ひっそり行動



 パティスリー・ミスジ。

 テレビでもよく取り上げられる有名パティシエの経営するお店で、シュークリームですら580円もするお高いお店だ。

 どれもこれも美味しいけれど僕のオススメはフルーツタルト。 

 キウイ、白桃、ジャクソンフルーツなど様々な果物に彩られたタルト、その頂点に鎮座するのは高級イチゴである。

 タルトの果物は甘ければいい訳ではない。糖度と酸味の絶妙なバランス、土台となるクリームやシロップと合わせた時の調和こそが肝要。

 ミスジのフルーツタルトはまさしく完璧、中心となる苺は赤き天上の宝珠と呼ぶべき至高の輝きを発するのだ。


「おいしい。おいしい。おいしい。おいしい」


 春乃宮さんを見逃してくれたお礼に振る舞ったら、ひーちゃんが美味しいbotになった。

 サナちゃんも嬉しそうにタルトを頬張っている。


「美味しいです……けど、私の分も良かったんですか?」

「もちろん。サナちゃんにも助けられてるしね」

「では遠慮なく」


 ぺろりと唇についたクリームを舐めとる仕種しぐさがそこはかとなくえっち。

 僕たちは三人仲良くフルーツタルトを楽しむ。 


「ひーちゃん、本当にありがとうね。僕のワガママを聞いてくれて」

「大丈夫おいしい。淫蟲での魔力回収は続けるけど、ミオウたちにはもうちょっかい出さない」


 ちょっと戦ったみたいだけど、淫蟲って言うからには小さいだろうし、被害さえ大きくならなければ向こうもそこまで警戒しないはず。

 つまり今後の指針は「ひっそり行動」に終始する。

 僕もタルトを一口。うん、美味しい。甘いもので英気を養い、油断せずに日々を送ろう。




 * * *




 春乃宮・夏雅城・秋英寺・冬護院。

 俗に四季家と呼ばれる退魔の名跡が中心となって退魔協会は運営されている……少なくとも、名目上は。

 実際には夏雅城俊哉の叔父である幸太郎こうたろうが会長を務め、上層部の席も全て夏雅城と冬護院の関係者で埋まっていた。


 退魔協会は警察のような公的機関ではない。

 もともとが民間除霊師の共同組織であり、大きくなった今も形態としては自警団が一番近かった。

 淫魔は性的快楽を以て人を堕とす・・・。例えば一国の首相が、世界規模の企業の社長が、気付かないうちに知能ある淫魔の性奴隷となっている可能性だってある。 

 そうなれば社会の終わりだ。一握りの富裕層こそ淫魔の存在を恐れ、国は討伐組織としての退魔協会を認可した。


 結果協会の運営資金は、スポンサーとなった富豪・複合企業の夏雅城・ホテル・観光業の冬護院によって賄われている。

 そのため、どうしても二家の方針が色濃く反映されてしまう。


 対して春乃宮と秋英寺は、退魔師としての実力が高くとも協会内での権力はほとんどない。

 特に春乃宮は、都市開発によって神社が立ち退きを強いられた際、夏雅城家の助力によって計画自体を変更してもらった恩がある。

 だから会長の「姉妹のどちらかを甥の俊哉の嫁に」という申し出を断ることが出来なかった。

 俊哉もまた退魔師の一人だ。嫁として春乃宮の娘を迎え入れ、次代に期待したいというのが思惑だろう。

 つまり咲綾と俊哉の婚約は、夏雅城の強権だった。

 反故にすれば神社がどうなるか分からない。

 そう考えた春乃宮の当主、つまり父は婚約を受け入れた。しかし退魔の家系としては、より優秀な妹を家に残したかった。

 咲綾は父の意を酌んで、自ら貧乏くじを引いたに過ぎなかった。


「赤き天上の宝珠、ねぇ」


 お昼休み。

 咲綾と美桜、俊哉の三人は学校の屋上で話し合っていた。

 本来なら立ち入り禁止だが、多額の寄付金をしている家の息子だから鍵を持っているらしい。

 話す内容は当然、蟲魔ヒラルス・ラールアに関して。


「はい、ヒラルス・ラールアの件は父を通じて退魔協会にも報告してあります。俊哉さんの耳にも入れておこうかと」

「そうか、ご苦労。しかし、宝珠ってのは淫魔のパワーアップアイテムか?」

「その辺りは、詳しくは……」

「お前ら姉妹が逃げたってことは、五大淫魔の力は相当だな」

「淫蟲の集合体なので、私の刀だと倒し切れないです。美桜の巫術なら焼き払えますけど……」


 視線を送られた美桜は、大げさに肩を竦める。


「私なら普通に討てるよ。でも狭い場所だと媚毒ガスのせいでそもそも焼けない。廃ビルを拠点にしてるの、たぶんそれも見越してじゃない?」

「この街を根城にしてるのは確定。“王”がいるならここを離れることもない。とすると、協会から蟲殺しの退魔巫女を呼んだ方がいいか。分かった、俺からも叔父さんに念を押しておく」

