咲綾ちゃんにもちゃんと救済はあります
『はい、皆さんおはようございますこんにちはこんばんは。キモブタ地元メシちゃんねるのお時間、ですっ』
『えー、今日はですね。いつものご飯屋さんでなく、小学校近くの駄菓子屋……きやす屋さんに来ています。ここ昔、僕もよく通ってまして。お小遣い貰ってなかったから、お年玉をやりくりしてね、いかにたくさんお菓子を食べられるか、なんてやってましたよ』
『でね、店主のお婆ちゃんが……あれ? 僕が小学生の頃もお婆ちゃんで、変わらず今もお婆ちゃんなんだけど……。昔と全然変わってない? 時間系能力者?』
『あ、いや、ともかく。小学校の頃はね、たくさん買えなかったんです。だから、今、夢を叶えます。題して……“駄菓子屋さんのお菓子全種類食べてみる”! 昔は高くて買えなかったカップ麺も遠慮なく買っちゃうし、串に刺さったイカさんを味違いも全部一気にがっつきますよぉ! あ、ライス持ってきた方がよかったかな……』
……あなたの最盛期は? と問われたなら。春乃宮咲綾は間違いなく小学生の頃と答える。
まだ退魔巫女としての修行をしておらず、何も知らず無邪気でいられた。
引っ込み思案で友達は少なかったが、「なおとくん」と遊び回っていたあの時間こそ、彼女にとっての最も輝かしい記憶だった。
『これ! “でっかいカツフライ”! 僕、大好きだったヤツ! 当時は、30円くらい? 小学生にはちょっと贅沢な駄菓子なんだけど、おいしいんですよ』
咲綾は自室で動画を眺めていた。
ブタちゃんはお気に入り登録してある。
「ふふ、なおとくん、これ昔よく食べてたなぁ……」
一番好きな動画は『駄菓子屋さんのお菓子全種類食べてみる』。
この駄菓子屋は、小学生の頃に「なおとくん」と一緒に来たことがある。咲綾自身も小さなマシュマロやストロベリーチョコをよく買った。
楽しかった、純粋に。
でも大きくなるにつれ、彼と一緒にいることをからかう女子や、「なおとくん」を馬鹿にする男子が増えた。
退魔巫女としての使命を胸に修業を始めたのに、妹の才能には及ばない。
家のために夏雅城との婚約を受け入れて、散々我慢した。
その結果が部屋で動画を見るだけの今だ。
だけど、今回の任務は頑張ろう、頑張れば……。
それが少し前の事。
心光の癒しの調査に臨む、春乃宮咲綾の心持ちだった。
※ ※ ※
教祖様はありがたいお言葉を終えると、柔和な笑みで手を振る。
最前列の女性信者さんが感極まって近付こうとするも、護衛らしき男性たちに止められていた。
「貴様、無礼だぞ!」
「あっ、あっ、申し訳ありませんっ。教祖様のご尊顔を拝見できたことで、つい感極まってしまって、その」
ワタワタする女性を見て、教祖様は大らかに笑った。
「ぐひぃ、いやいやぁ。仕方のないことだよ。だが、落ち着いて行動をするものだ。自らの欲望を満たすのではなく、惜しみなく与える。奉仕こそが心を癒す、分かりますねぇ?」
「あ、ありがとうございますっ」
「うむうむ。修行に励みたまえ」
満足そうに頷いて、教祖様は講堂を去っていく。
教祖様の周りには、護衛の男性が四名。世話役っぽい女性信者さんが二名。その他にも側近らしき人物がちらほらとおり、かなりガードが固そうだ。
加えて単純に、距離が遠すぎる。入団したばかりの僕たちは講堂の後ろの方にいるため、今さら追いつくことはできないだろう。
年齢は四十歳前後くらいかな。
太ってるしブサイクだし脂ぎってる。人のこと言えないけど、教祖様は決して優れた容姿ではない。
でも信者さんたちは男女問わず心酔しているようだ。それが精神干渉によるものなら、この時点で彼が外法術師であることは確定だった。
集まった信者さんたちも解散、それぞれの場所に戻る。
