第一章 運命の子ら

第16話 刺客

 深夜、マッサリアの王宮の一角。

 刺客は足音も立てずに標的のそばに忍び寄る。

 窓から差すの薄明りの下、標的は眠っているはずだった。


「何者だ!」


 突然、眠っているはずの者が、厳しく誰何すいかし、上掛けをはねのけた。

 驚愕きょうがくした刺客の持つ短剣が宙を切る。

 

 殺気に反応したテトスは部屋のすみまで飛び下がり、剣を構えていた。

 これでもマッサリア五将の一人、智将テトスと呼ばれる軍人である。


 刺客は短剣を逆手に持って相対した。


「ゲランスの者だな」


 テトスが驚くほど早くミタール公国から王都に帰ったため、素早く軍を引いた隣国ゲランス王国だが、マッサリアへの敵対心をあらわにしたことに違いはない。


 背後には反乱をおこしたアルペドン王国の影があるとテトスは考えていた。


「良くここまで入り込んだな。めてやる」


 返事は無い。代わりに短剣がきらめいた。


 狭い室内、一見短剣に有利だが、室内戦にも慣れているテトスは楽々と相手をあしらう。

 身体ごと突っ込んで来たのを左に一歩寄って避け、勢い余ってたたらを踏む背中をり飛ばした。


 どうっと、壁にたたきつけられる。

 壁飾りの布が降ってきた。


 テトスは布の上から刺客を組み敷き、短剣を奪った。


「誰か! 松明たいまつを持て」


 将軍テトスに割り当てられた王宮の一室でのこの騒ぎ、彼の大声に配下の兵士があわてて駆けつけた。


「侵入者だ。見張りは何をしていた?」

「申し訳ございません!! テトス様、よくぞご無事で……」

「殺さぬように城の地下牢へ連れていけ。俺直々じきじき、尋問に立ち会う」


 そして、寝台に半裸の身体を起こし、茫然としている妻の乱れた髪をなでた。


「メリッサ、もう済んだ。朝までゆっくり寝なさい」


 テトスは、侍女たちを起こすまでもないと、自分で衣装を整えながら、


「眠りの神よ、明日こそは我に安息を与えたまえ」


 と、苦笑交じりにつぶやき、そのまま地下牢へおもむいた。




 刺客は両手首と両足首を縛られ、地下牢の低い天井から鎖でつるされていた。

 松明の薄暗がりの中で、びしり、びしりと、革のむちを振るう重い音がする。


 男は、そのたびにうめいたが、猿轡さるぐつわをはめられていて、声にならない。


「これくらいでどうだ?」


 と、兵士が鞭を捨てて、猿轡をはずした。


「なぜ、テトス将軍を襲った? 訳を言え!」


 つるされた男は返事の代わりに、ペッと血の混じったつばを吐きかけた。


「こやつめ!」


 鳩尾みぞおちにこぶしをたたき込む。


「うう……」


 うめくが、獣のように光る眼は強さを失っていない。


「今度は逆さづりにしてやる!」


 兵士はいきり立った。

 ガラガラと滑車かっしゃの回る音がして、男は床に落下した。


「待て、こやつ、簡単には口を割らぬわ」

「……テトス将軍」

「無理に責めると死んでしまうかもしれん。そうなっては元も子もない」


 ついさっき命を狙われたというのに、信じられない落ち着きっぷりだ。

 その様子にいきり立っていた兵士も平常心を取り戻す。


「いったん鞭打ちはやめて、牢に入れろ。自死せぬように縛り上げて、見張りをつけておけ」

「承知しました」


 テトスは、血と脂と松明の煙に満ちた地下牢から外へ出た。

 思わず深呼吸する。

 遅い朝の光が彼を迎えた。


「マグヌスを呼べ」

「はっ」

  


  

「……というわけだ。身なりからゲランス王国の者と思われるが、どう考える?」


 奪い取った短剣を見せながら、テトスはマグヌスに問うた。

 短剣にはゲランスで広く人気を得ている蛇の意匠いしょう

 ただ、ありふれたもので、手掛かりにはならない。


「申し訳ありません。まだ、何の手掛かりも得られていません」


 マグヌスの表情にはわずかながらあせりが見られる

 少し前からテトスに頼まれた探索が、いっこうに成果を見せないのだ。

 

 マグヌスもまた、マッサリア五将の一人と呼ばれるが、最も若輩であり、マッサリア王の異母兄弟でありながら異国育ちのため、一番軽く扱われている。

 

 やや細身の身体つきに艶のない黒髪を後ろでゆるく束ね、洗いざらした上衣ヒマティオンをまとった姿は、いつも通りである。


「そちらと関係があるかどうかはわからぬ。だが、アルペドンにしてみれば、ゲランスはマッサリアの喉元に突き付けた短剣だ。いつでもぐさりとやれる。南征の王が帰ってくるまでに決着をつけねば……」


 マッサリア王エウゲネスは、悲願の帝国の再統一のため、十万の大軍を率いて南方に遠征中であり、智将テトスとマグヌスが、留守を任された形となっている。


「王が帰還なされば、自然に恭順きょうじゅんの意を示しませんでしょうか」

「甘い。反抗の芽は摘んでおかねば、何のための留守居だ」

「それもそうですが……」

「先の交戦でお前の部下が最も被害を受けたのは知っている。だが、お前には引き続き例の探索をやってもらわねば困る」


 先の交戦というのは、ミタール公国に侵攻したアルペドン王国の軍を、テトスとマグヌスで壊滅させた「アケノの原の戦い」を指す。


 マグヌス配下の、身分の低い者たちで構成された騎兵隊が大活躍したのだが、同時にカイ隊長の戦死を始めとする大きな被害を出してしまった。


 マグヌスはむっとしたように顔を上げた。


「この探索は、私が動けばいいだけのこと。生き残った部下には休息をとらせているのです。私がわざと遅らせているとでも?」

「わかった、わかった。しかし、急いで結果を出してくれ」

「はい」


 マグヌスは、上衣をひるがえして立ち去った。



 

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