「お願いしまーす」


 退魔協会の会長は俊哉の叔父であるため、彼を通せば面倒な手続きを踏まなくとも話が通る。

 しかし美桜の態度は軽い。

 もともと彼女は俊哉を良く思っていない。

 実力は同年代の退魔師と比べても普通なのに、夏雅城ということを鼻にかけて偉そうな態度をとる。尊敬すべき点など何処にもなく、そんな男の嫁に収まろうとする姉にもいい感情を抱いていなかった。


「じゃあ、ひとまず解散でいいか。五大淫魔なんて言っても、退魔協会が本腰を入れれば討伐なんて楽勝だ。ぷちっと潰してやるさ。おし、咲綾、メシに行くぞ」

「……はい」


 今もこうやって逆らおうとしない。

 美桜はそれを見て眉をひそめた。もともとは「姉と妹のどちらかを」と求められた事実を、彼女は知らなかった。




 * * *




 平穏な日々が続いてたある日、ウチの高校に非常勤講師がやってきた。


「初めまして、椎名薫です。担当教科は現代国語。体調を崩されている鈴村先生の代行として、しばらくお世話になります」


 そう、退魔巫女な椎名薫先生である。

 あれ、中学教師じゃなかったっけ。もしかしてウチの学校の上の方って、退魔な皆様方と繋がりがある?


「中学生……?」

「いや、小学生では?」


 なおクラスの皆の反応は、小柄で幼い容姿の椎名先生に対する困惑である。

 しゃーない。どうも見ても二十六歳には見えなかった。


「め、めちゃくちゃ、かわいい……!」

 

 凄くテンションを上げているのは百地貫太郎くん。

 僕ほどじゃないけどぽっちゃり系の男子で、普段は友達の近藤くん・只野くんあたりと三人でつるんでいる。

 言う必要もないですけど、百地くんは萌えキャラ好き、少し幼めのデザインがジャスティスなタイプの紳士です。ぶっちゃけるとロリコンだった。

 不意に椎名先生の目がこちらに向いた。ぱちりと瞬きしてみせた辺り、僕を完璧に認識しているようだった。



 お昼休み。

 今日は春乃宮さんに呼び出されて、以前使った空き教室でのご飯になった。

 なんでも椎名先生を交えて話があると。


「本当はお姉ちゃんも呼ぶはずだったんだけど、夏雅城先輩に呼び出されてそっちにいった」

「ま、まあ。婚約者だって言うし、仕方ないんじゃないかな」

「かもだけどさぁ」


 少し不機嫌そうに吐き捨てる。

 この姉妹、仲が悪い訳じゃないっぽいけど、微妙にぎこちないところがある。

 わりと明け透けな美桜さん的にはなにか思うところがあるのかな。

 空き教室ではすでに先生が待っていた。パンツスーツでびしっと決めてるけど、やっぱり見た目の印象だと教師より背伸びした女の子って感じがしてしまう。もちろん本人には言わないけど。


「どうも、佐間くん」

「あ、先生。遅くなったけど、あの晩はありがとうございました」

「はい、どういたしまして。ですが、退魔巫女の役目。過度な感謝はいりませんよ」


 見た目こそ幼いけど穏やかな態度に、やっぱり教師なんだなぁと感心する。

 しかし、どうして急に赴任してきたんだろう。疑問を素直にぶつけると、春乃宮さんが「せんせ、いいよね? こいつ、信用できると思うよ」と確認をとってから答えてくれた。


「佐間も、あの夜見たよね。この世には淫魔っていう、エロいことしてくる化け物がいる」


 はい、知っています。

 今頃家ではゲームやったり、日用品の在庫チェックとか簡単な掃除をしてくれています。

 それ以外にも、春乃宮さんは退魔協会なる組織のこととか、春乃宮がすごい退魔巫女の家系とか。僕が知っても大丈夫そうなことを教えてくれた。

 一通り説明を終えると、彼女は瞳を鋭く変える。


「それで今、この街には蟲魔ヒラルス・ラールアっていう、強大な化物が住み着いてるの」


 怖い話だ。

 あんなに強い退魔巫女な二人が警戒するほどの蟲魔ヒラルス……。

 ねえ、それって、ひーちゃんじゃない?

 え、かわいいよ? ゲームのアイテムロストしただけで項垂れるひーちゃんだよ?


「そこで、蟲殺しの術師に援軍を頼んだ」

「正確に言うと私、蟲が専門ではないんですけどね。私の得意巫術は氷。潰すと問題がある淫蟲相手には、優位に立てると思います」


 つまり対ひーちゃん用特殊巫女部隊結成と。

 なぜ……? ひーちゃんは春乃宮さん達にちょっかいかけないよう動いてるのに。


「だからさ、連絡先教えとくね。なんかあったら声かけてよ」

「あ、ありが、とう。その、気を遣ってくれて。でもさ、あんまり無理したらダメだよ」

「そんな心配しないで大丈夫だって。私、これでも天才退魔巫女とか言われてるから」


 安心させるように僕の胸板をポンと叩き、勝気な笑みを見せてくれる。

 でも心配の意味が彼女の想像しているものとはだいぶ違います。いえ、当然春乃宮さんのことも心配してるけども、ひーちゃんのことも心配だしで、変な形の板挟みです。


「あらあら、若いって羨ましいですねぇ」


 見た目一番若い椎名先生がにこにこ笑顔で僕たちを眺めている。

 でも僕的にはちょっと笑えない状況になってきていた。







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