その途中、僕は人目を気にしつつ、服の中の手乗りサナちゃんと声を潜めて相談をする。
「ナオトくん、どうします?」
「うーん、早瀬夏凛さんが共同施設にいることは分かった。変な話、僕の目的からすると教祖様にちょっかいかけるより、その側近に
「教団まるごと潰せるかって言ったら、難しいでしょうしねぇ」
相沢くんの頼みがメインなわけだし、茂みを突いて淫魔を出すような真似はしたくない。
教祖様が僕より年季の入った強い外法術師の可能性もあるし。
「周りにいた人たちの顔は覚えたから、まずはそちらに接触。ダメそうなら、最初に会った男の信者さん経由で、宣伝動画の確認を理由に教団のお偉いさんに会えませんか、って流れにもっていこうかと」
「私も賛成です」
椎名先生と約束しちゃったし、僕は適度なところで撤退する。
早瀬さんの情報さえ分かれば十分だし。
代わりに、謎の外法術師が行動を開始。僕は約束を破っていないという寸法である。
「ロリ退魔巫女教師さんには申し訳ないですけど、教団の処理は全部押し付けちゃいましょう」
「だね」
二人で悪い顔して笑い合う。
しばらくすると、信者さんに呼び出されていた美桜さんたちが戻ってきた。
春乃宮さんは困ったような、美桜さんは妙に不機嫌そうな顔をしている。
「おかえり、なさい?」
「うん」
「信者さんから、なにか話でもあったの?」
「まあ、ちょっとね」
不貞腐れた返事だった。
春乃宮さんをちらりと見るも、こちらも曖昧な反応だ。
でもそれも少しの間だけ。他の信者さん達と喋っている時は特に変わった様子もない。
最後に今後参加するであろうボランティア活動についての説明があり、今日の修行も終わった。
※ ※ ※
「ただいまー」
「おかえりなさい、ナオトくん。お風呂沸いてますよ」
「いつもありがとうね、サナちゃん」
家に帰るとお帰りを言ってくれる淫魔がいる生活、いいなぁ。
実家でもできなかった経験を今になってさせてもらっている。
加えて手乗りサナちゃんと行動をしているので、もうサナちゃんの声を聴かないタイミングの方が少ないくらいだ。
夕食の後、サナちゃんに協力してもらって、動画の作成をする。
といってもブタちゃん用ではなく、教団対策のものだ。
「あーっ、あーっ、んんっ。……心光の癒しは、決して厳しい宗教ではありません。ストレスを抱える現代人を優しく癒す、一種の社会支援と言えるでしょう」
宅録ナレーションはわりと一般的になってきたと思う。
機材の初期投資は必要だけど、動画作る度にスタジオを借りるよりは安上がりだし、スケジュール管理も楽だ。
「あぁ…んっ♡ やっ、あっ……♡ しょ、商店街で、みんな見てるのに……っ♡ そこだめっ♡」
「サナちゃんサナちゃん、ごめん。喘ぎ声が迫真すぎて絶対動画で使えないので止めてもらえませんでしょうか」
「えへへ、冗談です。ごめんなさい」
時折アドリブを入れるくらいには余裕も出てきた。
声が幼いのに艶っぽすぎて危険領域に達しています。でもサナちゃんの淫魔ASMRもアリだな。正体がバレるとかなかったら本気で企画したい。
「ありがとう、サナちゃん。イイ感じだよ、後はこっちで編集してそれっぽい動画を作るから」
「いえいえー」
サナちゃんボイス入りのPVだ。教団側も食いついてくれるはず。
録音中は音をたてられないので、終わってからひーちゃんはゲームを開始。
相変わらず僕の膝の上が定位置だ。
ボックス系クラフトゲームは少しずつ進めており、今は村を拡張するための建材集めだ。
「ひーが丸一日、かけて整えた最強装備。その力を見よ……」
貴重な素材を使った装備で身を包んだひーちゃんは、アイテムがたくさんある代わりに高難易度な、恐るべき地獄フィールドへと足を踏み入れた……!
