黄金鉄道

天川

第一章 労働者の大地

第1話 博馬の民、奈陀の国

 この国は、神より賜った黄金の大地と呼ばれていた。自然とともに生き、移牧文化をルーツに持つ博馬の民。近代化を果たしながら、開拓と共助の精神を今に伝える民族。


 彼方まで広がる国土と、古から続く伝統。

 そして、そんな絵画のような美しき大地に敷かれた一筋の鉄道──


 果てしなく広がる穀倉地帯とそこに寄り添う人々。農業大国として世界的に名を馳せたこの国の基幹を担うこの鉄道を、人々は親愛と誇りを込めて『黄金鉄道』と呼んでいた。


 ………………………


 実りの時期が近づき、小麦色にはまだ少し早い黄緑色の穀物畑の海を貫くように走る、世界的にも珍しい超広軌の大きな列車。頭上に架線の無い第三軌条式のレールの上を走るその車内は、いつものように雑然……いや、むしろ雑踏と言ったほうが良いだろうか。暮らしの息吹がそのまま持ち込まれたような、健全な騒がしさ────


 座席には、後ろ向きで窓から外を眺める子どもと、その隣では談笑に花を咲かせる母親。隣の行商の老婆は、目の前で果物や野菜を広げ、その場で周囲に売り始めていた。時折、商品の皮を剥いて周りに配ったり、そこに声を掛ける旅行中の者もいれば……出勤途中と思しき身ぎれいな者もいる。夜間労働の帰りらしき現場で汚れた作業服と、これから現場に向かう洗濯したばかりの作業服。それに交じって、隣町に買い物に行く風情の若者の姿もある。


 その列車の通路の端で、少し遠慮したように携帯電話に向かって話している背広の男──諸外国の列車なら静音指定もあるだろうが、ここは労働者向けの三等客車だ。周りの客は誰も気にした素振りは見せていなかった。


「──いやいや、私は只のであって、警察でも捜査局の人間でもないんだがね……」


 電話に向かって話すこの男の名は、エリアス少佐。

 彼は隣国の『連合王国』出身で、ここ『奈陀なだ博馬国はくばこく』の総領事館に赴任してきている外交武官(軍人外交官)である。


『──そう言わずに……頼みますよぉ、少佐殿。うちの連中、ろくに新文字も読めない有り様で……』

 電話の相手は、そう言ってなんとかこの男の助力を得ようと胡麻を擂ることに余念がないようだ。いつもの事なので、彼は会話を楽しみつつ一応の予防線も張っておく。


「あまり他国よその事情に首を突っ込む訳にはいかんでしょう? 寄り道が過ぎると、上司からお咎めを受けるかも……」

『──そこをなんとか! 交通費はで持ちますから、あ……なんなら、昼飯もご馳走しますよ?』


 どちらにしても税金であって、自分たちの懐が痛むわけではない。お互い国民ひとの金で仕事をしていながら随分な物言いだと、エリアスは自嘲的な笑みを浮かべた。


 この電話越しの相手は、隣町の地元刑事。この国に来てからというもの、しょっちゅう顔を合わせるようになった馴染の間柄で、若い男とやや歳の行ったベテラン風の二人組。──今話しているのは、そのベテランの方だ。

 彼によると昨夜、街の共同宿でちょっとした騒ぎがあったらしい。けが人などは出ていないが、バタバタとした小競り合いの音と怒号が響いていたらしいが、宿の主が確認した時には既に部屋の客はいなくなっていた。部屋には手がかりになりそうな書き物が残っていたが、博馬の民の古い旧文字と世界共用語とで書かれていて、そのどちらも読める者がいないのだという。

 字が読めないとは呆れた話にも聞こえるが、この国は世界共用語ではなく自国の言語を使い続けている者が圧倒的に多い。いくら優秀な警官でも他国の言語まで堪能とはいかないのだろう。


「私だって、この国の旧文字など読めないが──」

『共用語が読めるだけでも助かります、お願いしますよ?』


 少佐は再び苦笑いを浮かべた。いかに外交武官と言えど、自国外で行使できる捜査権などあるわけもない。……単なる手伝いとはいえ、完全な越権行為の上に報酬も出ない。感謝はされどもリスクしか無い頼みである。


 しかし彼は、いつもの人の良さで、

「まあ、急ぎの用事も無い。あまり長居はできないが……それでもよければ顔を出してみましょう」

 適当に渋る素振りは見せつつも、最初から断るつもりも無かったため、毎度の通り承諾の意を伝えていた。


『助かります! 駅に部下ロイドを迎えにやりますので』

 その安心したような早口に、軽く返答をして彼は電話を切った。


 警官の彼が「新文字」とか「共用語」と呼んでいたのは、現在世界共用語として使われている王国語のことであり、エリアスの母国語でもある。世界で最も使用人口の多い言語のため、世界共通言語が制定される際に、第一共用語として指定された経緯がある。


 電話を終えたエリアスはのんびりと席に戻って座り、再び足を組んで賑やかな車内を見回す。


「あら、領事さん。今日は鉄道なの?」


 隣に座っていた御婦人がそう声をかけてくる。本来「領事さん」とはのことを指すので、彼に使うのは正確ではない。しかし、一般人にとって総領事館など用が無ければ立ち入ることも無いだろうし、中で働いている人間に会うこともなかろう。どう呼ばれようが自分を指す名なら不満も無い。彼のように、一般市民に親しまれ顔を覚えられている外交関係者というのは珍しいのだ。


「ええ、隣町まで。奥様は、お買い物ですかな?」

「はい~。娘に子どもが生まれたそうで、うふふふ。おみやげを買いにね──」

 そう言って、御婦人は青の『労働旅券』をちょこんと見せた。この国では労働者の権利が非常に手厚く保証されており、国から発行されるこの労働旅券を提示すれば三等客車に無料で乗ることができるのだ。

「──私もいよいよ、おばあちゃんですよぉ、おほほほ」

「おやおや、それはおめでとうございます」

 そう言って、にこやかに言葉を交わす。


 任期の三年目で、既に慣れ親しんだ空気──。


 人の良いエリアス少佐は、地元民からの評判も良く、出先でもこのように気さくに声をかけられる。外国人でありながら奈陀国語を自在に操る事ができる彼は、普段からいろんな相談を持ちかけられることが多いのだ。

 王国大使や正外交官はちゃんと別に在籍しているので、彼は外交上の主役ではない。そのためか、いろいろと雑務をさせられているというのが内情である。


「よう、少佐殿。今日はお早いご出立だねぇ」

「おはよう、軍人さん。今日はどちらまで?」

 領事さん、少佐殿、軍人さん──様々な呼ばれ方をしているが、みな彼を指す言葉だ。こんな風に、車内で顔を見かけると陽気に声をかけていく者が多い。

 そんな市民たちの胸ポケットには、決まって労働旅券が入っている。この国では、この労働旅券こそが身分証であり権利を担保する証でもある。


 そんな牧歌的な乗客の多くは『自由労働者』と呼ばれる働き手たちだ。彼らは固定職というものに縛られず、労働旅券を片手に季節ごとに必要とされる仕事を見つけては、奈陀国全土を移動しながら就業する。諸外国なら「季節労働者」「期間工」とでも呼ばれそうな就労形態だが、この国ではそんな自由労働者を特に重要視し、謂わば「社会の血液」、代えの利かないとして扱っているのである。


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