第14話 名乗れない者
《EYE:DUEL 終了》
《生存者数:10名》
デュエルのあとの沈黙が、館内を支配していた。
咲良美音は、自室に戻ることなく、ひとり静かな廊下を歩いていた。
誰にも見せない顔。
誰にも悟られたくない“もうひとつの感覚”に、神経を研ぎ澄ませる。
(……この能力、“名前”に違和感のある相手がいると、全身がざわつく)
彼女の新たな能力――
《真名感知(ネームトラッカー)》
名前を偽っている者、記録と人格が不一致な者。
“違和感”の波が、空気の中に浮かぶように感じ取れる。
そして今、その感覚が――微かに、でも確かに“反応していた”。
(誰かがいる。この中に、“本当の名前じゃない誰か”が)
*
翌朝、食堂。
参加者たちはそれぞれ黙って食事を取っていた。
氷室蓮は、誰とも目を合わさずに席についていた。
昨夜のデュエル。
暴かれなかった“嘘”の重さは、逆に自分を圧迫しているようだった。
そこへ、美音が現れる。
「……おはよう、氷室くん」
「……ああ」
何も言わない。それでも、お互いが“探り合っている”のは明らかだった。
美音は蓮から目を離し、部屋の奥を静かに見渡す。
(……誰? 誰が、この中で“偽ってる”の?)
そのとき――
(来た)
まるで空気が跳ねたように、
美音の中の“真名感知”が強く反応した。
(今の人間……“名前が違う”)
それは――参加者No.10「時任 柚希(ときとう ゆずき)」
小柄で地味な女子大生。これまであまり目立たず、他人と深く関わることもなかった。
(……でも、おかしい)
(彼女の“存在”に、名前が乗ってない。
まるで、“名前が後から貼りつけられたみたい”)
*
部屋を出てから、美音は静かにモニターにアクセスした。
【No.10 時任 柚希】
【登録データ:中部圏・私立大・文学部・3年】
【照合エラー:音声記録一致なし/過去の交友記録不明瞭】
(……やっぱり、“この名前”で生きてきた痕跡がない)
(この子、――本名じゃない)
その瞬間、彼女の頭に浮かんだ仮説は、冷や汗を呼んだ。
(まさか、“死んだ誰か”の身代わりで来てる?)
“身代わり参加”――つまり、“本来ゲームに参加するはずだった別人”の名を借りて、ここに紛れ込んでいる。
それはつまり――
ジャッジの管理すら欺いて入り込んだ存在だ。
(こいつ……ただの参加者じゃない)
*
蓮は部屋に戻ろうとしていた。
その途中――美音が後ろから声をかけた。
「氷室くん、今夜、ひとつ“共同調査”しない?」
「……誰を?」
「No.10、時任 柚希」
蓮の眉が動いた。
「なにかあるのか?」
「……いるのよ、ここに。“名前すら名乗れない人間”が」
彼女の声には、ほんの少しだけ震えがあった。
感情じゃない、もっと“本能”の震え――
本物の“異物”に触れたときの、ぞくっとする感覚。
(続く)
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