第30話 第3章 ロックにさほど知能は要りません。要るのは根気と感情です(10)
―次の日の昼―
季節は春から夏に変わる真っ只中だ。太陽の暑い熱気が、コンクリートに反射して自分の発汗器官を刺激して、ちょっと歩いただけで汗が噴き出してくる。
「はぁはぁ、今日は暑いな‥。半袖で来れば良かった‥」
昨日の夜に西郷さんから「作曲が完成したから明日の昼にでも部室に来れる?」というメッセージが来た。
メッセージを見た時の、第一の感想は「仕事はや!」だった。そして、改めてすごい先輩達なんだなって実感した。
正門を抜けて部活棟に向かうと、すでに音が漏れてきていた。ギターのアルペジオ、ドラムのリズムの確認、ベースの低音が、暑さを忘れさせてくれるような心地よい振動となって耳に伝わってくる。その心地良い振動に近づいていくほどに、心のワクワクが大きくなっていくのを感じた。
部室のドアをノックせずに開けると、中ではすでに南川・西郷・東ノ宮の3人が、音を合わせていた。
「お、来た来た、おはよう!藤田くん!」
南川さんがギターを肩にかけピックを持ったまま、こちらに手を振る。その笑顔を見ると、今日一日良い日になりそうだと思てしまう。
「藤田、昼前に来てくれてありがとう。藤田が描いてくれた詩にメロディーつけて、一応形になったから、聴いてみてくれないか?」
西郷さんがベースギターを持ったまま椅子から立ち上がり、譜面を手渡してくれた。
「ありがとうございます。早速、見させてもらいますけど、僕まだほとんど譜面読めないんですよね‥」
「そういえばそうだったな。じゃあ、実際に演奏したのを聞いた方が早いな」
「そっちの方が助かりますね‥」
「なら、Aメロからスタートしましょうか。昨日の夜、ノース先輩がいい感じのコード入れてくれて……それで、やっと曲がまとまったんだよね。それで、今のアレンジのまま、Aメロから演奏また始めよう!」
東ノ宮さんは、ドラムスティックでリズムをカウントし、演奏を始めリズムを作り始めて、その合図を皮切りに南川さんと西郷さんは音を奏で始めた。
演奏を始めたAメロは、静かなドラムのはリズムから始まり、重厚感あるベースと軽やかなギターの音色が響き渡る。その、抑えた始まりが逆にサビへの期待感を煽る。そして、サビが来た瞬間だった、身体に血潮が騒いだのが分かった。
「……おおっ」
口から、思わず小さな感嘆の声が漏れてしまった。
よく分からないがノースさんが入れたという、コード進行の小節が、曲全体をぐっと引き締めているのが素人目でも分かった。
演奏が終わると、少しだけ汗ばんだ顔で南川さんがこっちの反応をうかがうように言った。
「……どうだった?」
「正直、びっくりしました。Aメロの雰囲気もこの歌詞に合っているし、サビに行く流れ、すごく自然だし……なんか、もうライブで聴こえてくる音になってるって感じでした‥」
俺のその発言に、南川さんと東ノ宮さんが思わず顔を見合わせて、ふっと笑う。
「作曲したのが私たちだからね、そりゃあ良い曲になるよ。それに、私たち演奏上手いでしょ。色々あって難しい曲になってしまったけど、私たちにかかれば、演奏もサマになるでしょ。まぁ、まだまだ上達するけどね!」
ギターを肩にかけながら、南川さんは褒められて嬉しそうに、満面の笑みでそう言った。
「今日の朝から練習して、ここまで出来るなんて、先輩達は本当にすごいですね‥」
「フッ、褒めたって何にも出ないぞ‥」
そう言いながら、西郷さんも嬉しそうに小声で言った。
「そういえば、ノースさんはまだ来てないんですか?」
「あー、あの人は毎晩お酒飲んでるから、朝が弱いんだよね。心配しなくても、もう少ししたらいちゃんとやって来るよ」
「なんか、ノースさんが一番ロックな生活してますね‥」
逆に他の先輩方が、規則正しすぎるだけなのかな‥。
「まぁ、あいつは心配しなくても大丈夫だろうから、ボーカルの藤田くんも交えながら、ちょっと試していこうか?」
その南川さんの言葉に、緊張もしたがそれよりも、大きく胸が高鳴った。この演奏に自分の声が載せられると考えると、緊張もするがワクワクが勝った。
「分かりました。でも、失敗したらすいません‥」
「フッ、本番までの失敗は、何回でもして良いぞ。その代わり、良いもの一緒に作ろうぜ」
「は、はい!」
「それじゃあ、藤田くんの準備が出来次第、始めよっか!」
その、言葉に対して『うん』と頷いた後、持っていた荷物を置き、歌うためのストレッチを軽く行った。その時、部室のドアが開く音がした。ドアの方を見ると遅れたことを気にする様子がなく、むしろ涼しげな顔をしたノースさんが入ってきていた。
「お疲れ様です。ノースさん」
「お疲れさま、合わせにギリギリ間に合ったってところかな。私もすぐに演奏の準備をするよ」
そう言うと、キーボードのセッティングをテキパキとして、ノースさんは何食わぬ顔で、他の先輩方と同じようにいつでも演奏を始められるっと合図を送ってくれた。後は、俺の準備だけだ。
「えーと、それじゃあ、よろしくお願いします。精一杯歌います」
その言葉を聞いて返事をするように、南川さんはその場にいる全員に向けて言葉を発した。
「何気にこの5人で演奏するのはこれが初めてね。私は、このバンドがどこまで行けるか楽しみで仕方ないわ。これから、ワイルド・マックス・フェスまで駆け抜けていきましょう!そして、まずは、その前哨戦のライブまでこの曲を良いものにしていきましょう!」
「はい!」
「おう!」
「頑張りましょう!」
「私がいるから大丈夫だ!」
南川さんの掛け声と先輩達の心から自信が出てる声を聞くと、不思議と大丈夫っだて思えてきた。今なら、思い切り歌えそうだ。大きく息を吸って吐いて、呼吸を整えた。そして、始まりの合図を東ノ宮さんに送った。
「よし、じゃあスタート!」
小刻みに響く心地の良いドラムの音が部屋の中を包んだ。その音を皮切りに、ギター、ベース、キーボードの音が交わり、1つの曲になっていった。その音の波に飛び込むように、自分の腹の底から声を出した。その瞬間、自分の中の殻がまた一つ破れた気がした。ライブまでの残りの時間、悔いなく過ごすために俺は、無我夢中でその音の波に潜っていった。
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