第19話 予期せぬ再会

 日が落ちてから、マグヌスは、もう一度あの魅力的なペトラという少女のいたペダルタを訪ねようとした。書き入れ時で裕福そうな男たちで賑わっている。り切れた衣装に帯剣したマグヌスは否応いやおうなく目立つ。


 向かいの大橋に差し掛かったところ、急に背後に殺気を感じた。


「むっ!」


 とっさに身をかわす。

 斬りつけてきたのは覆面の大男。

 ビュンと横ざまに来る太刀風を、抜き合わせた剣で下からはね上げた。


「何だ、何だ」

「斬り合いだ! 逃げろ」


 あたりの騒ぎをよそに二人の争いは続いた。

 がっきとつばぜり合いの形になる。


 ぎりぎりと刃をきしませながら、覆面の男はマグヌスを橋の欄干らんかんにすごい力で押し付けてくる。


 耳元で、


「やられたふりをして河に飛び込め」

 

 その声に聞き覚えがあった。


 マグヌスはためらわず身をよじって、背中から欄干を越え、真っ暗な河の中に身を投げた。


 河の流れは速かった。

 マグヌスは水の中で剣を鞘に戻し、もつれつく上衣を何とか脱ぎ捨て、流れに逆らわず下流へと泳ぐ。

 

 小ゲランスの町の灯火も見えなくなるあたりまで流れにそって泳ぎ、真っ暗な中周囲を見回すと、右岸に小さな明かりが見えた。


 明かりは意味ありげに左右に振られている。


 右岸は砂州になっており、マグヌスは自然にそこに流れ着いた。

 

「大丈夫?」


 灯火の持ち主が駆け寄ってきた。


「……ペトラ!」 


 あのペダルタにいた魅力的な少女である。

 黒髪は闇に溶け込んで見えないが、蠱惑的こわくてきな緑の瞳は灯火の明かりを受けてキラキラときらめいている。


「説明してくれないか?」

「ちょっと待って。あの人が来るから」

「わかった……」


 マグヌスは座り込んで、大きなクシャミをした。

 ペトラがくすくす笑って服をよこした。


「後ろ向いて見てないから着かえて」

「ありがとう」


 少し大きめだが、手触りは普段着ているのよりよっぽど上等な上衣と肌着だった。

 ペトラがそっぽを向いている間に、背を向けて胸の烙印スティグマを隠しながら急いで着かえる。


「おーい!」

「ここよ」


 呼び声に、ペトラが灯火を高く掲げた。



 やってきたのは先ほどの大男である。彼は覆面を取った。


「ルーク。やはりあなたでしたか」


 とび色の髪に黒い目。上背のある体格。間違いない。

 先のアルペドンとの戦いのときに剣を交え、後に石牢から救い出してやった男。


「メイで養生させてもらって回復してな。お前の後を追ってこっちに来てみたが、ちょっと……」

「遊びたくなったんですか?」

「うむ。ペダルタで用心棒をやっている」

「なるほど」

「ボロを来たマグヌスという男を殺ってくれと言われて、お前のこととピンと来たんだ。雇い主の意向に背くわけにはいかないが、お前には恩がある。で、とっさに思いついたんだ」

「とっさにという割には周到でしたね。それに、私はまたあなたに負けてしまった」


 ルークは苦笑いした。


「お前の実力じゃあないことは承知しているよ。将軍様」

「やめてくださいよ。王と評議会にいただいた肩書だけですから」

「ん?」

「領地もない、実績も大してない、ないないづくめです」

「そうなのか?」

「部下はいますがね。その辺の腕自慢を集めた傭兵集団のようなものです」

「それでは将軍とは言えんな」

「だから、肩書だけの将軍なんです。ただ、剣の腕だけは他の将軍に認められていますがね」


 そのいきさつはこうである。


 マッサリア王直々の計らいで追放先のナイロから呼び戻され、評議会の承認のもと将軍の一人に任命されたとき、当時は「マッサリアの四つ星」と呼ばれていた将軍たちは当然のごとく反発した。


 なかでもマッサリア生え抜きを自慢する老将ピュトンと黒将メラニコスは露骨に反対した。


「それならば、まずは剣の腕比べでもするか」

 

 マッサリア王は、よい退屈しのぎだと言わんばかりにメラニコスとマグヌスに御前試合を命じた。

 黒い鎧を着たメラニコスは剣を抜き、上段の構えを取る。

 対してマグヌスは柄に手をかけ姿勢を低くしたまま動かない。


「行くぞ」


 メラニコスが渾身こんしんの力を込めて振り下ろす。


 マグヌスは後ろに下がるかと思いきや、思い切り前に踏み込んだ。

 二人の姿が交差した。


「むうん」


 と低い声をあげて倒れたのは黒将の方だった。


 マグヌスは剣を抜いてさえいない。

 黒将の部下が色めき立つのを手で制し、


「口の中を切っただけです。心配ありません」


 黒将の内懐に飛び込んだマグヌスは、剣の柄頭つかがしらで思い切り黒将のあごを突き上げていたのだ。

 たったそれだけだが、大の男を気絶させる破壊力があった。


「ピュトン殿、不満があれば今度はあなたの相手をいたします」


 挑戦的な視線に射すくめられて、老将ピュトンはもごもご言いながら王の御前を去った。


「マグヌス、見事!」


 王は上機嫌だった。


「ナイロで、よほど良い師匠に恵まれたとみえる」

「はい」


 細い枝をだけを持って弟子を指導していたアーナム師の姿が脳裏をよぎった。

 この決闘から、マグヌスの実力は認められ始めた。



「剣を学ぶのはずいぶん反対されましたがね」

「そうなのか? お前は、なぜ南の国などにいたのだ?」

「長い話になりますよ。もう十年以上昔のことです……」


 マグヌスは、自分が南の国に追放されたいきさつを語り始めた。 



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