歩みを進め、現れた敵。奇襲を受けて吹き飛ばされるひーちゃん。
「あ……」
運悪くその先には足場がなく、そのままフリーフォールひーちゃん。
「えっ、あっ」
なお落ちた先は陸地でなく溶岩だまりだった。
このゲーム、溶岩は即死ゾーンみたいなものなので、落ちるともう脱出できません。
あと、アイテムも全ロストします。
「あ……ひ、ひーの、装備が、燃えっ、燃え……」
ゲームオーバー。
地獄に足を踏み入れて実に二分三十秒。あまりにも早い終幕だった。
「……ねえ、ナオトくん。ひーちゃんはゲーム実況をしたいと言っていますが、これ動画として成り立つんですか?」
「マジメな話すると、すっごい可愛いから、ミスで落ち込む姿でも十分再生数は稼げるよ」
「そ、そんなものですか……?」
いまいちよく分かっていないのか、サナちゃんは小首を傾げる。
お膝でプルプル震えるひーちゃん。あまりにも悲しそうなので、買い置きのジャム入りチョコレートをあーんで食べさせてあげる。
「……おいひい。おにーさん、もっと。今度はブルーベリー」
「はいはい、どうぞ」
「むぐ。頭も撫でる」
ゲームを一時中断し、甘やかされることで精神を回復しようという狙いである。
サナちゃんは気兼ねなく僕にカラダを預けるひーちゃんを、微笑ましそうに眺めていた。
※ ※ ※
……佐間直人が淫魔っ子たちと戯れている間のことである。
教祖のありがたいお言葉のあと、信者から「教祖様が、共同生活施設に入居できるよう手はずを整えてくださった」とのお達しがあった。
また、帰り際には教祖直々にお声をかけてもらった。
『ぐひぃ、聞いたよぉ? 家族仲が悪く大変なのだと。“君達なら、いつでも迎え入れる”。ああ、でも“心配されるといけないから、あまり周りに話すのはダメ”だよぉ?』
なるほど、教祖は決して悪い人間ではないようだ。
それに、確かに不確定な情報で椎名薫や直人を混乱させるのは良くない。
ただし、教祖自身は善人そうではあったが、教団の集会で軽い魔力による干渉はあった。
となると、教祖の周りにいる幹部が怪しくなる。
直人の友達の恋人もそこにいるだろうし、共同生活施設への侵入は必要だ。
少なくとも美桜はそう考え、「すぐにでも入りたい」と言った。
しかしそれに反対し「一度持ち帰って話し合いたい」と咲綾は提案した。
結局、その場では決まらず施設入りは保留。美桜が修行の場で不機嫌だったのは、一度立ち止まることになったせいである。
蛍火神社に戻っても、姉妹はぎくしゃくしたまま。
夕食をとって、入浴をしてからも空気は悪く、美桜は姉の自室を訪ねた。
「お姉ちゃん。なんでさ、あの時すぐに承諾しなかったの?」
「なんでって……敵地かもしれないのに即答するなんて無謀過ぎるよ」
咲綾の考えとしては、怪しい場所なのだから警戒し、準備をしっかり整えてから行くべき。
しかし美桜はそれに異を唱える。
「あのさ。あそこで承諾したって、じゃあ今日の帰りに直行しましょう、なんて流れになるわけないでしょ。少なくとも一晩の猶予はある。その内に報告も含めて諸々の準備を調えればいいだけじゃない?」
怪しい場所なのだから、騙された女という印象を相手にもってもらい、こちらが警戒していると悟らせない行動をとるべき。
美桜としては、今は時間の方が惜しかった。
「あの場で答えても移動は明日以降。でも、明日改めて答えたら、そこからさらに遅れる。そうしたら相沢の恋人も危ない目に合う確率が増えるでしょ」
「……っ。急いて事を仕損じたら、それこそ無意味でしょう」
「そうやって足踏みして、手遅れになったら? 兵……兵は窒息? を尊ぶみたいなヤツ」
姉妹の言い争いは少しずつヒートアップしていく。
「おかしいのは、美桜の方だよ。いつもなら、そこまで焦ったりはしない」
「焦って……るわけじゃないけどさぁ。まあ、そこは認めるよ? 直人に頼られたわけだし。多少無茶でも、友達のためならできる限りのことはやってあげたいじゃん」
美桜としては何気ない返しのつもりだった。
しかし咲綾には「お前は頼られなかった。だから冷静にいられるのだ」と言われたような気がした。
「……なにそれ、自慢? なんで、いつも美桜ばかり。私は、我慢してきた。色んなものを諦めてきたのに……」
「は? 意味分かんないんだけど」
「……っ!私はただ準備を整えて、失敗しないようにと提案しただけ! それを、友達じゃないからみたいに言わないで!」
もう感情が抑えられない。
「いつもいつも、美桜は好き勝手なことを言って! 私は! 夏雅城の婚約だって受け入れた! 春乃宮のために我慢してきた!それなのに、認められるのはあなたばかり! 自由にして、私が欲しいモノを手に入れて……美桜は、卑怯だよ!」
退魔巫女としての才能も、なおとくんとの時間も。
