第8話 魂の目覚め


 信也はメーク用の鏡を見ながら、自分が自分であることを確認する。信長の怨霊と出会ってから、日常は様変わりした。

 元から人前に出るのが好きではなく、高校時代も品行方正で成績が良いだけの目立たぬ人間だった。大学に入っても、トラブルから人嫌いになって、引き籠ってしまった。そんな生活も悪くはないと思っていたのに、いくら怨霊に憑依されたからと言って、平然とこの場所にいることが信じられなかった。


「緊張しているのか?」


 声をかけてくれたのはタクだった。そんな風に見えるのかと思いながら、振り向いて笑う。


「大丈夫ですよ。ステージに立てば落ち着きますから」


 しかし、ステージに立つのは信長だ。


「たいしたもんだな。リハは躊躇なしに挑むようなギターだった。俺について来いと主張しているようにさえ感じたぞ」


 信長が生来持っているリーダーシップがそうさせるのか? そう言えばマスクデータの影響力もチートで二百にしてた。城攻めを行えば囲んだだけで、相手が降伏するレベルだ。そんな信長と比べれば、緊張してるように見えても当然だ。


「だが、プレイ中の信也だと一緒にいるのが息苦しくなるかもしれないな。今みたいな顔を見せてくれると、正直ほっとするよ」

「あっ、いえ、すいません」


 ホントは信長なのに、年上のタクにそこまで言わせて、申し訳ない気持ちに成った。


「いや、こちらこそ申し訳ない。ライブ前に情けないことを言っちゃったな」


 タクは申し訳なさそうに頭を掻く。


「シンヤ、こっちに来て」


 亜美に呼ばれたので、立ち上がって隣に座る。


「ねぇ手を握って」


 みんなの前で恥ずかしかったが、誰も信也たちを気にしていない。思い切って差し出された亜美の手を、両手でそっと包むように握った。

 細い手が震えていた。

 亜美は目を瞑って、手を握られたままじっとしている。

 しばらくそのままでいると、手の震えが止まった。


「ありがとう。もう大丈夫」


 信也はそっと亜美の手から両手を離した。


「開演一分前です。スタンバイでき次第、ステージに出てください」


 進行のお姉さんが開始を告げる。


「用意はいいか?」


 吉永が皆に声をかける。


「OK~」

「任せろ」


 てんでに意思表示する。みんな問題ないようだ。


「よし、じゃあ行こう」


 その言葉を合図に信長にスィッチした。


***


 タクを先頭に、ステージに出ていく。

 会場は拍手に包まれる。拍手はだんだん一定のリズムを刻み始め、ポジションに向かう足取りが軽くなる。

 

 客席は暗く、ステージに当たる照明が眩しくて客の顔が良く分からない。信也は信長から離れ、角度を変えて客席を見た。スタンディングエリアの中程に梨都の顔を見つけた。


 ―― 来てくれたんだ。


 信也はすっかり安心した。

 ヒーの姿も見える。ショーやクニ、トモと一緒に来たみたいだ。トモは既にノリノリで手を叩きながら身体が揺れている。


 客席は満杯だ。最後方のカウンター席も全て埋まっている。客層は男女半々といったところか。年齢層はやはり若者が多いが、三十代と思われる客も一定数存在した。ごく少数だがスーツ姿の客もいた。


 初めてライブに来て、信也はライブのお客さんは、映画館や演劇の舞台に来るお客さんと違うように感じた。同じ期待感でも、映画や演劇は楽しませてもらう期待感だが、ライブは観客も一帯になる感じだ。


「今日は俺たちのライブに来てくれてありがとう!」


 拍手が止んで、タクのMCが始まった。


「見て分かる通り、インストバンドに戻っていたシャークスに、歌姫が帰ってきた。そしてご機嫌なゲストギタリストも参加してるぜ。彼は明峰大の夏フェスに出たいのに、メンバーが足りないそうだ。今日のライブを聴いて、心にグッと来たら、声をかけてみて」


