第二十話 新たな日常、芽生える想いと王の素顔

王都の夜が明け、柔らかな陽光が壮麗な客室へと差し込んできた。分厚いカーテンの隙間から漏れる光に、健太はゆっくりと瞼を開けた。昨夜の死闘の疲労は残っていたものの、心地よい寝具のおかげか、身体は思ったよりも軽い。隣のベッドでは、あかりが健太のお古のTシャツをパジャマ代わりにし、幸せそうな寝息を立てている。その無防備な姿に、健太は思わず頬を緩ませた。

(守れたんだ、この笑顔を……そして、ルナリアさんも……)

魔王ルナリアの、月光に照らされた美しい横顔、そして時折見せる人間的な脆さ。昨夜の出来事が鮮明に蘇り、健太の胸は再び高鳴った。彼女を守りたい、力になりたいという想いが、昨夜よりもずっと強く、そして熱く胸の内に宿っているのを感じる。

「ん……健太おにーちゃん……?」

あかりが目を擦りながら身を起こした。まだ眠たげな瞳が健太を捉え、すぐにぱあっと輝く。

「おはよ、お兄ちゃん!きのうはすごかったね!まだ夢みたい!」

「ああ、おはよう、あかり。よく眠れたか?」

「うん!ふかふかベッド、最高だった!ねえ、ルナリア様は?もう起きてるかな?」

子供らしい無邪気な問いかけに、健太は少しどきりとした。

支度を終え、ガルムに案内されて向かった朝食の間は、陽光が降り注ぐ明るく広々とした空間だった。そこには既にルナリアが席に着いており、健太たちの姿を認めると、ふわりと微笑んだ。

「おはよう、健太くん、あかり。昨夜はよく眠れただろうか」

その声は、魔王としての威厳を保ちつつも、どこか親しげで柔らかい。昨夜見せた慈愛に満ちた微笑みを思い出し、健太の心臓が小さく跳ねる。

「は、はい!おかげさまで……!」

「ルナリア様、おはようございます!あのね、健太お兄ちゃん、朝ね、ルナリア様のこと考えてたみたいだよ?」

「なっ、あかり!?な、何を言い出すんだ、お前は!」

あかりの爆弾発言に、健太は顔を真っ赤にして慌てた。ルナリアは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐにその意味を察したのか、白い頬を微かに染め、そっと視線を逸らした。

「……そうか。それは、光栄だな」

小さな声で呟かれたその言葉に、健太はさらに狼狽える。傍らで給仕をしていたガルムが、その厳つい表情を一切変えずに、しかしどこか楽しげにその様子を見守っていることには、二人とも気づかなかった。

朝食の席では、ルナリアから今後のことについて簡単な説明があった。

「『禁忌の存在』については、引き続き調査を進める。だが、健太くんの力は我々にとって大きな希望だ。君のその『光の力』について、もう少し詳しく知りたいと思っている。差し支えなければ、日中、少し時間を貰えないだろうか」

「俺の力、ですか……。はい、俺でわかることなら何でも」

「ありがとう。それと……君たちには、しばらくこの王城で過ごしてもらうことになる。不自由なこともあるかもしれんが、必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」

その言葉には、健太たちを客人として、そして重要な存在として扱おうという意思が感じられた。

午前中、ルナリアは側近たちと軍議に入った。健太はあかりと共に、ガルムの案内で王城の庭園を散策することになった。手入れの行き届いた庭園は、地球の植物とは少し異なる、しかし美しい花々が咲き乱れ、珍しい鳥たちがさえずっていた。

「わあ、きれい!ねえ、健太お兄ちゃん、あのお花、キラキラしてるよ!」

あかりは見るものすべてに目を輝かせている。その姿を見ているだけで、健太の心は和んだ。

ふと、健太は自分の手のひらを見つめた。

(俺の力……『希望の光』。どうすれば、もっと自在に、もっと強く……)

ルナリアの期待に応えたい。そして、彼女の隣に立つに相応しい存在になりたい。そんな想いが、彼の修練への意欲を静かに掻き立てていた。

昼食後、健太はルナリアの執務室に招かれた。そこは書物や巻物が整然と並べられた、機能的ながらも落ち着いた部屋だった。

「改めて礼を言う、健太くん。君のおかげで、魔界は大きな危機を脱した」

二人きりになると、ルナリアはより柔らかな表情を見せた。

「いえ、俺はただ、あかりと……ルナリアさんを守りたくて……」

素直な言葉が口をついて出る。ルナリアは、その言葉に小さく息を呑み、そして愛おしむような眼差しを健太に向けた。

「その純粋な想いが、君の力の源なのだな。……健太くん、君は本当に不思議な人間だ。ただの人間でありながら、私でさえ持ち得ないほどの光を放つ」

ルナリアはゆっくりと立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。その背中からは、王としての孤独と重圧が滲み出ているように見えた。健太は、何か声をかけようとしたが、言葉が見つからない。

