第24話 嘘が、俺を壊す

 「じゃあ聞くけど、氷室蓮――

 お前、本当に“あの事件”を覚えてるのか?」


 橘照彦の声が、暗い空間に響いた。

 何もないはずの虚無に、一瞬で“あの記憶”が浮かぶ。


 血の色。震えた指先。

 そして――冷たくなった、少女の手。


 「やめろ……それは俺じゃない……!」


 そう言いたかった。

 でも、口から出てきたのは逆だった。


 「……俺が、殺したんだ」


 その言葉と同時に、空間が“固定”される。


 記憶の映像が鮮明になり、音が重なり、匂いすら混ざる。

 まるで、“現実”そのものだった。


 「今、お前が信じた。

 これが俺の能力の真骨頂だ。“記憶の確定”。

 信じた瞬間、それは“真実”としてお前の精神に組み込まれる」


 橘の能力リコンストラクト

 “真実を信じさせることで、人格を奪う”。


 (違う……違う、俺は……!)


 けど、なにもかもが自然だった。

 場面も、言葉も、感情も、すべてが“俺の記憶”として矛盾がなかった。


 だが、そのとき。


 「蓮……!」


 遠くで、声がした。

 どこかで聞いたような――でも、思い出せない声。


 「……お前、誰だ……?」


 空間の奥に、ひとりの“少女”が立っていた。

 制服。茶色い髪。伏し目がち。

 けれど、その目だけが真っすぐ俺を見ていた。


 「――“霧島ひな”。

 お前が殺したって信じ込まされた、“被害者”役の女だ」


 橘が笑った。


 「さあ、“ひな”に聞いてみろ。お前は本当に彼女を殺したのか?

 自分の中にある答えだけを信じて、答えてみろよ」


 俺はひなを見た。


 手は震えていた。

 でも、彼女は一言だけ、俺に言った。


 「“ほんとうのこと”って、覚えてるものじゃないよ。

 “信じたこと”が、嘘にならないように、ずっと忘れないようにしてるだけ」


 その言葉が、俺の中で何かを貫いた。


 俺の記憶は改ざんされている。

 でも、心の奥には、“嘘で守ろうとした本当の気持ち”が残ってる。


 “守りたかった”。

 “俺は、殺したくなんかなかった”。


 「――そうだ。俺は、お前を殺してなんかいない」


 俺が叫んだ瞬間、空間が砕けた。


 橘が顔をしかめ、膝をつく。


 「やるじゃねえか……だが次は、“お前が自分で信じた嘘”を暴いてやる。

 自分でついた嘘は、誰よりも深く、誰よりも壊れる」


 そして橘の身体が霧のように消えた。


 残された俺の目の前には、

 何も言わずに立ち尽くす“霧島ひな”がいた。


(続く)

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