヴァイハンダーと龍の姉妹、そして何よりそこで勤務していた元魔王軍少尉からもたらされた諸元を元にして現在の防衛線は構築されている。

 ライサンダー線は最大射程かつ威力を誇るバラランダ砲の射程外に設営され、侵攻して来るであろう敵部隊を迎え撃つための布陣だった。


「報告の中にあったアラヤシキによる異常な魔力炉心が復旧したのでしょうか」


「いや、それは考えられない」


 ヘイネの意見に否と答えたのはケンプである。「バラランダに特異点を生じさせるほどのエネルギーを付与するには、元からある炉心の他にもう一つ特殊な炉心が必要になる。あれは簡単に代替えの利かない旧世界の遺物だからな」


「なるほど」


 情報処理に関してレイは見ていることしかできない。対して碧玉は一度に何枚もの魔窓を開いて同時に情報を捌いていく。その所作は人間離れしており、筋肉の信奉者であるレイは感心して彼女の仕事を眺めていた。

 ところがそれまで滞ることなく情報を供与していたバハムートが突然画像を乱し、異様な挙動を取り始めた。


「あら、ら? どうしたの」


「こ、これは……衛星回線が敵性術式にハッキングを受けていますわ!」


「いかん! バハムート、すぐに回線を切れ!」


 アイゼンホークが怒鳴るのと同時にバハムートがボンッと火を吹き、黒い煙を上げながら床に墜落した。そのあおりを受けてアイゼンホークの丸眼鏡が吹き飛び、碧玉が展開していた魔窓にはすべてエラーが表示されて機能不全に陥っていた。


「か、回線が完全に抑えられてしまいました……!」


 呆然とする碧玉であったが、最初にバハムートが開いた大きな魔窓に今度は別の映像が現れた。それを見た者は一様に身構えた。

 そこ映っていたのは、黒い子供用のゴシックドレスに身を包んだ幼い少女であったからだ。


「うわっはっはっは、ごきげんよう諸君。機罡戦隊が雁首揃えて何をしているのかと思えば、人のねぐらを覗いていようとはのう。実にお笑い草じゃ!」


「……貴様が魔王軍の首魁か」


「むむ、そう言う貴様はグランディア軍司令であるか。大軍を率いるには随分と若造じゃが、まぁよい。初の目通り故、口上を切るとしよう。いかにも我こそは魔王軍ヴァイダムの首魁にして第六天魔王ハジュンの御子、冥魁星・白玉剣のルシファリアである! 以降諸君らには魔王ハジュンの悲願たるダイネハン計画遂行のため、先程吹き飛ばしてやったマンティエルマ同様、塵となって消えてもらう次第である。せいぜい短い付き合いとなろうが、よろしく頼む」


「ご丁寧なご口上恐れ入る。当方、グランディア遠征軍を預かるユアン・ライサンダーである。空翔ける戦天使に直々お声がけを頂き恐縮至極であるところ、哀しいかな貴殿らの宿願たるや歴史のてつを繰り返す愚行であると断言する。その力の使い方を改め、平和の礎とされるよう提言申し上げる」


「ほお、この私に対し力の使い方を説教するとは、よう言うたなユアン。その度胸に免じ、我らがどうやってお前たちの陣地を攻撃したのか教えてやろう。といっても難しいことは何もない。単にバラランダ主砲の射程距離が伸びただけのことじゃ」


「なんだと……」


「バラランダの演算装置たるゲヒルンもまた冥脳星の魔戦士ディアゲリエなのじゃよ。そして忌まわしき龍との戦闘を通じて魂力ヴェーダが底上げされたわけじゃ。これによりヴァイクロン兵と戦闘車両群も大量増産が可能となり、無敵の魔王軍機械兵団が今この瞬間に生まれつつある。いずれ貴様らが陣取るその場へ向けて大いなる進撃を開始することであろう。震えて待つがいいぞ、うわっはっは」


「ルシィ!」


「おお、レイ・アルジュリオ。昇進おめでとう。私からの祝砲はお気に召しいただけたかのう? いずれそこにおる龍の姉妹共々きっちりとお返しはしてやるゆえ、楽しみにしておるがよい」


「ふざけたことを……。カーバンクルは無事なんでしょうね」


 ふん、とルシファリアは画面の外に向かって何かを持って来いとの仕草をした。一体のヴァイクロン兵が彼女の元へ近づき、箱のような物体を手渡した。


「カーバンクル!」


 それは鳥籠であり、その中にはレイの相棒たる不思議な鳥の姿があった。

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