蟲魔の囁き

失踪する少女たち


 きらびやかな金細工で飾られたその部屋には、非現実的な光景が広がっていた。

 複数の女の喘ぎが折り重なって室内を満たす。

 粘ついた水音。その中心にいるのは太った男だ。

 彼は女たちがあられもない姿で自らに傅くのを見て、にたにたと口を歪めている。

 淫らな宴を止める者はその場には誰もいなかった。




 * * *




 五大淫魔と呼ばれる強力な化物たちは、もともと日本国外で活動していた。


 匂い立つ色香で男を惑わす妖艶なる絶世の美女、大淫魔サーナーティオ・ドゥルケ・スアーウィス。

 淫蟲の集合体である蟲魔ヒラルス・ラールア。

 多種多様な触手で女性を狂わせる触魔ブラキウム・インヴィディア。

 夢の世界で心を淫らに染め上げる夢魔ラエティティア・ソムニウム。

 喪失や絶望を娯楽とする奪魔デートラヘレ・カーリタース。


 街一つから快楽のエナジーを奪った大淫魔、子宮を苗床に繁殖する蟲魔や触魔、精神に干渉して廃人に追いやる夢魔や奪魔。 

 淫魔界に存在する“古きもの”と比べれば年若いが、それぞれが恐るべき根幹たる能力と、エクソシストたちを歯牙にもかけない戦闘能力を有した規格外の化物たちなのである。


「匂い立つ色香……妖艶……?」

「なんですか、ナオトくん。何か文句があるんですか」

「いや、すっごいかわいいし、いい子だし、家事だってできるし、優しいし絶世の美少女だよ? でも、色香……妖艶……?」


 ある日の夕食後、「そもそも五大淫魔ってなんぞや」とサナちゃんに聞いてみた。

 うちの淫魔っ子たちは優しい良い子なのに、なんで悪名が轟いているのか気になった。

 で、色々と説明してくれたんだけど、僕の反応がお気に召さなかったようで、サナちゃんはご立腹しておられる。


「淫活する際の私の評価ですから、プライベートとは違って当然ですよ」

「パパ活みたいに言わないでもろて?」

「よく見てください。この小さなお胸とお尻の、どこが妖艶でないと? 魅惑のつるぺたボディですよ?」


 しゃなりとポーズを決めて見せる。

 とぅるっとぅるの腋がえっちでした(キモブタ並みの感想)。


「妖艶で合ってました、魅了されてますごめんなさい」

「よろしい。さて、私たちがなぜ五大淫魔と数えられるようになったのか。その理由は、犠牲者の多さよりも個々の能力にあります。私たちの根幹たる能力は、それぞれ性行為に頼らず魔力の回収ができます。つまりそれだけ、被害の範囲が広くなるということです。また、単体の戦闘能力も高い。現地のエクソシストが勝てない淫魔なので、こいつらに近寄ったらマジやべーぜっ、と注意喚起する意味合いで与えられた称号です」

「えーと、悪い淫魔だからじゃなく、強い淫魔だからってこと?」

「そもそも人を餌にする種族ですから、人間視点で悪くない淫魔はいませんけどね」


 サナちゃんもひーちゃんも、無駄に人に危害を加えようとは思っていない。

 しかし生態として快楽を栄養にするため、魔術での魔力回収自体は忌避してはいない。

 その過程で人が死んだとしても、それは僕たちが牛肉を食べるのと変わらない感覚なのかもしれない。

 

「ほんとに、街一つから快楽のエナジーを集めたの?」

「はい。その方が、楽ですから」

 

 わりと簡単に肯定された。

 戸惑っていると、サナちゃんが優しく微笑む。


「例えば、1000サナちゃんポイントを集める必要があったとします。多くの淫魔は、一人の人間から1000集めます。結果、その人は衰弱死します。ですが私は、10人から100ずつ集めます」


