第66話 爆発オチ
「ふぅ……やっと死んだっすか」
片足を引き摺るようにして旦那サマのもとへ。
「お互い……ひどい有り様っすねぇ。ねえ、旦那サマ」
「んー……?ふふ、そうっすね。生きてるなら儲けもの、なんでもいいっすよね」
気が抜けて肩ががくり、と下がる。
久々にどっと疲れた気がする。
いや、元々疲れていたか?
忙しくしていたから無視していたか気付かぬフリをしていたのかもしれない。
ああ、そうだ。
この作戦が終わって一段落したら私もユイカを見習って少し休息してもいいかもしれない。
ユイカのいた街のダンジョンで一年の潜伏期間があったが、あれも結局は次の戦争の為という認識が強い上に、ほとんどを妊婦として自分の役割を果たしていた。
次は本当にそんな事すらも放ってリカと旦那サマ、三人でゆっくりのんびりしたいものだ。
旦那サマと手を繋いで二人どこかに出掛けてみるのはどうだろう?
リカはああ見えて綺麗好きだから二人で温泉でも作って入ろうかな。
「よいっ……しょっと。ふぅ、まぁなんにせよ爆弾の起爆処理して逃げてからっすね」
内々の思考から繋がって口から出た独り言に旦那サマが首を傾げる。
旦那サマが私の身体を抱き寄せてふらつく身体を支えてくれる。
太った樽、という表現がよく似合う無骨で不気味な爆弾に二人して歩を進める。やっと国が一つ終わる。
誇らしい気分だ。
やはり私の理論は間違っていないのだと、それは神の依頼、ひいてはその思惑が証明している。
最初から私が状況を肯定的に受け入れ、人殺しにおいて積極的な姿勢を見せたのもそれだ。
言うなれば、素質があったのだ。
故に選ばれたのだろう。
「旦那サマ、走れるっすか?これ押した後は時間までにこの首都から可能な限り走る事になるっすよ」
合流地点に亜人達が待機している。
そこまでは残念ながら自らの脚で動く事になる。
「……ん。ならヨシ!じゃあ行くっすよ!えい!」
一度だけ自分の脚の様子を確認し、力強く親指を立てた旦那サマ。
走る。駆ける。
崩れた城門、半壊した建物。大きく穴が開いて巣が露出して陽の光に晒されている。
「やっぱり、ほとんどが死んでるっすね」
予想はしていた。
通信の技術に、飛行船、銃のように扱っている杖及び魔法……。
これがどれほどの技術でどれほど広く普及しているかは不明だが、これが下々の民にも普及すれば人類の生息圏は飛躍的に増大する事だろう。
「ギルドや冒険者達はいまだ剣や鎧、盾や槍の類を使っている所を見るに……まだ試験段階、あるいは軍にやっと普及し始めたぐらいっすかね」
ここは地球ではない。
故に地球で言う所の熊や虎が一番危険ではない。
脅威はそれ以上にあり、ダンジョンという存在が不定的に発生するというこの世界を考えれば、その総数と生息域はこの惑星全体で見ればごく小規模なものだろう。
だが、あの技術だけは頂けない。
あれが更なる進化を遂げ開発が進めば、人類はその脚を伸ばせる範囲を増やしてしまうだろう。
手回し式のハンドルがついた大型の杖と、大型且つ青白く仄かに光る箱。
そしてそれを繋ぐチューブのような物が視界に入る。
杖の事を思えば、あれは手回し式のガトリングかそれに類するものだろうか。
「第一次……その前後くらいっすかね。後はこの国が直近でどこと戦争したか把握したいっすね」
別段技術を盗めなくとも戦争というお披露目の場で新兵器を出せば内部技術や製品設計は違えど開発思想を共有してしまう。
そうなれば瞬く間に人々はその進化の道を進み出す。
もっと殺す必要が?
首都正門が近くなって来た。
この話はリカとも共有が必要だろう。
また戦力がゼロになってしまったし、潜伏期間が必要だろうか。
ここは一際破壊の跡が目立つ、急いでいるというのに脚がもつれる。
だが良かった、正門までかなりはやいペースで来れた。
「この建物曲がればすぐそこが正門っすね。頑張れ私。あとちょっとっす」
息を切らして半壊した建物を勢いよく曲がり……
私は正門の、もっと詳しく言えばとある死体を見て完全に脚を止めてしまった。
幾つもの亜人の死体と、それに混じる兵士達の死体。
槍が幾つも地面から生えるようにして固定され……その穂先に、リカがいた。
あの雄鹿のような立派な片角は忘れない。
あの義足も、彼女が握る銛も。
銛を持つ手はきつく包帯が巻かれ、決して握った銛を離さぬようにと工夫が凝らされていた。
「え……やだ。嘘っ、でしょ……?」
何かとてつもなく悪い夢を見ているに違いない。
心が苦しい。
汗が止まらず、呼吸が安定しない。
この戦争で一番脚が震えているのを自覚する。
リカの……死体。その目の前までなんとか歩く。
死因は……腹部に向けての槍での刺突。それを何本も受けた後こうして見せつけるようにオブジェとされたのか。
理由は分かる。
民衆の不安の種でありその原因たる存在をこうして見せしめにする。
それは民に安心を齎し、軍や警邏、ひいては国の強大さを端的に示す方法なのだ。
「……逃げなかったんすか。あんなに魔物をそっちに貸したのに、どうして……」
私達とて効率を求め避難民を寄生爆弾として扱った。
戦争の時点で道理も道徳も機能せず、責めるのは道理と理屈に合わないと理解している。
が、それはそれとして旦那サマと同じくらいに大切だと思った存在をこうして見せしめのようにされているのは堪える。
ぐったりとして地面を向いているリカの顔をそっと上げる。
「私が確実に任務達成出来る為に、最期まで……?」
これほどの外傷があれば当然、その表情は苦痛に歪んだ物だと思っていたのに、リカは安堵の表情のまま死んでいた。
「旦那サマ、リカを降ろして……。え?い、いやっすよ。時間が無いのは知ってるっすけど、このまま爆発で遺体すら残らないなんてあんまりじゃないっすか!」
このままではいけないと旦那サマを呼ぶも、彼は静かに首を振るだけだった。
旦那サマが私を抱える。
リカを通りすぎて首都から離れようとしている。
「や、やだっすよ!離して!リカを連れて行かなきゃ!ねぇ!」
王城の方から大きな音が鳴った。
爆発が始まったのだろう。
時間はもうない。
私は旦那サマに無理矢理連れられ首都を抜け、亜人達との合流地点に着くまでずっとリカの名を呼んでいた。
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