アウトキャスト(火・木・土曜日更新)
黒バス
第1話 プロローグ
目の前に淡いピンクの花びらがスーッと横切った。
斜め上を見ると、この前咲いたばかりと思っていた、道路の桜が軽い風が吹くだけで、パラパラと簡単に散り始めている。月日の経過をヒシヒシと肌で感じるのがこんなにも辛いのは初めてだ。
大学に入学してから、もう約1ヶ月が経った。大学に入学する前は、クラスの隅で暗くてジトジトしていた高校生活がついに終わって、俺にもついに青い春が訪れると思っていた。例えば、新しい出会いから恋人が出来たり、友達と馬鹿みたいにお酒を飲んで、ちょっと悪い夜遊びをしたり、そんなパヤパヤした華やかしい日々が待っていると思っていた。
だけど、もう青い春は始まるどころか終わりそうだ。
「どうした、藤田氏よ。急に黙り込んだりして」
この身体が縦にも横にもでかい男は、高校の時からの数少ない友達の山口だ。山口との出会いは、高一の時にアニメショップで当時推していたアニメのヒロインの限定グッツを買いに行った時に、偶然出会って意気投合してから今にまで至る。それから、山口とはクラスの隅で一緒にダンゴムシのように気配を消してクラスの空気に共に擬態していた。
「いや、なんでもないよ。ただ‥、時が経つのは早いなと思って‥」
「藤田氏は、そんな感傷に浸るタイプだったでしょうか?」
「いやいや、そんな重いことじゃなくて、体感的に時が経つのが、最近早いと感じるんだよな。この前入学式があったのになーって、この調子だとあっという間に大学卒業して、社会人になってしまうんだろうなって、思ったんだよ」
「何をおっしゃいますか、まだ、拙者たちの大学生活は始まったばかりですぞ。さあさあ、そんな気を落とさずに、午後から始まる授業に行くですぞ。勉学こそ、学生の本分でございますからな!」
「そうだな、せっかく大学に入ったんだから、勉学に励まないと学費が勿体ないよな。気を取り直して今日の授業に行こうか」
「そうこなくては!そう言えば藤田氏は、今期の一推し神アニメ『モチの子』を視聴しているでござるか?」
「あー、あれね。まだ見てないんだよね。実際どんな話なの、あれ?」
「ふーむ、サスペンス的なノリで話が進んでいくでござるが、ヒロイン達がとてもポップな雰囲気を出していて、サスペンスとしては見やすい作品という印象でござるな。ちなみに、拙者の一推しは主人公の妹の『マリンちゃん』で候う」
「ははは、相変わらず妹属性のキャラが好きだな、山口は」
「妹こそ神でござる!!!」
こんな感じの高校の時からしている会話をしながら、俺は山口と一緒に、いつものように再び大学に向かい始めた。だけど、顔には出さないが心の中には、モヤモヤがまだ残っている。なんというか、平穏な毎日を過ごすのもいいが、少しスパイスの効いた経験をして見たいと思っている自分がいる。『ザ・青春ドラマ!』のようなことを一度でいいからやってみたい。
そんなことを考えながら、俺と山口は決められた動きをするロボットのように、授業が行われる教室に着いて、授業のノートを取った。ノートに書いた内容は覚えていない。
夕方になり山の向こうが、薄らオレンジ色に染まりかけている。今日の授業が終わり、なんてことない1日がまた終わる。365日は、この繰り返しであっという間に過ぎて行く。長く伸びた自分の影を見ながら、そんなことを考えた。
山口は学校の先生になりたいらしく教職課程の授業があるからと、まだ大学に残って教職課程の授業を受けている。相変わらず、真面目でいい男だ。
大学に入学してから、気づいたことがある。みんな何か熱中していることがある。だけど、俺にはない。これまで、平々凡々でさざ波な人生な俺には熱中できることがない。周りを見ると、何かに向かって頑張っている人と何者でもない自分を比べてしまい、その差から目を背けたくなる。そんな考えを頭の中で、ずっと反芻して出てくる答えは、いつも一緒だ。
『自分を変えたい』と。
この言葉をグッと飲み込み、「はぁー」とため息を吐いた。ちょっと考え過ぎているようだと自分に言いきかした。
ふと目の前を見ると、もう駅のすぐ近くまで来ていた。駅の近くの道には、飲食店や娯楽施設が多く、夜になってもお店から漏れて出る光が、周りを明るくし、昼よりも夜の方が煌びやかな印象が強い。
煌びやかな風景を見ていると、その中に、一つ大きな文字で『カラオケボックス・パンプキン』と書かれてある小さな商業ビルがあった。
「カラオケか。久しぶりに行ってみるか」
そう呟いて、俺は『カラオケボックス・パンプキン』に向かって歩き始めた。カラオケは、昔からよく行ってた。何か嫌なことがあった時は、カラオケで歌を歌ってストレスを発散していた。あと、普通に歌うのが好きだったというのもある。
お店について入り口のドアを開けて、中に入った。パンプキンの中は、壁にカラオケボックスの広告が貼ってあったり、演歌歌手のポスターが貼ってあったりと、少し古い雰囲気を感じたが居心地は悪くなかった。俺は、店の中をキョロキョロと見ながら、受付に向かった。
受付に着くと「いらっしゃいませ、こんばんは。お時間は何時間にされますか」とアルバイトの女の人に聞かれた。
「2時間でお願いします」
「わかりました。学生証持っていますか?有れば、学割が使えるのですが」
「あ、ありますよ」そう言って、財布から学生証を出して、目の前に見せた。
「はい、大丈夫です」そう言って、受付の女の人は、部屋番号とレシートを合わせて、渡してくれた。
ドリンクバーで指定された部屋に着くと、カラオケの画面には全然、知らない最新のアイドルやバンドの広告が自動で流れていた。
それから、1人カラオケを二時間みっちり楽しんだ。個人的には、複数人で行くよりも一人で行く方が気軽でいい。
歌う曲は、俺の見た目とかけ離れていると思うが、アップテンポで激し目の曲が好きでよく歌った。大声で歌っている時は、嫌なことを忘れられる。カラオケは、俺にとって数少ない趣味だと胸を張って言える。この時間が永遠に続けばいいのにと思いながら、パンプキンから帰った。
明日も大学に遅れないように、早く帰って明日の準備をしないといけない。カラオケで喉がひりつく中、急いで家に帰った。
そして、今日という二度と戻らない日が終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます