第12話 第2章 音楽は会議室で完成するんじゃない!現場で完成するんだ!(6)

 道路は、帰宅ラッシュ前でいつもよりも少しだけ混んでいたが、渋滞が気になるほど混んではいなかった。それよりも、バイクに乗って走ることの爽快感の方が圧倒的に強く感じた。

 

 バイクの2人乗りは、人生初めての経験で、経験するとも思っていなかった。バイクに乗って走る光景は、歩いて眺めるだけの光景よりも綺麗に見えて、ジェットコースターに乗っているかのように、見える光景がずっと変わり続けていた。正直、変わり続ける景色を眺めるだけで、めっちゃ楽しい。


 俺は、バイクから振り落とされないように、西郷さんの背中にしがみ付きながら、ヘルメット越しに見える景色を目に焼き付けた。


 校門を出てしばらく駅の方に向かって、走るとすぐにパンプキンの大きな看板が見えてきた。西郷さんは、駅の近くにある有料の駐輪場の近くに着くと、『降りろ』と手で俺に合図を出した。


  流れのままに、俺はバイクから降りた。俺がバイクから降りたのを確認すると西郷さんは、徐行で再び走り出した。そして、有料の駐輪場の中に入って行った。

 

 ヘルメットを脱ぎ、その場で佇むだけの時間は、なんだか新鮮だった。そして、数分バイクに乗っただけなのに、さっきまでとは、違う視点の高さに少し違和感を感じながら、西郷さんがバイクを駐輪場に置いて、出て来るのをその場で待った。


 西郷さんが出てくるまでの間少し考え事をした。西郷さんの言ってた、『リスクの何もない人生って楽しいのか?』という言葉が、頭の中で何回も反芻していた。多分、西郷さんは、これまでに色々な経験をしてきたんだろうな。チャラチャラしているように見えて、俺なんかより、よっぽどちゃんとしている人だと思った。そう思うと同時に、心の中にちょっとだけあった恐怖心と緊張感が、だんだんと憧れに近い尊敬の気持ちに変わっていくのが分かった。

 

「お待たせ、駐輪場の中がだいぶ混んでてさ、思ったよりも時間かかってしまったよ」


「いえいえ、全然待ってませんよ。それより乗せてくれて、ありがとうございます」


「どうだった、バイクの後ろに乗ってみて?」


「とても楽しかったです!普段の道がなんか、新鮮に感じれました!」


「そうか、なら良かったよ。新しいことを経験すると楽しいもんだろ」


「はい、そうですね」


「初めは、バイクに乗せる気は無かったんだけど‥」


「そうなんですか。じゃあ、なんで乗せてくれたんですか?」


「まぁ、リスクばっかり考えて何も行動しない方が、楽しいことが何にも起こらなくて、よっぽど損だってことが分かって欲しかったんだよな。音楽でも、バイクでもなんの役に立つんだって、馬鹿にしてくる奴がいるけど、そんな単純なことじゃないと思うんだよな。『やりたいから、やる』や『なんかワクワクするから、行動してみる』そんなもんで、行動の動機は、全然いいと思うんだよな」

 

 いきなりの熱い話に、反応に困ってしまった俺は『ありがとうございます』としかその場で言えなかった。


「うちのバンドに入るなら、チャレンジ精神を忘れるなよ。やりたくなったら、即やる、ぐらいの感覚で大学生はいいんだよ」


「分かりました。心のメモに留めておきます」


「じゃあ、ここで立っているだけなのも、時間の無駄だから先にパンプキンの中に入ろうか」


「そうですね、先に入って部屋を確保しておきましょうか」

 

 そう言い終わると、パンプキンのある方に向かって2人並んで歩き出した。歩きながら、この後に歌う曲について、自分が歌える曲の中で皆んなが分かる曲を頭の中でピックアップした。そうしたら、ある重大な事実に気づいた。それは、俺が歌える曲の中で、まともな曲が少なすぎることだ‥。いつも1人で、カラオケに行って独唱を楽しんでいる俺が、カラオケで盛り上がる曲なんて分からない‥、アニソンでいいかな‥。


―銀行の入り口―


 大学の目の前の歩道は、大学から次の目的地、例えばバイト、ギャンブル、飲み会などに行く学生達で混んでいた。また、その隣の道路には、早く家に帰って、明日に備えたい社会人を乗せた車が多くなり、渋滞してきている。その様子を大学を出てすぐ近くにある銀行の入り口から、電子タバコを吹かしながら、幼女が目新しい物を見る目でずっと観察している女性がいた。


 銀行から、ギターを背負った女が出てきた。


「お待たせしてすいませんでした。お金降ろしてきましたよ、東ノ宮先輩」

南川がそう言うと東ノ宮は、咥えていた電子タバコの電源をオフにして、喋り出した。


「全然、待ってないよ。私も降ろしに来たかったしね。それより、早く行かないと、2人を待たせちゃうね」

「そうですね、私、タクシーでも呼びましょうか?」


 南川は、手にスマホを持ち今にでも、タクシー会社に電話をかけようとした。


「いや、そこまでしなくてもいいよ。相変わらず、金持ちムーブかますね、南川は」


「そんなことないですよ。少しでも早くパンプキンに、つけばいいかなっと思って‥」


「さっきから、外の道路を見ていたけど、この時間の道の混み具合なら、車で行くよりも歩いていく方がパンプキンまでなら、早いと思うんだよな。もう少し、早かったら車なりバイクで行った方が早かったかもね」


