第11話 新メンバーの実力


 六時前に全員が集合した。最初に姿を現したのは、ファンキーベースマンのコーイチ。中肉中背ながら、メイクで派手に飾られた顔とツンツンの髪は、まるで怒り狂う山嵐のようで、どこか挑発的な輝きを放っていた。

 次に現われたチャーリーは、アメフト選手のような逞しい体格を誇り、迫力ある姿と裏腹に、優しげな瞳が見る者に不思議な安心感を与えていた。


 スタジオに集う瞬間、コーイチはもちろんチャーリーもまた、ヒーの存在に心惹かれるかのように、会うなりすり寄っていく。亜美はすかさず信也の元へ寄り添い、冗談混じりに問いかける。


「いいの? 彼女、大人気じゃない」


 その声に、信也は普段通りの落ち着いた口調で、しかし確固たる意志を込めて答える。


「今日は、彼らが入りたくなるような、すごいやつを頼むからな」


 いつもはおとなしい信也が、バンド運営に対して真剣に取り組む姿に、亜美は目を丸くし、頼もしげな視線を投げかけた。すると、彰が楽しげに、しかし鋭い感性で呟く。


「なんだか恋愛クラブだな」


 そんな軽口が飛び交う中、皆の和やかな雰囲気も、一瞬の戯れとともに収束し、各々が新たな役割を意識し始めた。

 コーイチは彰に向かって丁寧に頭を下げると、柔らかいが力強い声で言った。


「お疲れ様です。また一緒にやれるということで、楽しみにして来ました。そちらの一年生は、だいぶ弾けるんですか?」


 彰はにやりと笑い、軽口で返す。


「聴けば分かるさ」


 そのやり取りを横目に、信也は無表情でコーイチの顔を観察する。新たな仲間の一人一人の個性が、既にこの夜の空気に溶け込み、何か大きなものが始まる予感を漂わせていた。

 チャーリーが、柔らかな声で、しかし確かな意志を込めて告げる。


「よろしくお願いします。ドラム、いい感じに叩けますから」


 それを聞いてか、トモとチャーリーの間に、どこか懐かしさすら感じる不思議な空気が流れた。


「よし、時間だ。スタジオに入ろう!」


 先頭に立つ彰の声が響くと、新旧メンバーは各々の楽器を手に、内に秘めた情熱を胸にスタジオへと足を踏み入れた。


***


 スタジオ内に響くのは、各パートの微妙な調律音。ドラム以外は、すべて自前の楽器に対し、ボーカルの彰も持参のギターを熱心に調律している。すべてが整い、いよいよ演奏に臨む前の一瞬。皆の視線が、中央にいる彰に集中する。

彰は静かに、しかし重みのある声で告げる。


「このバンドのテーマは『裸になろう』だ。客が本当の自分をさらけ出したくなるような、扇情的な音を頼む」


 それに、コーイチが不敵な笑みを浮かべ、声を張り上げる。


「言葉じゃなくて、やってみようぜ」


 演奏の時は、先輩後輩の区別はないタイプらしい。ただ一つの目的に向かって、全員が心を一つにした。彰がさらに続ける。


「OK、じゃあ、メジャーなところで音を合わせてみよう。プリンスの『ホエンダブズクライ』だ」


 瞬く間に、全員の間に同意の空気が流れ、信也は躊躇なく信長とスイッチする。緊張と興奮が交錯する中、信長のギターが鋭く、そして情熱的にフレーズを刻み始めた。

 その最初の一音とともに、コーイチの瞳が鋭く光る。原曲には存在しなかったベースラインを、彼は瞬時にイメージし、即興でその核となるリズムを形作った。ファンキーな響きが、静かな室内に深い余韻を残すと、チャーリーにもまた、厳しい試練が課された。もともと打ち込みで構成されたビートを、マシン以上に正確なドラミングで再現する必要があったのだ。


 さらに、ソロ部に差し掛かると、ギターとシンセサイザーの絡みが複雑な模様を描く中、信長はその技量でシンセの不在を補うかのように、華麗なフレーズを紡ぎ出した。ボーカルは、彰の広い音域を活かした高音ファルセットが重なり、まるで聴衆の心に直接語りかけるかのようだった。


