呪いと書いてまじないとも読む
最近の
「ただいま――」
「がぁっ!!!」
襲い来る
翌日。夕餉時。
「今日のご飯は何でしょ――」
「ぐぁぁぁっ!!!」
跳び掛かって来る狗神を屈んで躱し、その場で回転。繰り出した後ろ回し蹴りが決まり、狗神は庭の池へと叩き込まれた。
「大将……何、こいつ」
「あぁ、すみません……
更に翌日。朝、起床時。
「はぁ……今日もいい天気――」
「ぎゃあああ!!!」
繰り出された爪を躱して腕を取り、背負う形で投げ飛ばす。
庭を転げた狗神は外壁にぶつかり、そのまま伸びてしまった。
また更に翌日。夜、浴場。
「今日は実技があって疲れ――」
「がるるるぁぁぁっ!!!」
跳び込んで来た狗神の目をタオルで覆いながら引っ張り、上を向かせてから腕で首を絞める。
抜け出そうともがく狗神はやがて意識を刈り取られ、泡を噴いて気絶してしまった。
「今日も、活きがいいなぁ」
「愁思郎! 早くタオル巻いて!」
「あぁ、ごめんごめん……」
またまた更に翌日。庭。
狗神は、藁垣の尻に敷かれていた。
「今日は呆気なかったなぁ」
「愁思郎に挑むなんて千年早いんだよ」
「やだな、後神。千年どころか、五年で僕は死んじゃうよ」
と、冗談で返すと、後神ではなく狗神が泣き始めた。
何度も何度も挑んでは呆気なく返り討ち。一撃も当てられなかった事が悔しかったのか、声を押し殺して泣きじゃくる。
が、藁垣は慌てない。寧ろここで慌てるのは、妖怪と共に在る者としては三流だ。
妖怪に対する三禁は、慌てない。恐れない。怖気付かない。
常に冷静に、対応を誤らない様に。
藁垣は狗神から退き、泣きじゃくる彼女の前に。
手を差し出すと、狗神は泣きじゃくりながらその手に噛み付いた。
「愁思郎!」
唇に人差し指を当て、静かにと促す。
狗神のような手合いとは、何度もやり合って来た。
だから、対処法は知っている。こういった場合、どのような代償を支払うべきかも。
「他者を呪い殺すためだけに生まれ、存在して来た君だ。急に殺せない相手が出て来て、戸惑うのも無理はない。しかも殺される事なく連れて来られて、次はどんな事をされるのかと、不安も大きかっただろう……心配は、要らないよ。僕は君に何もしない。ただここにいてくれればいい。君の力が必要な時、貸して欲しい時には声を掛けるけれど、嫌なら応じなくとも構わない。ここで遊んで、食べて、寝て、僕が百鬼夜行を作るまで……ただいてくれるだけで、いいんだよ」
暫くして、狗神が口を離す。
さほど力を入れていなかったのか、鋭い牙で噛み付いたにも関わらず、藁垣の手には歯形が点いている程度で、出血はしていない。
ただ彼女は藁垣に謝るかのように、噛んだ個所を舐め始めた。
彼女を含めた獣の特性を有する妖怪は、藁垣を認める際に必ずそうしてくれた。
故に藁垣も周囲の妖怪も、ようやく落ち着けたのだった。
翌日。学園内教室。
「と、言う訳で……ようやく、落ち着いてくれたよ」
「その手を見ても、安心は出来ないな。痛々しい」
「まぁ、今回はこの程度で済みましたから」
「その言い方だと、今まではもっと大変だったみたいだな。まぁこっちも、平穏とは程遠かったが」
越前が主に見ているのは、彼らの中心になっている人物だ。
「クラウディウス・エル・ヴァンティエム……最近、おまえの事を探っているらしい」
「僕の事を?」
「おまえは変な時期に転入して来たし、素性も出生もわからない事が多過ぎるからな。大公の情報網を駆使して、おまえに関する情報を探っているらしい」
「直接僕に訊けばいいのに」
「他のクラスの連中が、おまえに近付けさせないらしい。東の国で言うところの、えんがちょって奴だ」
「そうですか……ただ探っても、何も出ないですけどね。生みの親は僕も知らないし、育ての親も亡くなってるし、家も呪われてた空き家をただ同然で貰ったし、貴族と比べれば財産なんて言えるものも……」
と、わざと漏らしてみると、クラウディウスがチラチラとこちらを見ているのに気付く。
既に知っているから驚かないのか、驚くほどの情報ではないから驚かないのか。どちらにせよ、興味自体は確かに持っているらしい。
ただ、何がそこまでの興味を持たせるのかよくわからない。
普通に考えれば、妖怪の存在と妖怪の力について興味を持つところなのだろうが、向こうはそれ以外の事も調べている。
一般家庭の妖しい魔法師など、貴族の――それも大公の御子息が警戒するとは思えないのだが。
「そういえば、明日は外で演習だったな。おまえ、その手で出来るのか」
「大丈夫ですよ……こんな包帯でグルグル巻きにされてますが、そこまでの怪我はしていないので」
「ならいい。だが無理はするなよ。明日の演習は、前の実技ともまた違って過酷だからな」
「あぁ、そうでしたね……」
実技の授業はペンダントを壊せば終わりだったし、直接破壊は出来なくとも気絶さえさせてしまえば終わらせる事は難しくなかった。
けれど、明日の演習は違う。
仮にも魔法師の卵が抱いてはいけない感情を抱きながら、藁垣は挑まねばならない。
今まで経験がない訳ではない。幼少期、それこそまだ価値基準が定まっていない頃は、悪戯にしてしまったものだ。
理由はきっと、育ての親たる
以来ずっと、藁垣は苦手意識を持ち続けている。
相手が誰とか、仕方がない状況だったからとか、そう言った事は一切関係なく、心の底から苦手だ。
自分の手で、他者の命を絶つ――殺生という行為は。
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