東ノ宮の話を聞くと、南川はタクシーを呼ぶために、手に持ったスマホをポケットに入れた。


「確かに、今の時間は帰宅ラッシュで道が混んでいますもんね。それじゃあ、歩いて行きましょうか」


「うん、そうしようか。そう言えば真美ちゃん、足が痛いんでしょ」


「え、なんで分かったんですか‥?」


「だっていつも履いているヒールじゃないし、なんとなくだけど、歩き方がいつもよりもぎこちなかったよ。まるで、右足を気にしているように見えたんだよね」


「すごい全部合ってます。実は、初期の外反母趾いう足の病気になっていて、医者から、しばらくヒールを履くの禁止されているんですよね。まぁ、初期だからそんなに心配する必要はないみたいですけど‥」


 外反母趾とは、簡単に説明すると、ハイヒールなどのヒールが高い靴や、足に合わない靴を使うことによって、足の親指が小指側に変形し、『くの字』になる状態になる病気だ。


「さすが、東ノ宮先輩ですね。その観察眼には、参ってしまいますよ、まさに名探偵って感じですね」


「もう、そんなすごくないよ。ただ単に、昔からの癖で人の癖とか行動をよく見るだけだよ。それよりも足が痛いなら、やっぱりタクシーで行こうか、それかまだ、バスの便があったかな少し調べてみるね。その方が南川ちゃん的には、良いでしょ」


「そうですね。お気遣いありがとうございます」


 東ノ宮は、スマホを取り出し、大学の近くで運行している路線バスの時刻表を確認した。


「あ、一本だけ駅向きのバスがこの後に、大学前のバス停に来るみたいだよ!」


「じゃあ、それに乗ってパンプキンまで行きましょうか」


「そうだね。あ、真美ちゃんの荷物持ってあげるよ。足の負担少なくしないとね!」


 そう言って、東ノ宮は南川の鞄を持った。その光景を見てると、後輩想いのただの優しい先輩にしか見えないだろう。


「あ、ありがとうございます。お気遣いすいません、ギター以外をそれじゃあ、お願いしたいです」


「おうよ!任されたまえ!」


 東ノ宮がそう言うと、2人はゆっくりとバス停に向かって歩き始めた。バス停までは、歩いて、5分もしない場所にあるので、東乃宮は南川の小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。歩きながら、東ノ宮は南川に話しかけた。


「それにしても、なんで痛くなるまで、ヒールを履くかな?南川ちゃんは、もっと早く痛くなるのに気づいてたでしょ」


 少し悩む様子を見してから、キリッとした表情で口を開いた。


「うん、ヒールってかっこいいじゃないですか?ヒールだけを履き続ける理由なんて、それだけですよ。バカと思われてもダサい靴は履きたくないし、ダサい服も身に付けたくないんです」


「ハハ。流石、現役バリバリのロックンローラーだね。普通に考えたら、意味わかんないこと言っているよ。でも、真美ちゃんのそう言うむちゃくちゃな所、嫌いじゃないよ。むしろ、人間の理屈じゃ割り切れない部分が、いっぱい出ていて良いと思うよ!」


 東ノ宮は、少し笑いながら南川の方を見ながらそう言った。


「それ、褒めてますか?」


「私は、真美ちゃんのそう言う所が良いなって思っているだけだよ。あ、そうそうアプリの案内によると、あそこのバス停から乗っていく感じかな。もうそろそろ、バスも到着するみたいだよ」


 バス停に後少しで、2人が着きそうになったその時だった。後ろから渋滞から抜け出して、バスが南川と東ノ宮の横を通り、バス停にゆっくりと止まった。バス停に止まったバスは、深呼吸をするようにその場で『ブシュー』とガス抜きをするような音を立てた後に、乗り出し口のドアが開き、折り畳んであった階段を展開した。


 南川と東ノ宮は、少しだけ小走りになり、バス停にすぐに着いた。二人は、勢いそのままでバスに乗り込んだ。


 バスに乗り込んだ、2人はICカードを決済するパネルにタッチして、空いている席にまで座った。


「ふー、バスに間に合って良かったね!」


「そうですね、後は駅前まで行って、降りるだけですよね」


「うんうん、そうだよ。そう言えばさ、向こうの2人は大丈夫かな」


「向こうの2人って言うのは、西郷と藤田くんのことですか?」


「それ以外にいないよ。まぁ、西郷くんは後輩が出来て嬉しそうだったけど‥」

 東ノ宮は、そう言うと表情が少しだけ硬くなった。


「藤田くんの方に何か気になる点でも、あったんですか?確かに、まだ頼りないところがあるけど、そんなに心配ですか?」


「いや、普通に部活に入るだけなら全然私もウェルカムだけど、いきなりボーカルに抜擢するほどの実力があるとは、正直思えないんだよね。何というか、歌が上手いだけなら、真実ちゃんの方がかっこいいし、今のままで私はいいと思うのよね。何で藤田くんにこだわるのかが、分からないんだよね」