 そして、最も予想外だった瞬間が訪れる。信長のギターソロが最高潮に達したそのとき、飛び入り参加となった亜美が、シンセサイザーの代わりに美しいコーラスを重ねた。彼女のコーラスは、ギターの多彩な表情を、まるで磨き抜かれた白いお皿のように、澄み渡る輝きで映し出し、聴く者の心に深い余韻を残した。あのライブ以来、亜美の才能が完全に覚醒した瞬間であることは、誰の目にも明らかだった。


 演奏が終わると、室内は一瞬の静寂に包まれた。やがて、彰が満足げに呟く。


「これなら、大丈夫だ。本番は、きっと楽しいライブができる」


 その言葉に、信長と見合うように彰がしっかりと頷き、互いに確固たる信頼と期待を交わす。新たに揃った仲間たちは、理性で装った衣服と仮面をかなぐり捨てて、野生の本能をむき出しにさせる特別なしらべを目指してスタートを切った。


***


 新メンバーとの三時間に及ぶセッションが終わると、スタジオ内には汗と情熱が混じる独特の余韻が漂っていた。信也は、バラードナンバーファイブの演奏中、信長に無理矢理参加させられ、再び亜美との激しくも切なげな絡みを披露した。二人の音の交錯は、まるで過去の痛みとこれからの希望が一体となって走り抜けたかのようで、聴く者の内面に深い痕跡を刻んでいく。


 セッションが終わり、時計は九時を回っていた。たった一曲の演奏だけで、信也は限界を迎えていたが、コーイチが「どうしても結成式をやろう」としつこく迫るため、仕方なく少しだけ付き合うことに決めた。同行するのは、今日は大人気のヒーと、少し浮かれた様子のトモ。七人は、タクと足を運んだ南口の居酒屋へと向かった。


 店内に入ると、木の温もりが感じられる和風の照明と、ほのかな酒の香りが漂う中、信也は亜美とヒーに両脇を固められ、フーとため息をつく。ヒーの隣には、相変わらずハイテンションのコーイチが座り、何度も「本気だ、本気だ!」と、ヒーに向かって情熱的な宣言を繰り返していた。

 対面するテーブルの向こう側には、チャーリーを挟んで彰とトモが席に着いていた。彰は、初めて聴いたチャーリーのドラムが気に入ったようで、好きなジャンルや影響を受けたアーティストについて、熱心に尋ねる声が絶えなかった。


「チャーリー、あんたはどんなリズムに心惹かれるんだ? ジャズか、それともロックか?」

「俺は、ビートの中に生きる自由さを感じるんだ。たとえば、マイルスのインプロビゼーションや、スティーヴ・ガッドの精密な叩き……」


 彰のとめどもない質問に、チャーリーは穏やかな笑みを浮かべながら、しっかりと自分の音楽観を語っていた。一方、トモは、憧れの人物と同じ席にいる喜びで、普段とは違うおかしな言葉を口走っては、何度も周囲の微笑みを誘っていた。


 しかし、この結成式で最も忙しいのは、間違いなくヒーだった。信也と亜美がこれ以上親密にならないよう、鋭い目を光らせながらも、隣に座るコーイチのしつこい求愛を、ひたすらかわし続けるその姿は、どこか滑稽すら感じさせた。

 ヒーの矢印が明らかに信也に向いているのに、コーイチは全くもってめげることなく、何度も「俺の情熱をファンキーに受け止めてくれ」と、笑いながらも真剣な眼差しでヒーに迫る。


 その様子を、上空に漂う信長は、珍しく楽しげな表情でクスッと笑い、信也だけに聞こえる声で囁きを送った。


 ―― なかなか見上げた性根のう。


 そんな多彩で個性的なメンバーが一堂に会するこの結成式は、どこか落ち着きのない賑やかな宴となった。だが、信也はそれぞれの顔をじっと見渡しながら、内心で確かな手応えを感じていた。ここに集う仲間たちの情熱と個性が、これからのバンドに新たな可能性と輝きを与えてくれる――そんな確信が、彼の疲れた体と心を、少しだけ温かく包み込んでいた。

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