 今から夏フェスに向けてメンバー募集と聞いて、客席から軽く失笑が漏れる。事情を知ってるとすれば、明峰大生だろう。


「OK、じゃあ始めようか。ジェットトゥジェット」


 客席から爆音のような歓声がステージに届く。

 ゲンのドラムが音を刻み始めてもそれは止まらなかったが、信長のギターがイントロを奏でたとき、一瞬静寂が訪れた。


 アルペジオが終わって、リフに入った途端、静寂はオープニング以上の爆音に変わった。まだ序盤なのにヘッドバンキングしている者もいる。


 亜美のボーカルとタクのギターが入ったとき、音の厚みが一挙に増して、前の客は右手を振りかざして、リズムに合わせて力強く前後に振り始めた。

 嵐のようなボーカルパートが終わり、ギターソロが始まったとき、客の声が再び止んだ。

 その場の全員が、信長の超絶テクに魂を抜かれたように見入っている。


 二曲目はソルジャートゥフォーチュナー。信長のギターを際立たせようと、吉永がわざわざ入れ込んだ曲だ。

 この曲で客は、信長が本物であることを確信した。観客の期待が信長に集中する。


 三曲目と四客目は、タクの書いたオリジナル曲だ。タクらしい明快な主張が際立つグッドソングだ。古くからのシャークスファンは、タクと連呼しこの素晴らしい曲を称えた。


 五曲目と六曲目はポピュラーなロックナンバーから、リビングオンアプレヤーとファイナルカウントダウン。

 友達に誘われて、初めてシャークスのライブに来た客も、耳に馴染んだ曲でようやくコアなファンのテンションに追いつく。


 曲が終わるとタクのMCが入る。


「サンキュー、サンキュー! 暖まって来たところで、メンバーのソロパートをアピールしたオリジナルいくよー。ダッドランアラウンドザシティ」


 ゲンの叩きつけるようなドラミングが始まった。続いてカズのベースが入り、ドラムとベースの掛け合いが続く。ソロパートの前に亜美のコーラスと二本のギターが入り、厚い音を聞かせた後に、ゲンのドラムのソロパートが続く。

 ゲンがエネルギッシュにビートを刻み、歓声がステージを包む。

 バンドのムードメーカーだったゲンの十六年間の思いが詰まったようなパフォーマンスだった。


 続いて、カズのオリジナル曲が始まる。

 時にはゲンのドラムに合わせ、また時にはタクのギターに寄り添い、常にバンドのつなぎ役として役割を全うしてきた男は、実は陽気なファンキーベーシストだ。ソロパートのグルーブ感は、観客のうねりを誘った。


 信也は曲が進むにつれて、プレイヤーとオーディエンスの不思議な一体感が、どんどん強くなるように感じた。

 プレイヤー側がソウルフルに演奏すれば、オーディエンスも心を震わせ、ダンサンブルなビートに対しては、身体が自然に踊りだす。気持ちがつながる高揚感は、生霊の信也も引き寄せられるような勢いがあった。

 さらに曲が進み、亜美のソウルフルなボーカルを、より一層際立たせるバラードに変わった。オーディエンスは、踊るのを止めて、からみつくような歌声に、しっかりと心を震わせている。


 亜美のバラードを聴いて、信也の魂に新しい感性が生まれようとしていた。それは曲が変わって、再び激しいロックナンバ―になっても消えなかった。ダンスナンバーでも、R&Bでも消えない確固たる信也の主張が連呼している。

 生身の身体が欲しい、この場のみんなに自分の魂を届けたい――それは信也の祈りとなった。


 最後の曲に進む前に、突然、信長が信也とスィッチした。


 ―― えっ、どうなってるの?

 ―― そちも、ライブに参加するんだ。

 ―― 無理だよ、弾いたことないし。

 ―― 大丈夫だ。身体が既にテクニックは覚えている。今そちの中に生まれている感性をぶつけるだけでいい。


 タクが次はラストナンバーであることを告げる。

 例のバラードだ。亜美が信也に信頼の眼差しを向ける。

 タカが作ったこの曲の完璧な再現こそ、亜美がこのライブで一番求めているものだ。

 これまで信長はこの曲を弾くたびに、そのリクエストをパーフェクトに満たしてきた。

 俺は……。


 ゲンのドラムが始まった。

 カズのベースが参加する。

 次がギターとボーカルだ。


 ―― 信長、代わって!


 信也はもう一度信長にスィッチを求めたが、何も返事はない。

 不思議なことに、不安よりも胸の中にたぎる思いが背中を後押しする。

 信也は腹を決めた。

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