「まぁ正直、そう思いますよね」


「いや、真実ちゃんもそう言ったらダメでしょ!一応彼の推薦人なんだから!」


「ははは、そうですね。あの日カラオケボックスで彼を見た時に彼にしかないなって思ったことがあるんですよね、それが彼を誘うきっかけですね」


「ふーん、それは、一体何なの?」


 南川は、しばらく頭に左手を添えて、考え事をする時のポーズを取った。そして、考えがまとまると、頭に添えていた左手を除けてから、ゆっくりと語り出した。


「初めて、彼の歌声を聴いたときに、現状への不満、今の自分への焦燥感、そして、それを乗り越えて新しい何かになりたいたいという、彼の欲望を少しだけ感じたんですよね」


「ふむふむ、それで?」


「なんて言うか、ただ単に歌が上手いだけなら、私がすれば良いと思うんですよね。極端な話、今の時代なら人口音声でもそれなりに、歌として及第点を出せるけど‥、それじゃあ、何の為にバンドをするのって思いませんか。ちょっと、古臭い考え方と思われるかもしれないけど、ライブとか生の演奏で、見ている人を感動させるためには、歌う人が歌う曲にどれだけ感情を乗せて、情熱を注げるかが、キーポイントになると思うんです。私は、上手いとか下手とかよりも、感情を揺さぶられる歌唱や情熱を見せてくれる人がバンドのボーカルになる方が良いと思うというよりも、好きです。藤田くんをボーカルにしようと思った理由は、そんな感じです」


「ふーん、なるほどね。真実ちゃんの考えていることは、よく分かったよ。ほとんど博打だね。やっぱり、真実ちゃん面白いね。でもさ、藤田くんは、まだ私たちも含めて、この世界に完全に心を開いてないけど大丈夫かな。真実ちゃんの言っていることは、藤田くんが心の奥底から、マグマのように情熱と感情を出すのが前提な気がするな。私たちは、ステージに立ってそういうのに慣れているけど、まだひよっこバンドマンで、さらに内向的な藤田くんに感情を振り切った歌唱が、できるか私は疑問だな。もしかしたら、プレシャーで潰れる可能性も頭の隅に置いておいた方が良いと思うよ」


「そうですね。とりあえず、この後のカラオケで少しだけ鎌を掛けてみようかと、思っています。判断はそれからでも遅くないでですよ」


「そうだねー。とりあえず、カラオケ楽しもっか。藤田くんの歌声聞くのが楽しみだな」


「まぁ、もし藤田くんがダメダメだったら、容赦なくクビにしようと思っています‥」


 南川は、冷静沈着にボソリっとそう言った。その言葉を聞いた瞬間、東ノ宮はニヤリっと不適な笑みを作った。


「これから、色々楽しみだね!」


 2人が話している間に、バスは駅の方にだいぶ進んでいて、もうすぐ駅前のバス停に着きそうだった。そして、2人が降りるために荷物を持とうとした時だった『まもなく、駅前に止まります。バスが完全に止まってからお立ちください』と車内アナウンスが鳴った。そのアナウンスが鳴った約30秒後にバスは駅前のバス停に止まった。


 駅に着くと、乗客の多くはそこで降りるのだろう、皆一斉に立ち上がり前の方に行き、バスから降りた。もちろん、南川と東ノ宮の2人もこのバス停で降りた。


 降りた先の駅周辺は、薄らと空が暗くなり、街灯が点灯し、これから始まる夜に向けて準備しているようだった。


「ふー、ようやく来られたね。それじゃあ、パンプキンまで行こうか」


「そうですね。あ、その前に西郷たちに、もうすぐ着くと連絡しておきますね」


 南川は、そう言うとスマホを取り出し、連絡を送るためにメッセージアプリを開いて西郷とのチャットルームに入った。


「ん、何だこれ?」


「どうしたの、真実ちゃん?」


「つい5分ほど前に、西郷から『やばい、藤田がヤンキーに絡まれて、逃げ出した。カラオケとか、それどころじゃない‥』ってメッセージが来ていて‥」


「何それ!とても面白そうな状況じゃん!」


 女児が可愛いものを見るような、クリクリとした目で東ノ宮は、そう言った。

「と、と、とりあえず。パンプキンに急いで行きましょうちゃ‥」

 

 頭の中で、全く予想していなかった計算外の出来事を前に、南川はいつもの冷静沈着さを失いかけていた。


「そうだね、とりあえず、現場まで行かないと何があったか分かんないから、行こうか!」


 南川がスマートホンをしまうと2人は、パンプキンのある方に向かって、少しだけ歩いて行った。その時に南川は、驚きでアドレナリンが出ていたのだろうか、足の痛みを感じる素振りはなく、颯爽と走っていった。

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