その時、不意にルナリアが足元に置かれていた何かに躓き、僅かに体勢を崩した。

「危ないっ!」

健太は咄嗟に駆け寄り、その華奢な肩を支えた。ルナリアの柔らかな髪が健太の頬を掠め、甘い香りが鼻孔をくすぐる。至近距離で向き合う形になり、翡翠色の瞳が驚きに見開かれているのが見えた。

「……すまない、助かった」

ルナリアは慌てて身を起こし、健太から距離を取った。その頬は、先程よりも明らかに赤く染まっている。健太もまた、自分の心臓が早鐘を打っているのを感じていた。

気まずい沈黙が流れる。それを破ったのは、あかりの元気な声だった。

「ルナリア様ー!健太お兄ちゃーん!何してるのー?」

いつの間にか執務室の扉が少し開いており、そこからあかりがひょっこりと顔を覗かせていた。その手には、侍女にもらったらしい魔界のお菓子が握られている。

「あかり!ノックくらい……」

「ふふ、良いのだ。ちょうど少し休憩しようと思っていたところだ」

ルナリアは、あかりの登場に救われたように微笑み、緊張を解いた。

その後、あかりの「ルナリア様も一緒にお菓子食べよー!」という提案で、三人は執務室に併設された小さな応接スペースでお茶をすることになった。

「健太お兄ちゃんとルナリア様、さっき、なんだかドキドキしてたね?」

無邪気なあかりの指摘に、健太とルナリアは再び顔を見合わせ、そして同時にむせた。

「こ、こら、あかり、お菓子に集中しろ!」

「うむ、この菓子はなかなかの美味だぞ、あかり」

二人の慌てぶりを、あかりは不思議そうに、しかしどこか楽しそうに見つめていた。

夕刻、健太が自室で今日の出来事を振り返っていると、ガルムが訪ねてきた。

「健太殿、陛下がお呼びだ。少しお時間を頂戴したいとのこと」

案内されたのは、王城のバルコニーだった。眼下には王都の美しい夜景が広がり、満月が銀色の光を投げかけている。ルナリアは、手すりに寄りかかり、静かにその景色を眺めていた。

「健太くん、来てくれたか」

その声は、夜風のように穏やかだった。

「はい。何か……」

「いや、ただ……君と少し話がしたくてな」

ルナリアは健太に向き直った。その瞳には、昼間とは違う、深い信頼と、そしてどこか切ないような色が揺らめいていた。

「今日、君の力の一端に触れ、改めてその可能性を感じた。そして……君という人間の温かさにもな」

「ルナリアさん……」

「私は、永く孤独だった。魔王という立場は、常に孤高であることを強いる。だが、君とあかりが来てくれて……何かが変わり始めた気がするのだ」

その言葉は、健太の胸の奥深くに染み渡った。

「俺も……ルナリアさんの力になりたいです。あなたの孤独を、少しでも和らげることができたなら……」

健太の真っ直ぐな言葉に、ルナリアは一瞬、息を呑んだ。そして、ゆっくりと、しかし確かな微笑みを浮かべた。それは、以前のような艶やかさでも、慈愛でもない、もっと素直で、心からの安らぎを感じさせる微笑みだった。

「ありがとう、健太くん。その言葉だけで、私は救われる思いだ」

二人の間に、心地よい沈黙が流れる。月明かりが、まるで祝福するように二人を照らしていた。

しかし、その静寂を破るように、遠くの空が一瞬、不気味な黒い光に染まったのを、健太は見逃さなかった。それはほんの一瞬の出来事で、すぐに闇に紛れてしまったが、健太の胸には嫌な予感が芽生える。

(今の光は……まさか……)

ルナリアもまた、眉をひそめて同じ方向を見つめていた。

「……やはり、嵐の前の静けさ、か」

その呟きは、新たな戦いの始まりを予感させるものだった。健太は、隣に立つ美しい魔王の横顔を見つめ、固く拳を握りしめた。守りたい存在がいる。そして、共に戦うと誓った人がいる。その想いを力に変えて、どんな困難にも立ち向かう覚悟が、彼の瞳に強く灯っていた。

甘く切ない予感は、確かな絆へと変わりつつあった。そして、異世界での新たな物語は、すぐそこまで迫る脅威の影と共に、さらに深く、そして激しく動き出そうとしていた。


(第二十話 完)

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