3 老婆

 遠隔透視リモート・ビューイングをはじめて三日目――


 わたし(マララ)は、昨日の映像を思い出した。


 ナイアが人間たちに追われているところで、わたしは取り乱してしまい、能力をコントロールできなくなってしまった。わたしの能力も、まだまだ……。


 今日もひとり部屋にこもり、水晶玉に集中する。



  ☪ ⋆ ⋆



 老婆はナイアを招き入れると、すかさず鎧戸を閉ざし、階下に連れていった。


「そこにお座り」


 つぎはぎだらけ、穴だらけのソファ。編みかけのセーター、飲みかけのコップ、かじりかけのパン……部屋は雑然と散らかっている。


 ナイアは剣とザックを床におろし、おとなしくソファに腰かけた。


「ケガはないかい?」


 言いながら老婆は、近くの椅子に、自分もよっこらせと座った。そして皺だらけの顔を向け、歯の抜けた口で、にっこり笑った。


 体は小柄で、上半身は丸々と肥えているが、足はやせて細い。腰と膝が曲がり、歩くのがしんどそうだ。白髪まじりの灰色の髪を、うしろで無造作に束ねている。


「男たちが騒いでいるのを聞いてね。急いで上にあがって鎧戸をあけたら、野良猫みたく、お前さんがいつくばってるじゃないか。驚いたよ」


「ばーちゃん、なんで助けてくれるんだ!?」


「あたしゃ昔、エルフの巫女さまに助けられてね。心臓の病を治してもらったことがある。そのお礼さ」


「エルフの巫女? そいつはどこにいるんだ?」


 それはもしかして、今から助けようとしているエルフだろうか?


 すると老婆は、かすれ声で笑った。


「かっはっは、もうずいぶんと大昔の話さ! その巫女さまは、亡くなられたしまわれたわ」


「そっか……」


 ため息をつくナイアに、老婆は言った。


「お前さんたちエルフ族は、今ではもう、ほとんど見つからない希少な種族さ。だからみんな、お前さんを捕まえようと、やっきになってる」


「なんで捕まえる必要があるんだ?」


「神殿で働かせたいのじゃ」


「神殿?」


「ああ。エルフ族はそこで、毒吸いの秘術を仕込まれ、巫女になる。そして参拝者の毒を吸うのさ。口ではなく、手のひらで吸うんじゃが……。体の毒を吸ってもらえば病気が治り、心の毒を吸ってもらえば気分が晴れ、悩みが消える。だからみんな神殿に押し寄せて、たくさんたくさん寄付をして、毒を吸ってもらう」


「毒を? 毒を吸ったエルフはどうなる?」


「さあな。……ただ世間で言うには、巫女になったエルフは、みんな若くして死ぬらしい。人間の毒を吸いすぎて、短命になったせいじゃないかって、噂されている」


「チッ、なんてこった!」


 ナイアは怒って、床をドンと蹴った。


「小さいエルフさんは、あたしの家を壊す気かい?」


「すまねぇ。それで、今でも神殿にはエルフがいるのか?」


「ああ、お一人な。じゃが……」


 老婆は口ごもった。


「ん? どうした?」


「先ごろ、神殿では大変な事件が起きてのう」


「事件?」


「怪物が現れて巫女様をさらい、東の方角へ逃げたそうじゃ」


「それだ! それで助けを求めてきたに違いないや! ばーちゃん、俺はそいつを助けに来たんだ!」


「なるほどな。じゃが、神殿のやつらはお前さんをとっ捕まえて、次の巫女にしようとやっきになっておる。お前さんの場合は、男巫女おとこみこじゃが……」


 老婆は、ナイアを男の子と勘違いした。ナイアはスルーした。説明がめんどくさかったからだろう。


「……じゃからのう、お前さんは神殿には近づかず、そのかわいらしい耳を隠して、東の方へ探しに行ってみな」


「わかった」


 急に、ナイアのお腹が、ぐーーっと鳴った。老婆は、くすんだ緑色の目を見ひらいた。


「お前さん、お腹がすいとるのか?」


「まあね」


「じゃ、なんか作ってやるから、待っとれ。お前さん、名前は?」


「ナイア。ばーちゃんは?」


「ジャハ」


「ふうん。ジャハばーちゃんか」


「あたしゃ一人暮らしだから、お前さん、この家じゃ、誰にも気をつかわなくていいからね」


 老婆はゆっくり立ちあがると、隣の台所で炊事をはじめた。


 まもなくして、スープかなにかの、おいしそうな香りが立ちこめてきた。


 ナイアのお腹がまた、ぐーと鳴った。


「チャル」


 チャルは足元にいて、ただの影のふりをしている。


「なに?」


「あのばーちゃん、信用できるかな」


「多分ね」


 料理が次々と運ばれてきた。


 灰色のどろどろしたのは、雑穀のお粥だろうか……。真っ青な野菜と紫の豆が入った、ごちゃまぜの炒め物。真っ黒な煮物。黄土色をした、ごった煮のスープ……正直どれも、色も見栄みばえもあまりよくない……。


 ところがナイアは「うめぇ、うめぇ!」と言いながら、ものすごい勢いで、次々に料理をかきこんだ。


 初めての人の家で、得体のしれない料理を無防備に口に放り込むとは……。わたしはあきれ、それから一種の尊敬の念をおぼえた。わたしにはムリだ……。


 そのナイアを、老婆は嬉しそうに見つめながら言った。


「お前さん、気持ちいいくらいによく食うのう。男の子は、そうでなきゃのう」


「……」


 『男の子』のワードはスルーだ。


「おっ、うまそうなプラム!」


 ナイアは赤い木の実をつまむと、口のなかに放り込んだ。


 甘みが広がる……と思いきや、次の瞬間、ナイアは顔中をしわくちゃにして、「うぎゃっ」と木の実を吐き出した。


「すっば! なんだこれ! 腐ってる!」


 涙を流すナイアに、老婆は大笑いした。


「腐ってるんじゃないよ。自家製の梅干じゃ」


「梅干?」


「よく味わって食べてみよ。おいしいぞ」


「ムリ! ……こんな酸っぱいもん喰ってるから、ばーちゃん、そんなシワくちゃになっちゃったのか!?」


「ほっとけ! シワと梅干は関係ないわ!」


 老婆は怒鳴りつけてから、急にナイアの言葉が可笑おかしくなったのか、ブハハハと笑い転げた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 大喰らいのナイア。


 ジャハばーちゃんに気に入られたかも……!

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