愁思郎vs兄弟子

 藁垣わらがきと、兄弟子ベクターとの戦いが始まろうとしている。


 ベクターが剣を抜いた時、クラウディウスはそれが魔剣の類だと一目で看破した。

 ならば断絹たちきぬを返すべきだと思って返そうとするが、塵塚ちりづか怪王かいおうに遮られる。

 何故だと訝しんでいると、目目連もくもくれんが連れて来た妖怪が二体、藁垣の下へ集結した。


「お待たせ、しました……」

「何度も呼んでごめんよ、百々目鬼どどめき

「何だそいつ……キモっ」


 ベクターの心無い言葉が刺さる。

 彼女は見た目こそ藁垣やクラウディウスらと変わらない年頃の女の子だったが、袖を捲って晒した腕には大量の目が付いており、閉じたり開いたりを繰り返していた。


 確かにクラウディウスも初見では驚かされる外見だが、それを除けば彼女も種族が違うだけで一人の女の子であり、種族が違う故の差別などあってはならぬ事だった。

 クラウディウスが意見しようとすると。


「おいおい百々目鬼が気持ち悪いって? なら俺の事はもっと気持ち悪いんだろうなぁ」


 声が聞こえたと思ったら、いつの間にかベクターの目の前にいる妖怪。

 顔が凄く近い上、単眼だったので驚いて悲鳴を上げてしまったベクターを見てゲラゲラ笑う口の上の鼻は右頬に近い位置に傾いて付いており、ずっと舌を出していた。


「いそがし。また人を脅かして……」

「やはははは! 嫌々、キモいキモい言う奴に限って肝がちいせぇからなぁ! 脅かし甲斐があるもんで、つい」


 エルフや獣人のような身のこなし。

 魔法何て使っていないのに、身体強化を施した特攻陸軍より速い。

 肉がほとんどない骨と皮だけで出来たような体は、まるで軽量化するために特化したチーター系の獣人を思わせる。


 そして、藁垣が憑けるもう一人は、やる気満々の後神うしろがみ――ではなく。


「って、義兄にい様は駄目ですからね?!」

「儂が加勢する事に不満があるか。焚き付けた儂が助力するは当然の筋であろうが」

「今回は手合わせなんですから、義兄にい様の出番ではないでしょう?!」

「では貴様が出ろ、文車ふぐるま。藁垣の名を知らしめろ……よもや、それも不満だとは言うまいな……」

「わかりました! わかりましたから圧を掛けて来るのをやめて下さい! ハァ……そういう訳で、後神。今日はあなたはお休みして下さい」

「えぇ?! そんなぁ……愁思郎ぉ」

「うぅん……」


 正直、文車を出すまでもないとは思う。

 そも、後神はどんな妖怪と組み合わせても必ずいたので、やりやすい。

 のだが、このまま代わらないのは義兄あにが許さなそうだ。仕方ない。


「後神、交代」

「うえぇぇぇ、しゅうしろぉぉぉ……」

「喚くな……騒がしい」


 泣く子も黙る、なんて名乗り文句があったけどまさにこの事。

 泣き言を言っていた後神がピタリ、と泣き止んだ。

 泣く子も黙ると名乗る輩と何度か相対した事のあるクラウディウスだが、今日初めて実際に泣く子を黙らせた人を見たのだった。


 何はともあれ。

 以上の経緯にて今回藁垣に憑くのは百々目鬼。いそがし。そして、文車ふぐるま妖妃ようびの三人となった次第である。


妖威集套よういしゅうとうは出来るようになった?」

「なりましたが……連発はまだ……魔族との戦いで使って、まだ五時間も経ってないですし」

「なら。次は持続時間の延長と連発の練習をしなきゃね」

「相変わらず手厳しい。でも、それが義姉ねえ様です」


 魔族を倒したという事実は認めざるを得ない。

 が、自分を目の前に談笑する余裕。気に入らない。

 兄弟子はただ年齢が上だから偉いのではない。刻んだ年齢の分だけ、技術に磨きがかかるからこそ偉いのだ。その違いをわからせてやる。

 今のベクターの内心は、それらの感情でいっぱいだった。


「ラクタ。この戦いどう見る」

「ベクターの考え方は嫌いですが、実力だけは本物です。彼の魔剣に弟弟子がどう対応するか……後手に回っていては、まず勝てないと思いますが」

「なるほど。実に明確な分析だ」


 ただ、彼もまだ未熟。

 今までの一挙手一投足から敵の実力を計れるようになれねば、この先の行方は決まっている。

 これまでの会話と立ち居振る舞いから、藁垣の実力が見られずとも、性格がわかっていればどう出るかはある程度わかるだろうに。


 入隊する前に、そこら辺を鍛えてやらないといけない。

 が、今は戦いに注目だ。


「では、私がコイントスをしよう。コインが落ちた瞬間、試合開始とする。双方、準備はいいか」

「はい」

「いつでも」

「では……位置について……よぉい……」


 コインが宙に弾かれる。

 弧を描いて戻って来たコインが前寅の目の前を通過し、足元へ。

 コインが地面にぶつかって甲高い金属音を鳴らした時、ベクターが一歩踏み込んだ。


 同時、藁垣はベクターの目の前まで迫っていた。

 剣を高々と振り上げたベクターの懐に入り込み、繰り出された掌打を咄嗟に回避したところを追撃に次ぐ追撃。


 初手を取ったはずが自分が攻め込まれている状況を受け入れきれなかったベクターが剣を振り下ろすが、その場にもう藁垣はおらず、初手は頭上を取った藁垣の繰り出した踵落としとなった。


 魔法ではない?

