桃夭の灯
おかしな煙草を売っている店があるとAから聞き、簡単な地図を書いてもらってやって来た。
一見して店の構えではなく、ごく普通の民家である。
普請がいい加減なのか、風が吹くと屋根に葺いたトタンがバラバラと鳴った。
ごめんください、と引き戸に手をかけると建て付けが悪いらしく中々開かない。私が苦戦していると中からへしゃげた提灯の様なシワだらけの老婆が出てきて、開けてくれた。
三和土に何か大きな機械が置いてある。
煙草を売って欲しい、と言うと老婆は黙って奥に引っ込み、手に人の顔ほどもある大きな葉っぱを持ってきた。
よく乾燥しているらしく、黄土色をしたそれを機械にかけるとみるみるうちに細切れになっていった。
何色が良いか、と聞かれたので私の好きな色を答えると、懐から何か粉の様なものを取り出し、細切れになった煙草にふりかけよく揉んだ後、麻の小袋に入れてくれた。
私がいくらかと尋ねると、もう頂きましたという。
なんの事かわからず困っていると、老婆は再び奥に引っ込み、今度はもう出てこなかった。
仕方がないのでその場で礼を言い、店を後にしたのだがどうにも歩きにくい。何度か躓きながらようやっと家に着くき、さて、と辞書を1ページ破き早速に煙草を巻いてみた。
口に咥えるとほのかに洋酒の匂いがした。マッチで火を着け、1つ大きく吸い込んでみると、想像していたよりも重たい煙がゆっくりと肺に落ちていった。桃色の煙が火先から立ち上っていく。
じっくりと堪能した煙を吐き出すと、ふわりと広がり宙にポッと燃え上がった。
桃色の炎はすぐに消え、後に洋酒の香りだけが残っていた。確かに変わった煙草だった。一服した後には妙に冴えた頭だけがすっきりと残っていた。
何度か繰り返し、すっかり根元近くまで吸ってしまうと灰皿で火を消し、もう1本巻くために私は辞書を取り上げ、ふと文字に目を落とし驚いた。
左右で字の見え方が違っている。
先ほどの妙な歩きにくさの正体はこれだった。
私は老婆の言った事を思い出していた。お代とは私の左目の視力だったらしい。
どうにも高い買い物をしてしまった様な気になったが、次の煙草を巻き火をつけてもう一度宙に咲く桃色の火を見ていると、どうでもいい様な気になってしまった。
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