第31話 魔王に堕ちた男
「ソロガス義兄様、この男が魔王とな?」
フィオが、眼の前にいるヨロイ姿の男性に視線を向けた。
黒いヨロイを身に着けている男は、天井や床から伸びた鎖に繋がれている。鎖は、壁などから突き出ているのではない。まったく別の空間から、伸びている。明らかに、ここではない世界から、男を拘束しているのだ。
「ああ。コイツは旧名マーヴェリックという。マーヴェリック・フォン・コドクリフ」
「では、あのコドクリフ王国の!?」
ヴェーマの正体を知って、フィオが驚く。
「ああ。もっとも帝国に近いと言われている、大国だ」
交易や魔物討伐などで、勢力を拡大していった、この世界で一番巨大な国家である。
だが、決してクリーンな国とは呼べず。戦争行為や、裏工作などのウワサも多かった。
領土拡大のために、汚い仕事もしていると。
「たしかに、コドクリフ国の王は、すぐに代替わりをしたというのう。そんな裏が、あったとは……」
フィオのいる国とも、コドクリフ国は国交を結んでいる。もっとも、フィオより前の王からの付き合いだが。
「懲りずにまた来たのか?」
ヨロイの男は、ふてくされる。
「ダチの様子を見に来たんだよ、リック」
「フン。ダチね。こんな地獄に落ちた男なんて見に来られてもなあ。今のオレは魔王ヴェーマ。笑わば笑え」
玉座に足を立てて、魔王ヴェーマはそっぽを向く。
「これが魔王の、ペナルティかの?」
「ああ。この地に縛られているんだ。おいそれと、外へ出られない」
「では、温泉も、グルメも楽しめぬと?」
「そういうわけだ。しかし魔王となったペナルティは、そんな生易しいものではないが」
ヴェーマに、オレは差し入れをよこした。
オレは【冒険の書】で諸国を回ったときに、酒とメザシを手に入れている。
「この魚は、いい香りだな」
ヴェーマは、眼の前に置かれた差し入れに、鼻を近づけた。
「まあ。食ってみてくれ。リック」
「うむ」
わずかに動く腕を伸ばし、ヴェーマは酒瓶とメザシを掴む。酒を片手に、シャリシャリとメザシを口にした。だが、すぐに苦い顔になる。
「フン。やはりダメだ。味はなんとなくわかるが、腹は満たされん」
「そうか……」
やはり、魔王になっては飯を食っても腹にたまることはないらしい。
「どういうことじゃ? 魔王となったら、この世界の料理は食えぬと?」
「食うことはできる。だが、胃袋が異次元につながっているらしくてな。どれだけ食っても、満たされることはないのだ」
しかも魔王になると、舌まで劣化する。そのため、ロクに酒も楽しめない。
生きているだけで、相当なペナルティを課せられるのだ。
「なんと恐ろしい。魔王にならなくてよかったわい」
「お前んとこは、侵略してくる国家もないからな」
「まあの。攻め込むメリットも、デメリットもありゃせん」
フィオの周りは、仲良し国家ばかりだからな。国家間が、ファミリーのようなものだ。
「そこまでの枷を強いられると、わかっておったのじゃろ? どうして魔王なんかに?」
フィオが、魔王を問い詰める。
「……コイツは?」
「フィオリーナ・ボッティ。オレの妻の姪だ。女王になったんでな。魔王のペナルティについて教えているんだ」
「ボッティ……ああ、ほぼ民主国家のあそこか。メシだけは、やたらとうまかったな」
昔を懐かしむかのように、ヴェーマは虚空を見上げた。
「メシだけうまいは認めるがのう、ほぼ民主国家というのは余計じゃ。まあ、事実ではあるがのう」
フィオも、さすがに言い返せない。
「あんま、言ってやるなよ。リック」
「ふむ。魔王になる理由だったな」
ふてくされながら、ヴェーマは考えを巡らせた。
「そりゃあ、王となったら今度に目指すは【帝王】よ。ありとあらゆる国家を我が物にして、王の中の王を目指す」
悪びれることもなく、ヴェーマは誇らしげに語る。
「世界征服を、狙っていたんだよな?」
「そうさ。王になったら、てっぺんに上らなければウソだ」
騎士上がりのオレと違って、根っからの王族だったマーヴェリックは、自国の繁栄を誰よりも願った。
だが、間違った行為に走ってしまう。
「冒険の書で他国へ攻め入ろうとした矢先に、書のペナルティが発動した。オレはこんな土地に飛ばされて、魔王の力でここに繋ぎ止められている」
攻め込まれそうになった国は、無事。
マーヴェリックがいた国も、別の王が引き継いだ。
コイツだけが、割りを食った。
「オレはハナから、冒険の書の規則なんぞ信じていなかった。もし発動したとしても、破れると思ったんだ。まさか、ここまで強力なものだったとは」
「あれだけ言ったのにな」
「それでも、野心は持つべきだと思っている。世界征服してこそ、真の王ではないのか?」
そこまで熱意を語って、ヴェーマはすぐに冷める。
「まあ、上昇志向のないソロガスに野望を語っても、右から左だろうけどな」
「ああ。オレにお前の理想は、理解できないよ」
「オレもお前ほどお気楽な性格でいられたら、苦労はしなかったろうに」
ヴェーマが、鼻で笑う。
「いや。お前はオレのようにはならないさ」
「あんな環境にいては、な」
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