 いや、藁垣は常に魔法を駆使している。


 藁垣の魔法は、他者の魔力を己が物として使う魔法、レンタルの応用。

 今も三体の妖怪の力を存分に活用し、ベクターから先手を取った。

 その事に、果たしてラクタは気付けているか――この様子だと、気付けていないか。

 情けない。


「っ……! こ、の……野郎!」


 薙ぎ払われる剣の下を潜り抜け、肉薄。

 両腕に複数の眼を宿した腕で繰り出す手刀の連続が、ベクターの体に幾度も突き立てられる。


 さすがに藁垣の膂力では、人の体に刺さるような事はない。

 だが喰らっているベクターは胃液を嘔吐し、苦痛に顔を歪ませて嫌がった。

 魔剣を振り払い、藁垣から距離を取ろうと試みるが、藁垣は全ての攻撃を掻い潜り、隙を見つけては指先でベクターを突いて行く。


「あの男も、おまえのように鎧でも着ていれば……愁思郎の攻撃を防げたものを」

「一体、藁垣くんは何を……」

「至極単純……いそがしは愁思郎の速力を増強させる。そして百々目鬼の目は、相手の急所を見つけ出す。つまりただただ速く、敵の急所を突いているだけ。まだ文車の力も使っていない」

「いや、突いているだけって……」


 普通に、凄い事なんじゃないか?

 そう思うのは自分だけなのか、クラウディウスはわからなくなってきた。


 主武装は鎖で繋がれた二丁拳銃。

 剣聖にも引けを取らない剣の腕もある。

 剣を相手に真っ向勝負が出来る体捌きもある。

 唯一、魔法の打ち合いは見た事がない。魔法師のはずなのに。


 しかし近距離戦闘では間違いなく他の誰にも負けはしない。

 その時借り受けている妖怪の力にも寄るだろうが、体に染み付いた術理が抜け出る事はないだろう。


 対個人特化魔法師。

 剣聖も個人戦を想定しているので同じと思われるかもしれないが、剣に銃に体術にと、三つも重なれば対個人特化と呼んでもおかしくはあるまい。


 現に、彼よりも多くの戦場を経験しているはずの現役軍人が翻弄されている。

 剣は当たらず、相手の攻撃は必ず当たる。そのストレスから来る心身双方の疲労が蓄積が苛立ちに変わり、彼の体力と気力を消耗させていく。

 まるで藁垣愁思郎という少年の掌の上で、踊らされているかのように。


「クソ! クソ! クソ! 澄ました顔しやがって! 気持ち悪ぃ……てめぇら全員気持ち悪ぃ! おまえも! そいつも、そいつも!」

「それは……煽り、ですか?」

「煽ってんじゃねぇよ! ただただ気持ち悪いって――」


 一瞬で肉薄。距離はゼロ。

 そして――


「“魂縛こんばく八卦はっけ”……」


 心臓とへそを、拳で同時に突く。

 するとベクターの動きが止まり、唯一流暢に動いていた舌までも回らなくなった。


 塵塚が鼻で笑う。

 その時既に決着したのだと、クラウディウスは理解した。


針女はりおなごめ……厄介な技を仕込んだな。しかし、人間が妖怪の秘儀を使う、か。さて、何千年ぶりだったか……おまえの時以来だな、晴明はるあきら

「晴明……?」

「女……もう決着だ。愁思郎を……労ってやれ」

「あなたは行かないのですか?」

「文車を持て余したあ奴を褒めるのは、まだ早い」


 なるほど。

 彼らから及第点を貰うのは、大変そうだ。

 そりゃあ技術のレベルも高いはずである。


「お疲れ様、藁垣くん」

「うん。義兄にい様と何か話してた?」

「いや? でも、まだまだだって言ってた」

義兄にい様なら、そうだろうな……」


 クラウディウスが来ても、ベクターの動きは戻らない。

 まるで彫刻のように、震える事も出来ぬまま立ち尽くしている。瞬きもしないし、眼球さえも動かない。

 指で突いただけで、そのまま倒れてしまいそうだ。


「これ、解除しないの……?」

「解除……解除ですか」


 今一瞬、藁垣が嫌な顔をした。

 言葉にはしていないが、え、もう解除するの? とでも言いたげな顔だ。

 そして、藁垣はベクターに背を向けてしまった。


「あの……藁垣、くん?」

「一時間もすれば解けますよ。ただ……僕個人としては、僕の家族を気持ち悪いと吐き捨てた事を悔い改めて貰えるまで……ずっと、縛っておきたい気はするのですが」

(あ、やっぱり怒ってたんだ)


 これにて決着。

 ベクターの意識は前寅へと助けを求めていたが、前寅は興味深そうにベクターの事を観察し。


「フム……見た事のない術式だ。これは一朝一夕では解析出来まい。一時間もすれば解けるそうだ。その後どうなるかは知らないが、とりあえず待つしかあるまい。下手に動かしておまえに何かあるともいけないから、置いて行くぞ」


 ベクターは内心、嘘だろと訴える。

 ラクタも何か言いたげだったが、前寅に反論出来る力は彼にはなかった。


「私は暫くこの城に泊まる。動けるようになったら来い。後……私は来る者は拒まぬが、去る者も追わぬ。行くぞ、ラクタ」

「は、はい……」


 その後、ベクターが城に戻って来ることはなかった。

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