第3話

 その夜、結衣がキッチンで紅茶をれてくれた。この家が私の所有なのが半信半疑ではあったが、今の所本当に私の所有になっているらしくここに泊っていくことも可能らしい。


 電子レンジが自動で湯を沸かし、棚からカップがスライドして出てくる。


 すべてがAIに制御されているこの家は、不思議なくらい居心地が良かった。


 結衣はカップを手に持つと、ソファに座って膝を抱えた。長い黒髪が肩に落ち、彼女の清楚な顔を縁取っていた。


 彼女はとても洗練された容姿で、社長令嬢のような雰囲気が漂っている。


「あのさ、聞いてもいいかわからないけど美月はどうしてここに呼ばれたの」


 結衣の声は静かで、でもどこか探るような響きがあった。私はカップを握りしめ、少し迷った後、口を開いた。


「死のうとしてたの学校の屋上から。馬鹿みたいだよね。理由も馬鹿。

 だってさ、親から『お前なんか産まなければ』とか『お前のせいで』

 とか言われて叩かれて、挙句の果てには冬に裸にされて納屋に放置されたこととかあってもういやだって思って、じゃあどうしたら苦しまなくていいだろうって思ったら死ぬしかないなって」


 話しているうちに涙と共に自嘲を含んだ笑みがこぼれる。


 自分で話していても情けない話だ。


 でも、結衣はそれを否定することなくじっとこちらを見つめている。

 そして視線を下に移したかと思うとぽつりと呟いた。


「私も同じだよ。死のうとしてた」


「え?」


 彼女は長い髪で顔を隠すようにして


「お母さんにね。ずっと妬まれてたの。

『お前はお父さんに色目を使っている』とか『発情女』とか。

 笑えるでしょ?

 お母さんは若い私が嫌いなんだって。

 だから腰回りとか胸とかが女らしくなっていくのを見ていつも罵られて折檻されたりした。

 でもこんな事は辛くなかった。化粧品をトイレの便器に捨てられようが、下着を洗濯してくれないとか、腐った食べ物を夕飯に出されようが全然大丈夫だった。

 でもね。」


 そこで結衣の声が震え始めた。

 顔を髪で隠しているけど、泣いているのはわかる。


「一番つらかったのは、お母さんがかばってくれなかったこと。

 その時に私って本当に娘として見られていないんだって思ったの。

 2度ね妊娠したの私」


 私は息を呑んだ。


 妊娠。


 その言葉は私にはまだ遠くて、非現実的な世界の話だと思っていた。

 周りの友達にも妊娠しちゃった人はいない。


 冗談で彼氏としちゃって妊娠したかもなんて言っている人はいたけど大抵妊娠はしないで少女のまま。


 結衣は躊躇うように言葉を詰まらせながら

「妊娠したの。妊娠。それも実の父親の子」


「え?」


 信じられなかった。


 彼女の容姿とのギャップが大きすぎて理解ができない。


 実の…父…


「気持ち悪いでしょ?私って。

 夜中にお父さんが部屋に入ってきて、無理やりされてたの。

 はじめは避妊もしてたけど、途中でしてくれなくなった。

 確か、生理が始まった頃だったかな。

 他の男子から告白され始めたことかな。

 どちらにせよお父さんは私にマーキングするつもりでしてた。

 それからなんだよね、お母さんから罵倒されたりお腹を殴られたりしだしたの。

 今でも覚えている。お母さんに初めてされた時に助けてって言った。

 そしたら『泥棒猫!尻軽女』って」


 結衣はそこで顔に手を当て拭いはじめる。


 そして痛々しいほどの笑みをこちらにすぐさま向けて

「ごめん。暗い話をして。

 だからさ、首吊って死のうかなって時にスマホから(大人反逆同盟)って通知が来てどうせ死ぬんだから行ってみようって思ってここに来たの」

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