第42話 未知の世界へ
オレは温水プールにチャプチャプ浮きながら、カロンリーネのことを思う。
「本当におっしゃっているのか? ソロガス
「親はなくても、子は育つ。あいつは立派すぎてな。なんか遠いところにいる気がして、ならんのだよ」
「とはいえ、よかったではないか。なにもなくて」
「悪い虫がついていない感じで、安心はした。しかし、危ない探索だったな」
割と、あの浄化はギリギリだった。オレも危うく、手伝いかけたが。
あんな感じで、身分を隠してあちこち冒険に回っていたんだな。知らなかったぜ。
「あなたにかなり似ておったな、殿下は」
「オレの娘だって、思い知らされたよ」
しかし、なんの手助けもなく、温泉地の邪気を追い払ってしまうとは。
よほどの熟練した冒険者でなければ、なしえないことだ。
カロンリーネは、そこまでの境地に立っている。つまり、これまでも人目を避けて、冒険者として戦ってきたというわけだ。
「危ない目に、遭わせていたってことか」
「義兄様が、気に病むことではなかろうて。たしかに王女殿下は、頼もしすぎて女っ気がなさすぎるところはあろう。しかし、家族をないがしろにするような女性ではない」
「オレだって、そう思っているさ。けど、アイツに家族は必要なのか? ただの足かせになってしまってるんじゃ」
「それは、本人次第じゃろうな」
この日はずっとハラハラして、温泉での眠気も吹っ飛んだ。
おかげで帰ってからも、昼過ぎの公務も目がギンギンになっていた。
気を休めるのが、冒険の書の役割だってのに。
こんなときは、どこか誰もオレを知らないところへひとっ飛びするのがいい。
さて、どこがいいかな。
「うわ。今頃になって眠気が」
これが冒険者たちのいう「脳疲労」ってヤツなのかもな。
今日はやめにして、後日【冒険の書】を使うか?
いや。今の疲れは今のうちに取ってしまいたい。
「ええい、ここだ」
オレは、適当に冒険の書のページに手を添えた。
転送が始まる。
「ん? なんだここは」
今まで見たことのない光景が、目の前に広がっている。
灰色の建物が、一面を支配していた。硬さは砦のようだが、攻撃力はまったくなさそうである。これは、塔か? ほとんどの窓に、『キャッシングはこちら』と書かれていた。金を借りるだけの塔とか、存在するのかな? 闇ギルド?
「字が読めるのは、ありがたいな」
【冒険の書】を持っていれば、各国語を理解できる。まったく未知の世界に行っても、対処できるように。
これが、ただの転送魔法とは違う点だ。その気になれば、あちらとは全く違う場所へ行ける。おとぎ話のような世界や、はるか未来の世界まで、旅ができるだろう。
しかし、ここはどの逸話に出てくる世界とも違う。
「うお!?」
道を、鉄の箱が走っている。しかも、規則正しい。なにかランプのようなものを確認して、走ったり止まったりしている。
人々は、オレの持つ【冒険の書】を小さくしたような板を、ずっと眺めていた。座っている人も、歩いている者もみんな。
「うおおおおお!」
橋の上を、さっきの鉄の箱より長い箱が駆け抜けていった。どの乗り物も、馬が引いていない。なのに、あれだけ早く走れるとは。よほど、急ぎの用事なのだな。あんなのに乗るのだから。
「それにしても、寒い!」
オレは、身震いをした。
太陽は照っているのに、風が冷たい。
よく見ると、行き交う人間たちはみな厚着をしているではないか。それも結構な質感の。
みんな富豪なのでは?
「とにかく、仕立て屋を探さねば」
おっ、あちらに服屋らしき店舗が。しかも、もうできあがっている服ばかりだ。あったかそうな服も、たくさん置いてある。
「失礼。衣類を仕立ててもらいたい」
「いらっしゃいませ」
女性店員が、きさくにあいさつをしてきた。どうにか、言葉は通じるようである。
「仕立てをしてもらいたいのだが、どれくらいかかる?」
オレが尋ねると、なんか店員は困った顔に。
「こちらはすでに、仕立て終わっている服ばかりですね。お取り寄せになると、かなりお時間をいただくことになりますが」
「そうか」
このままでは、凍死ししてしまう。ありものをいただくとするか。
「見繕ってくれ」
「かしこまりました」
オレの背丈に合う装備は、あっという間に見つかった。早いな。
「いくらだ?」
オレはアイテムボックスから、金貨を大量に用意した。
また、女性店員が困り顔になる。
「……電子でも、クレジットでもお支払いは可能ですよ?」
電子? くれじっと?
「すまん。オレはこういう、あなたがたの文化には、うとくてな」
「少々、お待ち下さい。店長!」
店員が、奥へと引っ込んでしまった。
どうしよう。このまま帰るわけにもいかん。
「おまたせしました、って!? あなた、ソロガスさん?」
中年女性の店長が、オレの顔を見てギョッとなった。
え、どうしてオレの名前を知って……って。
「ああ、あんたはたしか、冒険者だったな」
「はい。
「ああ! カレーとギターの!」
彼女はオレの正体を知る、数少ない冒険者だった。
(第十二章 おしまい 最終章へ続く)
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