 人を無駄に殺さないために多くの人から少しずつ、つまみ食いをする。

 それが結果として広範囲の淫魔被害になる、ということらしい。


「被害の規模は普通の淫魔より大きいので、エクソシストの警戒度はかなり高いですね」

「……相手は、死んでないのに?」

「人間の感覚はよく分からないです。でも、一人死ぬと被害者は一名扱いになるみたいですよ」


 反対に、街一つの住人全員が衰弱したら被害者は甚大ということになってしまう。

 そっか、結局決定権を持つのは現場に出ないお偉いさん。

 人を殺さないように気遣っていても、書類の上ではサナちゃんの方が悪辣な淫魔になるのかもしれない。


「なんか、納得いかないなぁ」

「人類総ご飯なのは変わりないですし、あまり気にしませんけどねぇ。五大淫魔という肩書きも気に入ってます」

「敵から付けられる異名は誉れ……」


 ひーちゃんがフンスっと両の手をグッと握りしめている。

 あれかな、パイロットが敵軍から○○の悪魔みたいに呼ばれるのは強さの証明、みたいな感覚だろうか。

 ともかく、聞きたいことは聞けた


「色々説明、ありがとね。分かってたことだけど、二人がムチャクチャしてた悪い淫魔じゃないって知れて安心した」

「男を惑わす悪女ではありますよ」

「私も悪女……」


 再度せくしーぽーずなサナちゃんに合わせて、ひーちゃんもグラビアポーズしてきた。

 ひーちゃんは背丈は子供くらいしかないのに、お胸大きいからしっかり谷間が出来ている。

 

「ただ、ナオトくんは食べるのが大好きですよね?」

「うん、そりゃあ」

「私たちはこんな感じですけど、淫魔の中にもいっぱい食べること……女の子たちが泣いて謝るくらいイカせること自体を楽しみとする者がいます。奪魔デートラヘレなんかもそのタイプです。そこは注意してください」

「うん、分かった」


 まあ、善人悪人いるように、善淫魔も悪淫魔もいるという当たり前の話だ。




 * * *




「佐間くんは、動画配信をされているんですよね?」


 休み時間、廊下で椎名先生に呼び止められた。

 美人教師さんな彼女は非常勤講師だけど生徒からの人気が高い。ウチのクラスの百地くんなんて、椎名先生の現国の授業の後だけ質問に行くくらいだ。

 話がしたいとのこと、人目のない場所を探して、屋上に続く階段の踊り場で移動した。


「あ、はい。キモブタ地元メシちゃんねるって言いまして」

「視聴させていただきました。教師としては、暴飲暴食はあまり褒められないのですが、内容はとても面白かったですよ」

「あ、ありがとうございますっ」


 やっぱり直接褒められるのは嬉しい。

 大げさな反応が面白かったのか、椎名先生は優しい笑顔だ。


「それでですね、ビールとおつまみの美味しいお店を特集する予定は……」

「ごめんなさい、無理です」


 僕、未成年なんでそういう動画は撮れません。

 ていうかその見た目でビールとか飲むんですね? 当たり前っちゃ当たり前なんだけど、違和感がすごい。


「実に、実に残念です。ところで、“ブタちゃん”では、食事以外のお店も撮り上げたりしていますよね」

「はい。うちは、まあ、僕の生活費稼ぎがメインではあるんですけど。動画で名店名所を紹介して、地元の活性化につなげるって言う目的もあるんです」

「それは、とてもよい活動です。私はまだこちらに来て日が浅いですし、機会があれば案内していただけませんか?」


 先生は背が低いから、自然と上目遣いになる。

 見た目幼いけど美人教師に頼られるなんて中々ないシチュエーションだ。


「……退魔巫女の事情的に、何か困ってることがある感じですか?」


 まあモテない人生歩んできたせいで、舞い上がれるほど自惚れることもできないんですが。

 わざわざブタちゃん確認してから僕に接触を図る理由なんて、地元関連で知りたいことがある、くらいしか想像できなかった。


「佐間くん、意外と勘が鋭い」

「勘というか、モテない男の経験則? 美人が近付いてきたら裏があると思え、です」

「あら、お上手。実は、この地に巣食う淫魔の情報を集めるのに、郷土史を調べているんです。地元民ならではの情報が得られないか、と考えていまして」

「でしたら以前、郷土研究してるゼミのある大学を撮影しましたよ。そこの食堂の看板メニュー、“鶏もも肉のおろし七味ポン酢”がすごくおいしいんですよ。それはそれとして、確か説話集みたいなのを作ってたはずです。大学に連絡を入れましょうか?」