欲しかったもの諦めたものは、軒並み妹にかっさらわれた。
八つ当たりだと分かっていても、止めることができなかった。
「そんなに家が嫌なら、ボンボンのことぶん殴って全部捨てればよかったじゃん!」
「できるわけないでしょう!」
「私殴りましたけど!? ていうかさ、あの時直人を庇わなかったこと別に許した覚えないからね!? あんなん真っ向から否定しなくても“センパイはぁ♡ 私を好きすぎて他の男の人を誇張して悪く言っちゃうのぉん♡”とでも言っときゃ、惚気の延長かぁで済んでんのよ!?」
「何で美桜に許されないといけないの……!」
「友達だからに決まってんでしょ! どうせあいつは気にしないよの一言で済ませるんだから、その分私が怒ってんの!」
「この……っ!」
お互いに服を掴んではいるが、殴り合いに発展するほど冷静さを失ってはいなかった。
突き飛ばして、睨み合う。
先に折れたのは美桜の方だった。
「もういい。お姉ちゃん、ちょっと冷静じゃない」
「うるさい……部屋から出て行ってよ」
「言われなくても」
乱暴に扉を閉めて、美桜は去っていく。
一人になってからもしばらく咲綾は動けなかった。
※ ※ ※
翌日、教団のビルにて。
僕は昨夜でっち上げたプレPVをお土産に、信者さんに話を持っていく。
「すごい、もうできたのですか?」
「その、あくまで、草案的なヤツでして。教祖様に伝える前に、確認等をしたいので、できれば側近的な立ち位置の方に直接意見もいただきたく」
「分かりました。では手はずを整えておきましょう」
教主様に会いたい、ではなくお偉いさんに確認をと言ったのが功を奏したようで、けっこう簡単に話は通った。
「そう言えば、あなたは“共同施設の場所を知っているんですか?”」
「え、いえ……そこは、虐待する親を退けるため限られた者にしか、教えられておらず」
「ああ、そうなんですか」
よし、うまく真実の魔術が作用した。
実は談話室での交流では春乃宮さんが傍にいるから使えていなかった。効果があることを確認できて一安心だ。
もっとも、有益な情報は得られなかったけど。
やっぱり、立場が上の方の人を狙い撃ちにしないといけないようだ。
男性の話では、明日にも広報の長が僕と会ってくれるそうだ。教祖様とも直接面会できる人らしく、これは期待がもてる。
少しずつだけど状況は進展している。
気になることと言えば、今日は春乃宮姉妹の様子がちょっとおかしいことだろうか。
っていうか、お姉さんの方の姿がない。
「美桜さん。お姉さん、どうしたの?」
「……お姉ちゃんなら、共同生活施設の方に行った。朝から信者さんに頼み込んでさぁ、今日すぐに入りたいとか言っちゃって」
仏頂面で、そう返された。
え、じゃあ今日学校に来てなかったのって、そういうこと?
なんでそんな大事なこと黙ってるのさ。
「ごめんね、こっからは退魔巫女の仕事だから。直人は退いて」
………へ?
* * *
僕は、急いで家に帰った。
こちらが情報を得る前に、美桜さん達が先んじてしまった。
どうやら昨日の時点で施設入居は決まっていたっぽい。退魔巫女として、僕の安全を確保して事態を解決するつもりらしい。
でも、僕は知っている。
教祖は発情の魔眼に近い精神干渉計の術を扱う外法術師。
しかも、退魔巫女の二人にも効果がある。
下手したら、春乃宮さんも罠にはまってしまう可能性がある。
「どど、どうしよっ!?」
「お、落ち着いてくださいナオトくん」
さながら便利な道具を求める眼鏡っ子のようにサナちゃんにしがみつく。
「堕淫魔術に、なんか巫女さんセンサー的なものないの⁉」
「すごい限定されてますね?」
自分でもメチャクチャ言ってる自覚はある。
だけど言動を改める余裕がなかった。
「ど、どうしよう……このままじゃ春乃宮さんが、催眠教祖の餌食に……!」
見っとも無く慌てふためいていると、褐色の手がそっと僕に触れた。
「ひーちゃん……?」
「おにーさん、よくない」
そのまま僕の膝によじのぼり、今度はペちりと両の頬を挟まれる。
「溶岩に落下するのは、手癖で動く時が一番多い。中腰になれば操作ミスしても大丈夫って分かってるのに」
「……また落下したの?」
「うん……」
ひーちゃんすっごい悲しそう。
ゲームの話だけど、気が急いた状態だと普段なら出来ることも忘れてしまう、という話だろう。
この子なりに、心配してくれているのだ。
僕は大きく息を吐いた。
「ありがと、ひーちゃん。ちょっと頭冷えた」
「うん」
いつもの眠そうな表情でなく、優しい微笑みだった。
「おにーさんは、教団の幹部の顔を覚えていると言った」
「一応、は」
「なら、私がお手伝いする。だから大丈夫」
そう、彼女は言った。
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