第21話 観測の外側

モニターが沈黙したあとの世界は、やけに静かだった。


 緊張も、警報も、もうどこにもなかった。

 ただ、ほんの少しだけ、館の空気が重くなった気がした。


 膝をついていた俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 さっきまで見せられていた映像――

 血に染まったバット、歪んだ笑み、殺意を向ける俺自身。


 けど、それを見ても、俺は死ななかった。


(つまりあれは……“真実”じゃなかった)


 ジャッジは動かなかった。誰も倒れなかった。

 それが何よりの証拠だった。


「……俺の嘘は、まだ暴かれていない」


 思わず、そんな言葉が口から漏れた。


 そのとき、静かな足音が近づいてきた。


 「やっぱり、ここにいたのね」


 咲良美音だった。

 いつもの挑発的な笑顔ではない。落ち着いた目で、俺を見ていた。


 「平気なの?」


「……まあな。あれは、俺の記憶じゃない。少なくとも、俺の意志じゃない」


「じゃあ、信じてるんだ。自分自身を」


 美音はふっと笑った。

 けど、次の瞬間、その瞳にわずかな鋭さが走った。


 「蓮、私、少し前に不自然な通路を見つけたの。

 誰も通っていないはずの“西棟”よ。……一緒に来て」


 西棟――俺たちが今まで一度も立ち入らなかったエリア。

 確かに、見取り図にはそれらしき区画が記されていた。

 だが、扉はずっと閉ざされていたはずだ。


「……何があった?」


「それは、見てからのお楽しみってことで」



 美音に案内され、俺たちは薄暗い廊下を進んだ。


 途中、明らかに壊された形跡のある扉を見つける。

 その向こうにあったのは、広い部屋だった。

 壁一面に並んだモニター。そして、見覚えのない名前のリスト。


 俺は目を凝らした。


「……これ、他の参加者?」


「そう。名前は一致してる。でも、四人分の欄だけ“観測不能”になってる」


「観測不能……?」


 美音が画面を指差す。


「どうやらここは、私たちとは別の“観測グループ”だったみたい。

 つまり、私たちだけがこのゲームに参加してるわけじゃない」


 息が止まった気がした。


 十二人の参加者。

 でも、俺たちは“蓮を観測するための表側グループ”で――

 もうひとつ、“別ルート”で動かされていた者たちがいた……?


「……じゃあ、俺たちは……観測されながら、何をしてたんだ」


「たぶん、“君がどこまで嘘を信じられるか”を試されてた」


 美音の声が静かに響く。


 俺は改めて、モニターに並ぶ名前を見つめた。

 その中には、見覚えのないものも、うっすらと記憶に引っかかるものもあった。


 その瞬間だった。


《システム通知:人格統合フェーズ開始》

《対象:氷室 蓮》

《観測データ統合準備中》


「……統合?」


 美音が顔をこわばらせた。


「“人格統合”って……まだ終わってなかったの? あんたの再構築」


「いや……これは、俺の意思で止められるはずだ」


 モニターに映る無数の“嘘”。

 誰かの記憶。誰かの願い。誰かの“真実だったかもしれない過去”。


 それらが、今すべて“俺”の中に流れ込もうとしていた。


 このまま受け入れれば、完璧な“氷室蓮”が出来上がる。

 でも、それはもう、俺じゃない。


 だから――


「俺は、選ぶ」


 静かにそう口にした瞬間、頭の奥で声が響いた。


君が選ぶのは――どの嘘?


 あの夜に聞いた、あの問いかけだった。


 だけど今の俺は、迷わない。


(俺が信じたいのは、“嘘を超えて、生きようとする俺自身”だ)


(続く)

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