第14話 名乗れない者

《EYE:DUEL 終了》


《生存者数:10名》


デュエルのあとの沈黙が、館内を支配していた。


咲良美音は、自室に戻ることなく、ひとり静かな廊下を歩いていた。

誰にも見せない顔。

誰にも悟られたくない“もうひとつの感覚”に、神経を研ぎ澄ませる。


(……この能力、“名前”に違和感のある相手がいると、全身がざわつく)


彼女の新たな能力――

《真名感知(ネームトラッカー)》


名前を偽っている者、記録と人格が不一致な者。

“違和感”の波が、空気の中に浮かぶように感じ取れる。


そして今、その感覚が――微かに、でも確かに“反応していた”。


(誰かがいる。この中に、“本当の名前じゃない誰か”が)



翌朝、食堂。

参加者たちはそれぞれ黙って食事を取っていた。


氷室蓮は、誰とも目を合わさずに席についていた。

昨夜のデュエル。

暴かれなかった“嘘”の重さは、逆に自分を圧迫しているようだった。


そこへ、美音が現れる。


「……おはよう、氷室くん」


「……ああ」


何も言わない。それでも、お互いが“探り合っている”のは明らかだった。


美音は蓮から目を離し、部屋の奥を静かに見渡す。


(……誰? 誰が、この中で“偽ってる”の?)


そのとき――


(来た)


まるで空気が跳ねたように、

美音の中の“真名感知”が強く反応した。


(今の人間……“名前が違う”)


それは――参加者No.10「時任 柚希(ときとう ゆずき)」

小柄で地味な女子大生。これまであまり目立たず、他人と深く関わることもなかった。


(……でも、おかしい)


(彼女の“存在”に、名前が乗ってない。

まるで、“名前が後から貼りつけられたみたい”)



部屋を出てから、美音は静かにモニターにアクセスした。


【No.10 時任 柚希】


【登録データ:中部圏・私立大・文学部・3年】


【照合エラー:音声記録一致なし/過去の交友記録不明瞭】


(……やっぱり、“この名前”で生きてきた痕跡がない)


(この子、――本名じゃない)


その瞬間、彼女の頭に浮かんだ仮説は、冷や汗を呼んだ。


(まさか、“死んだ誰か”の身代わりで来てる?)


“身代わり参加”――つまり、“本来ゲームに参加するはずだった別人”の名を借りて、ここに紛れ込んでいる。


それはつまり――

ジャッジの管理すら欺いて入り込んだ存在だ。


(こいつ……ただの参加者じゃない)



蓮は部屋に戻ろうとしていた。

その途中――美音が後ろから声をかけた。


「氷室くん、今夜、ひとつ“共同調査”しない?」


「……誰を?」


「No.10、時任 柚希」


蓮の眉が動いた。


「なにかあるのか?」


「……いるのよ、ここに。“名前すら名乗れない人間”が」


彼女の声には、ほんの少しだけ震えがあった。

感情じゃない、もっと“本能”の震え――

本物の“異物”に触れたときの、ぞくっとする感覚。


(続く)

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