「嬉しいです。お願いできますか?」


 くそう、椎名先生は可愛らしいから、そうやって喜ばれると普通に嬉しい。

 うまいこと転がされている感がある。


「あ、担当してる教授が好きなおせんべい屋さんが商店街にあるので、手土産を選ぶなら是非そこで。教授が研究室にいる日や、連絡が繋がりやすい時間帯、その他もろもろもまとめておきますね。今日の放課後まででいいですか?」

「ええ、勿論。細やかな気配り、助かります」

「これでも配信者なので。先方への気遣いと納期を明確にすることは、常に忘れちゃ駄目なんです。どんな仕事も結局は人間同士がやること。円滑に回すためなら多少の労はしゃーないの精神です。いや、そこに付け込むヤバいのもいるんで、何でも聞き入れはしませんが」

「素晴らしい。美桜さんと楓さんも見習ってほしいものですね」


 ぱちぱち拍手をもらいました。

 楓さんが誰かは知らないけど、美桜さんは苦手そうだもんね、そういうの。

 しかし退魔巫女も仕事が色々あって大変だなぁ。




 ※ ※ ※




「ああ、その話? 今、私とお姉ちゃん、薫せんせに援軍の退魔巫女の四人で、五大淫魔とその主を追ってるの」


 大変なのは僕だった……!?

 お昼休み、昨日も今日も相沢くんが休みなので、僕は美桜さんと二人でご飯を食べる。

 その途中、ぽろっと「午前中に椎名先生に色々聞かれたよー」って零したら、返ってきたのがそんな言葉だった。

 なんでも郷土史を調べて、赤き天上の宝珠及び輝ける翠玉の存在を明らかにするとかなんとか。

 いや、無いよ。歴史を紐解いても出てこないよ。

 というかパティスリー・ミスジとロマン洋菓子店を回ればすぐ手に入る代物ですが?


「私、正直文献調べるのとか得意じゃないんだよね。任務だからやるけど」

「僕もあんまりなぁ。学校の成績も中の下です」

「勝った、中の中」


 すごく微妙な争いだ。

 僕も美桜さんも成績はそれほど良くなかった。

 しかし、考えようによっては郷土研究ゼミを紹介してよかったのかも。見当違いなところを探していただければ、その分僕たちは安全だ。


「ふぅ、ごちそうさまでした。じゃ、そろそろ帰るねー。あ、直人さ、もしアレだったらテスト前いっしょに勉強する?」

「お力を借りれるのなら嬉しいです……」

「あははっ、おっけおっけ」


 朗らかな笑顔で美桜さんは教室を出ていく。

 ただ基本、彼女の振る舞いって目立つのよね。美少女だし、声もよく通るし。

 なのでクラスメイトの視線が痛いのなんの。その中にはお姉さんも含まれていた。

 いや、美桜さんが心配なのはわかりますが、あんまり暗い目で僕を見つめないでください。

 そんな感じで僕の日常は確実に変化していた。騒がしくも以前よりも楽しい。

 少し浮かれた気持ちで五時間目の用意を整えていると、物凄い音を立てて相沢くんが教室に入ってきた。


「キモブタぁ!」

「うわあ⁉ ど、どうしたの? 今日は学校休みだったんじゃ」


 先生から相沢くんは病欠だと聞いている。

 だけど私服のまま教室に突進、僕の胸倉をグッと掴む。


「お前動画配信者だろ!? なんか知らねえか!?」

「なんかってなにが!?」

「俺のカノジョだよ! 噂とか、そういうの! 取材で色々調べるんじゃねえのか⁉」


 カノジョって言うと、洋食好きとかいう。前にピザ屋を教えたら喜んでた、くらいしか知らない。

 でもそう言うことではないらしく、彼は焦燥を隠そうともせずに教室で叫ぶ。


「いなくなったんだよ! 探しても見つかりやがらしねえ! 撮影で地元の色んなとこ行ってんだよな⁉ 噂でもなんでもいい、知ってることがあんなら教えろや!」


 この街では近頃、女性の行方不明者が増加しているのだという。

 相沢くんの恋人もまた、姿を消してしまったのだ。



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